無関心な秋声の小話
注意・白秋先生が話の都合上頭の悪い嫉妬をします






「何故島崎先生とあなたが仲良しなのか」

言うつもりはなかったのだろう、本当に小さく溢された言葉に秋声はついと眉を上げて見せた。
そこは図書館の一画で、秋声に伝言を届けた藤村の背を見た白秋が言ったものであった。やってしまったと言わんばかりの表情で口を押さえる仕草は彼にしてはあまりにも幼い。

「ああ、北原さんか。君、確か島崎の大ファンなんだっけね」

気まずい顔をした白秋に反して、同じ秋の名を冠する男は飄々とそう言った。
この図書館で転生した文豪全員が世話になったが秋声は実のところ世話好きという訳ではない。むしろ、人と関わるのは下手と言っていいだろう。いつも不機嫌、というかふて腐れた表情をしていて、卑屈の虫が顔を出す彼を初見で取っ付きやすいと思う人は少ない筈だ。しかし蓋を開ければ目の前でなにかがあれば世話を焼かずにはいられない苦労性というのが悲しいところか。鈍感な彼は目の前で分かりやすく困っている人がいない限り手を出さないのが玉に傷だが。
騒がしい宴会の席などでは端でつまらないような顔で皆を眺めている印象が白秋には強かった。

「すまないね、不快にさせるつもりは…」
「ん?不快?なぜ僕が?──ああ、成程。つまり、二流作家なのに島崎と仲良くしているのが不思議ってこと?」

あまりにもあっさりとそう返されて、白秋は一層この人に対しての苦手意識が深くなるのを自覚する。

「…僕はそういう意味ではないと弁明をしているのだけれど」
「でも、そういう意味に取れると理解している時点でそう少しは思っているという証明だと思うのだけれど」
「──……」

違うかい?と小首を傾げる彼は全く傷付いた様子もなく、ただ当然のようにそういうのだから、白秋は次の言葉を探しあぐねて唇を閉ざした。
それは、彼の言葉を肯定しているのと同じ沈黙だとは思わなかった訳でもないのだが、自身でそう結論付けたこの人を前にして否定をする無意味さを悟っていたからである。

「僕はあなたを二流とは思っていないさ」
「それはありがとう。国民的詩人にそういってもらえると嬉しいね」

確かにこれは互いの本心のやりとりであるが、どうにも本心を言い合う仲ではない為か、はたまたこの状況の所為か、果てしなく白々しく感じられた。犀星あたりがこの場にいれば「ふたりともの普段のおこないが悪い」と断じただろうがそれは余談である。

「ふふ、」

苦虫を噛んだ顔をした白秋を前に、秋声は小さく喉を鳴らした。それに白秋は逸らしていた視線を上げてムッと眉を寄せて見せる。

「なにかおかしかっただろうか」
「いいや。君のそういうとこ、結構好きだなと思っただけさ」

今の会話のどこに好意を感じたのか甚だ不思議できょとんと白秋は目を瞬いた。

「僕は存外長く生きてしまったからね。そう、君ほど普通の顔をして素直に面倒と接してくる人なんてなかなかいないから」

確かにそうだろうとも。普通、年長者はそれだけで敬われるものだし、彼は名の売れた物書きで大御所とも言われるに足る人物なのだから。
それ故に敵がいなかった訳でもない。が、そういった陰口はもっと陰湿で、批判はもっと声高々だ。
こうして、こんな、少し薄暗い図書室の一角で静かに話す流れで、なんて珍しく稀なのだ。

「僕と島崎が友達なのは、君が思う通りに単純に同じ自然主義の作家であったことが一番の要因だよ。でも、僕は島崎がすごい作家だから友達なんじゃない」

時代がそうさせた。
年代がそうさせた。
でも、それでも死で引き裂かれた人もいるし、出会う前に死んでしまった人もいる。
例え生きた時代が重なっていたとしても一度も顔を合わせたことがないという人だってごまんといるのだから、惹かれ合うものが合ったのだと言うよりない。

「なんで彼が僕を気に入ってくれているかは正直分からないけれど──面倒なところもあるけれど、なんというか、かわいいところもある彼が僕は好きで──だから、指をくわえて待つだけでは彼に振り向いて貰えないと言っておくよ」
「……ッ!」

なんと憎いことを言うのだろうか。
白秋が思わず眼光を光らせて睨み付ければ、彼はただそんな白秋を不思議そうに見てぱちりと瞬きをした。享年から遥かに若くなった見た目にそぐわぬ、言い訳も甘えも全てを見通しているかのような透明の瞳が、鏡になって白秋の顔を映している。

「憧れだから。すごいから。そんな理由で一線引いて、遠くから見ているだけの人とは島崎は友達にはならないだろうね。だって人は誉めてくれる人、好意を持って接してくれる人を嫌いには思えないものだし、なにも言わない人に向ける気持ちは無関心しかないさ」

珍しくも楽しそうにそう嘯く男はぺたりと草履を鳴らして白秋に近付くとその肩を叩いた。

「無様でもいいじゃないか。赤面しようがどもろうが、手を伸ばしもせず他人を羨むよりも、余程、ね。彼は面白いものが好きだから。きっと、彼は君を気に入るさ。……いや、もう気に入っているだろうね」

確信を持ってそう言うと、秋声は白秋の肩に手をおいたまま振り返る。

「そうだろう?──島崎」

秋声の言葉に驚いて白秋が身を強ばらせるが、飄々とした様子で「バレた?」と本棚の影から顔を出した藤村に白秋はただ息を飲み込んだ。

「バレるよ。途中、君の足音が不自然に途切れたもの。聞こえていたの?」
「ううん。秋声に聞きたいことがあったの思い出して。ほら、今度の…」
「ああ、あれか。まぁ、それは後で話そう」
「うん。まずは北原くんだね」

じりと後ずさろうとする白秋だが、肩を掴む秋声の所為で叶わない。憧れの、大好きな人が、目の前にいる。きたはらくん、と柔らかい声で、自分を呼んでいる。

「そう言えば君とは会派が違うからあまり話したことはなかったね」
「君には花袋たちが、彼には犀星くんたちがいるから、そうそう落ち着いて会話を望めないものね」
「そうだね」

ゆっくり頷いた藤村が小首を傾げる。さらと柔らかそうな髪が揺れた。

「君、僕のファンなんだって?」

確かに彼らは友であるのだろう、切り出し方がおんなじだ。類が呼んだ仲というべきか。
平静を装って返事を返すものの、よこで普段の不機嫌さを隠した男の微笑ましいと如実に語る視線が甚だうるさい。

「ふふ、じゃあ、後はふたりで。…頑張りなよ北原さん」

どこの仲人ババアの言葉であろうか。笑みを含んだその言葉でもう無理だった。

「僕は貴方が嫌いだ…ッ!」
「そうかい、それは光栄だね?」

ふるふると拳を握って低く唸った白秋に、秋声は「どうしてそんなことをいうのだろう」と言うような不思議そうな顔でそう返す。
けれどすぐに「まぁいいや」と呟いて踵を返した。彼はそう、不意に無関心を極めるところがあるから見ていて飽きないのだと藤村は思う。

「ね。秋声って面白いでしょう?」
「…同意しかねますが、確かに、不可解で捉えどころのない人物だとは思いますよ」
「ふふ、だよね。なのに、自分のことをただ普通の人だと思ってる。不思議。あんなのが普通の人の筈がないのにね」

他人に無関心で、自分に無頓着で──その癖、他人の芯を確りと把握するのだ。急所を射抜くその何気もない言葉は彼の弓の腕と同じく極めて鋭い。

「…僕が、貴方に会いに行かなかったのは、あの人にとっては弱虫と同等、ということのようですよ」
「ん?」

ふと口を開いた白秋に藤村は耳を傾ける。

「僕にしてみれば、あの人が兄弟子殿を分かりやすく避けるのだって、構って欲しいと駄々を捏ねるこどものようなものにしか見えない──そうは思いませんか?」

構うなというならば徹底すればいいのだ。顔を合わせないように調整するなど、長く助手をして、司書の右腕にして助手を通り越した相談役になら造作もないことだろうと白秋は思う。
それなのに食堂で顔を合わせれば喧嘩をするし、無関心でいればいいのに嫌な顔をして相手の気持ちに触れもする。
そうやって目の前をひらひらと踊って見せる癖に見るなというのは理不尽だ。
それか、いっそ相手の意に沿うように言動を改めて見ればいい。自分を出すということは認めて欲しいと言っているのと同じだ。それを否定するのなら、せめて道化に踊って見せろ。
多分、白秋が彼を嫌い──苦手と思うのはそこかも知れない。
女々しい。
白々しい。
奇しくもどちらも互いにそう感想を持ったので単なる同族嫌悪なのだろうが。
白秋は結局のところ積極的に絡むのを躊躇していた藤村と、秋声をきっかけとしてこうして交流を持てた。そこに感謝はしているが、でも、ああやって師や兄弟子に煮え切らない態度をして、そのくせ自分は被害者とでも思っているかのようなふてくされた表情が、なんとも気に食わないのだ。

「ふ、ふふふッ」

秋声の消えた扉を睨み付けていた白秋は響いた小さな笑い声にぎょっと前を向いた。
そう、藤村だ。
彼は薄い腹と唇、それぞれに手を添えると体を揺する。彼はあまりにも笑うのが下手くそだった。一見すれば怪奇現象のようだった。

「いいね、それ。ふふ。秋声の前でいってくれたらよかったのに」
「……それは流石に」
「うん、わかってる。僕が後で言っておくね」

勿論、意見元を教えはしないさ。
そう笑う藤村に、言うんだ…と遠い気持ちになりつつ、それを言われた秋声の反応を想像して白秋もまたにんまりと唇を歪めた。

「それは是非、件の兄弟子殿の前で。出来れば、僕も同席したいものです」
「いいね。うん。すごくいいよ。……北原くんと、もっと早くにお話していればよかったね」
「───」

きっかけも、話題も。どちらも意に添わないものではあったけれど──あまりにも嬉しい言葉に白秋は息を飲む。
そして、歯噛みした。
秋声のお陰と言うのがまた気にくわないのだ。もっと、もっと。夢見勝ちに言えばもっとドラマチックな展開を望みたかった。
それをつぶさに観察してくる憧れの人の目が、あの人の、見通す目と似ていてまた憎くなる。
大好きな人になんてことを思わせるのだ、あの人は!
にやぁ。満足気に笑った藤村はまるでどこぞの猫のようにいやらしく口許を歪ませる。

「やる時は呼ぶね。ふふ、今度取材をさせておくれよ。じゃあ、またね」
「あっ……」

ひらと翻る背に跳ねる藤色のマント。気まぐれな猫のように、足音もなくその姿を遠くした藤村に縋るように右手を伸ばし──そっと、下ろした。

「………」

ぽつりと残されてしまった白秋は、指先からこぼれてしまった喧騒に虚しさが募る。近くの椅子に座り込んだ。

「………………はぁ」

そっと顔を覆って呻く。静かな図書館にはそれさえも酷く響くように感じた。
たかが5分も経っていないのにとても疲れた。感情が高ぶるということはとても疲れることなのだ。

「……悔しい」

今嬉しいのも、あの人のおかげということも、全部が悔しい。
あの人が、きっと恩に着せようとも思っていないことが──ともすれば明日には忘れていそうな、歯牙にもかけないだろうその姿勢が悔しい。
それこそこの気持ちが、白秋が秋声と嫌いと思う、興味を持って貰いたいが為の反発心のように思えて悔しいのだ。決して、断じて、そんなことはありはしないのに。
そうやって一通り唸ると、白秋は息を吐いて顔を正す。いつもの、余裕のある上品な笑み。
だって嫌いだから。
あの人のように、こどものように噛みついてなどやるものか。出会えば礼の一言でも言ってやろうか。
──なんて、思って。
明日にもならずに忘れ去られた事実に、流石の白秋も気色ばんで声を荒げる事態になろうとは全く持って思わなかった訳だけれど。









180408

土曜出勤が続くと創作が出来ない。平日は残業して帰宅してぶんあるするから創作時間が取れない。
6月或図とったんでこの前のリベンジと違うのも一冊くらいと考えてたんだけど大丈夫か…GWにかける……。

白秋さんの解釈違い確実あると思うので申し訳ない。人と一線違うところにいるような人を、普通の人と同じ土俵に引きずり出したかった。
そしていつもの秋声さんとは違う解釈でお送りしております。ついったで流れてくる逸話とかから解釈した、自分は普通だと思い込んでいるドライな秋声さん。
史実的に結構これブーメラン刺さってる感ある秋声ですが、そういうのも含めて秋声だなぁみたいな。

お粗末様でした。



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