尾崎一門とこたつ騒動







「ええい、今度という今度は許しませんよ!」

鏡花の怒声が食堂に響いた。それになんだなんだと視線が集まるが、怒声を食らった方──秋声はびくと竦めた肩のまま「なんで君にそんなこと言われなくちゃならないんだい!」と怒鳴り返す。
最初からフルスロットルの兄弟弟子である。

「あんなもの捨ててしまいなさい!」
「いやだね!君に指図されることじゃないよ!」

「あー、おふたりさん。ちょーっとヒートアップしすぎじゃないか?ここ、食堂だぜ?」

怒鳴り合うふたりに額を押さえて割り入ったのは花袋であった。その背から左右に興味津々の顔をした取材コンビを生やしている。
真っ当な突っ込みに兄弟弟子はハッとした顔をして周囲を見渡し、ぺこりと頭を下げて回る。「君があんなこと言うから…」と文句を垂れる秋声とそれに噛みつこうとする鏡花を宥めてふたりを席につかせると、花袋もその前を陣取った。

「で、なにがあったんだ?」
「そうです、聞いてください花袋!」
「そうだよ、聞いてくれよ花袋!」

綺麗に重なった声に、不機嫌そうに兄弟弟子は顔を見合わせた。またなにか言い合う前にそっと宥める花袋はふたりの相手はお手の物だった。彼らの師が基本的に放任主義であり喧嘩の仲裁をする性質ではないから、知人が少ないふたりの前世からの共通の友人である花袋にお鉢が回ることが多いが故に、さもありなん。

「あのね花袋。鏡花が、僕の部屋のこたつを撤去しろと言って聞かないんだ!僕の部屋になにを置こうが、僕の勝手じゃないか!」
「ええっ!?」

それはよく秋声の部屋でたむろする自然主義の面子にとって馴染み深く愛しの一品であるが故に花袋も驚愕の声を上げた。
こたつがなくても秋声の部屋は居心地が良くよく居座ってしまうが、日に日に寒さを増していくこの季節、秋声の部屋のこたつは至福の一言に尽きるというのに。
花袋も独歩も藤村も部屋は洋室を選択した為にこたつとは縁がないのだ。カーペットを敷き変えて置けないこともないがベッドや備え付けの大きめの机を考えると窮屈で仕方がない。洋室は楽だがそこばかりは悔やまれる。
秋声の部屋は半分程が小上がりに、残りがフローリングになっており、夏場使っていた文机は小上がり下の収納に難なく仕舞われ、こたつを少し避ければ布団だって十分に敷ける。時にそのこたつで寝入ってしまい泊まることもざらな花袋は「そういうの泉が強制することじゃナイとオモウ」と秋声の味方にさっくりとついた。
秋声の肩を持つ花袋に、しかし泉は「いけません!」と声を張る。

「秋声がこたつで寝て風邪を引いたらどうするのです!」
「うるさいな!君に心配されずとも風邪なんか引かないよ!」
「いいえ、貴方が面倒臭がってこたつで寝ているのは知ってますからね!一度寝入ったら梃子でも起きない貴方が風邪を引くことは目に見えてますよ!」

そう言って、まず今朝からして自室のこたつで寝ていたことを鏡花は指摘した。そして、先月導入された司書室のこたつで二度も朝まで寝ていたところを見たこと──更には師匠である紅葉の部屋のこたつで寝入り、師匠手ずから布団に運ばれ添い寝をされたことすらをも暴露する。

「なっ!?なんで知って……鏡花には黙っててってお願いしたのに、師匠!?」

顔を赤く染めた秋声がヒエエと声を上げた。感謝と謝罪と、なにより懇願で土下座をする秋声にいつもの様子でからりと笑って快諾してくれた師匠の裏切りに、でも多分こうなることは半分分かっていた秋声はそれでも恨み言を言うしかない。

「秋声が司書室のこたつで寝ていた目撃例、2件だけじゃないよね」
「ああ。それに、あいつが自室のこたつで寝ていた目撃例も1件だけじゃないな。ソースは俺」

ひそひそと全然潜めていない取材コンビの情報が追い討ちとなって、絶対的な味方になっていた花袋も呆れたように秋声を見遣る。う、と弱ったように秋声は眉を下げた。

「お前、そんなに…」
「仕方がないじゃないか、こたつには……………魔力があるんだ」
「わかる」
「ちょ、安吾、黙っとき」

彼らしからぬふわっとした秋声の言葉にどこかの烏の声が入ったがそこは割愛しておこう。存外に堕落しまくっている秋声であるが、真の堕落の男は布団の上にこたつが設置されているので、まだ序の口というやつだ。

「絶対にその内、貴方風邪を引きますよ!然程体が強くないことを僕は知ってますからね!ふとんできちんと寝れないのならば、こたつは撤去してしまうべきです!」
「だーかーら!大丈夫だって!もう!」
「はいはいはいはい、喧嘩しなーい!」

怒鳴り合うふたりを手を叩いて止めて、はぁと花袋は溜め息を吐く。

「確かになぁ、秋声は一度寝入るとなかなか起きないし、こたつで寝ると一辺占領して丸まったかと思えば暑くなったのかずりずり這い出て、また戻ってを繰り返すし…」
「ねぇ花袋、それ今言わなきゃいけないかな!?」

腕組みをしてそう言う花袋に秋声はまた顔を赤くして止めにかかる。周囲からクスクスと笑い声が聞こえてあまりにも恥ずかしかった。

「そうなんですよ。寒いと言ってこたつに戻っても、結局戻りきれずに背中だけ丸出しもよくあるでしょう。冷えた背中をこたつに入れたいのかくるくると回ってこたつふとんが体に巻き付き、身動きが取れなくなって呻く姿も日常茶飯事」
「僕、秋声がこたつに潜り込んで、足だけこたつから出してる寝方好きだな…」
「ああ、あの写真撮ってたやつな。俺的にはそれで起きた時にこたつの骨組みに頭ぶつけて、状況が分からず頭押さえてぼーっとしてた姿は今思い出しても笑うわ」
「待って!?僕そんな寝方してたの!?っていうか島崎、写真ってなに!!!???」

明かされる事実に愕然と秋声は叫んだ。先から声を上げすぎである。

「撮ったの!?島崎、カメラ出して!消すから!」
「消すと言われて出しはしないよ。僕、あれ気に入っているんだから。メジェド神みたいでいいよね」
「メジェド神ってなに!?」

バンとテーブルを叩いて立ち上がった秋声は回り込んで藤村を追い掛けるもののひょいひょいと逃げられてしまう。二周ほどして諦めて頭を抱えた秋声の肩を慰めるように藤村が叩くものだから、彼は癇癪のように声を上げ、がくりと肩を落とした。

「……消せとは言わないから、せめて誰かに見せるのは止めてくれ」
「わかった。もうしないよ」
「もうって………いや、なんでもないよ、もう」

藪蛇になりそうな追求は飲み込み、力なく椅子に戻ると秋声はテーブルに突っ伏した。

「なんでこんなことに…」
「貴方の横着が原因でしょうに」
「ぐぬぬ」

正論ではあるが、こんなことで風邪なんか引きはしないと思っている秋声は納得しきれない。不満げに突っ伏したまま目だけで鏡花をねめつけるものの、澄ました顔はつんとそっぽを向いてこちらをみようともしない。

「はっはっは、まぁ、そこが秋声の可愛げでもあるのだろう」
「紅葉先生!」

実は少し前に食堂にやってきていた師がからからと笑って弟子にそう声を掛けてきた。ふたりは背を正して「おはようございます」と挨拶をする。
紅葉は鷹揚に頷くと、花袋と鏡花の隣にひとつ空いていた椅子に腰かけた。

「そんなにこたつで寝たいのならば、秋声、いつでも我の部屋へ来るが良いぞ。また我が手ずからふとんに仕舞ってやろう」
「そ、そんなこと出来ません!というか師匠、その話、鏡花にだけはしないでくださいとあれほどお願いしたでしょう!?」
「はて、そうだったか?」

そら惚けて笑う紅葉。横で鏡花が「先生になんて口の利き方を!」と叱りつけてくる。
そんなふたりを前にして内圧が上がっているのか秋声は顔を覆ってぐるぐると唸った。

「秋声は体温が高いから一緒に寝るとすごく温かくて心地が良くてな。小さくて抱きやすいし、本当に我は構わんぞ?」
「僕が構うので止めてください。というか小さいとか言わないでくださいよ……そ、それに、そんなに変わらないでしょうに……」
「………」

10センチ近くも離れていれば大概小さいと言えると思うが、そこは秋声のなけなしの自尊心的なあれがそれでそうらしい。どうせ背の低い順から数えた方が早く、どもっている分、自覚はあるだろうに無駄な背伸びをしたがる秋声に、紅葉は、それに鏡花も花袋もこどもを見るような慈愛のこもった視線を向けた。本人は下を向いてぶちぶちと文句を言っている。きっと見ていたらまたぎゃんぎゃんと騒ぎ出しただろう推測に見られていなくてよかったとほっとしていると横から「分かりますわぁ」と別の声が掛かった。

「秋声サン、めっちゃあったかいですもんねぇ。ワシも寒い夜は苦手やさかい、もしも秋声サンが来てくれはるんならいつだって大歓迎しますよって。おふとんあっためて待っとりますわ」

ご機嫌に笑った織田がそう言ってするりと徳田の後ろから首に抱き着いた。少し固めの短い髪の渦巻くつむじに顎を着陸させてなつけば、秋声は「君ねぇ」と呆れた声を出しはするものの拒みはしない。
その許された距離にムッと鏡花が眉を潜める。花袋と紅葉はちらと視線を交わしあって、弟弟子には素直になれない兄弟子の心情を慮って苦笑した。

「君たちね、僕をおもちゃにして遊ばないでくれないか。それに、待つもなにも勝手に突撃してくるのは誰だったかな、織田くん?」
「ケッケッケ、ワシでーす!これからも勝手にお邪魔させてもらいますわ。秋声サンがこたつで寝てたらワシが戻したりますから安心してくださいな」

ちらと織田の目が鏡花を見た。あれだけ大きな声で話していたのだから状況を理解している。つまり、自分が面倒を見るからこたつはそのまま、秋声の望む通りに設置しておけばいいと言っている訳だ。鏡花はイラッと頬をひきつらせる。
織田としてはこれで万事解決!という提案だったのだがしかし、兄弟子にしてみれば株を奪われた形となるのだ。面目丸潰れである。
そして鏡花は秋声を含め尾崎一門を特別視している。特に秋声に関しては兄や親もかくやという口の出し様は今現在の状況を含めて周知の事実。つまり、言ってしまえば自分の所有物を勝手に取られた状態だ。そりゃ腹も立つだろう。好き勝手する織田も、それを好きにさせている秋声にも、だ。

「なっ……!」
「まぁ、俺も様子見に顔出すようにするからさ。泉も落ち着けって」

互いにぐぬぬと内圧を上げている兄弟弟子に花袋は明るく声を上げた。ポッと出の織田よりは旧知の花袋の取り成しにならばと少しは溜飲を下げたのだろう、怒鳴る出鼻を挫かれたこともあり、鏡花は困ったように眉を下げて口をつぐむ。

「秋声はちゃあんとふとんで寝るように!じゃないと、本当に泉の言う通りにこたつを取り上げないといけなくなるからな?」
「……」
「わ・か・っ・た・か?」
「……………ハイハイ、わかったよ!もう!」

ぶすくれた秋声に花袋は笑顔で返事を迫る。それこそ兄弟のように気安いやり取りであった。秋声は渋々ながらやけくそに返す。
いいなぁ、羨ましいなぁ。そう目で語って下を向く鏡花の背を紅葉はそっと叩いた。

「先生…」

紅葉は鏡花に頷くと秋声に向き直る。

「秋声」
「?はい、先生」

呼ばれて振り返る秋声ににっこりと紅葉は笑った。

「ふとんが寒いのがそもそもの原因なのだろう?ならば行火や湯たんぽがあれば違かろう。どれ、司書にでも用意させようか。それとも共に買いに買い行こうか」
「えっえっ」

並べられた言葉に秋声は目をパチパチと瞬いた。
確かに暖かいこたつから寒いふとんへ移動と考えると億劫になるのだ。少しでもその差をなくせば横着も控えることだろう。
紅葉はそう考えながら、しかしと考え直す。夜は特に冷え込みが深く、自分だって欲しい。

「ふむ…そうだな、我も湯たんぽは欲しい。やはり買いに行くか。秋声、鏡花、供をせよ!」
「はい!」
「は、はい!って、え?」

反射的に良い子の返事を返した弟子たちに紅葉は満足げに微笑んだ。片方は狼狽えているけれど。
そんな秋声に構わずに紅葉はがたりと席を立つと彼の腕を取って立たせる。ああんイケズと織田が寂しげに唇を尖らせる横で紅葉は鏡花を見遣った。

「鏡花、すまぬが用意を済ませたら司書に外出の旨を伝えてきてくれるか。我たちは先にエントランスに向かっていよう」
「はい、わかりました!」
「僕の意見は……ハァ、いいですよ、わかりました……」

問答無用で進められる話に呆れながらも諦めた秋声はそう言って肩を落とす。いつものことなので慣れっこな事態ではあるが、それが好ましいかと言えば是と言い切れない。
勿論、否とも言わないのだけれど。
拗ねる末っ子にまた鏡花はまた「先生になんて口を!」と愚痴を溢したもののその口調は弾んでいて見るからに機嫌が良さそうであった。
大好きな先生と、秋声とおでかけが出来て嬉しいんだね分かるとも。素直じゃない兄弟子のことに気付かない弟弟子は仕事がどうこうとぶつぶつ溢しているが、その頭上では訳知り顔の花袋や織田やの生ぬるい笑顔が飛び交っている。

「秋声サン、仕事は気にせんで楽しんで来はって。たまの息抜きは大事ですよって」
「そう、だね。……うん、ありがとうオダサクくん。よろしくね」
「お土産楽しみにしとりますわぁ〜!」

織田はケラケラ笑うとそう言って手を振った。


そして一門は百貨店を回ると揃いの湯たんぽを買った。ふわふわもこもこのカバーの触り心地がとても良い、少し小さめのものだった。決め手はうさぎ柄のカバーであった。秋声には青と白のストライプ。紅葉はその名の通りの──とはいかず、赤地に白の水玉だ。紅葉からのプレゼントと言われて秋声も鏡花も恐縮しつつも喜色は隠せずに師を喜ばせた。
彼らの買い物はまだまだ続く。
ぶらりと楽しむ彼らはその他にも色々な物を買った。雑貨から文房具から、話題の菓子まで。あれがいいこれがいい、とぐるぐるに何本も巻かれたマフラーに秋声が怒声を上げたのもご愛敬。結局秋声はマフラーと手袋と耳当てと、と大量に贈られて暖かいを通り越してすごく暑そうだ。

「あの、こんなに頂く訳には…」

夕暮れの帰り道、白くてもこもこのマフラーを巻いて顔を火照らせた秋声は言う。勿論、揃いのものを紅葉は鏡花にも贈っているし、鏡花も鏡花で好きなもの(と言う名のお揃い)を買ってはいるのだ。
秋声だって鏡花と紅葉に細々と贈ろうとはしたものの趣味に合わないからという理由で大半が却下されている。悲しい。

「いいのだ、秋声。お主は普段から司書の手伝いをして頑張っているからな。たまには甘やかされておけ」
「そうですよ秋声。それに貴方はもっと着飾るべきでしょう。何故、質は悪くないのにそう華やかさに欠ける服ばかり…」
「う、うるさいな!どうせ地味だよ!」
「騒ぐでないぞ。さて夕飯だが…」

いつものが始まる前にそう言って、ふっふっふ、と笑うと紅葉は懐から一枚の紙を取り出した。

「これは………スイーツビュッフェ?」

場所はこの百貨店近くのホテルだという。成程、と秋声は思った。今日はこの為に自分がダシにされたのだと。
勿論、紅葉としては秋声がメインであり、こちらはおまけであるのだが、あわよくばと思わなかった訳ではないことを追記しておく。なんとなく肩の荷が降りた心地の秋声にしてみれば丁度良かったという訳だ。
秋声は改めてその紙を見ると、溜め息を吐いて首を振った。

「…先生、ケーキはごはんにはなりませんよ」
「なに、ぱすたとかぴざとかいうのもあるそうだぞ?」
「それでも、です。そもそも、ビュッフェだと鏡花が食べられないでしょう?」

そう諭しながら秋声は携帯端末を弄り出す。

「鏡花、焼肉と鍋ならどっちがいい?」
「は?いえ、僕は…紅葉先生のお好きなところで良いのですが……」
「なに言ってるのさ。むき出し放置されている物を不特定多数が触った器具で取り分けて、なんて君が出来る訳ないでしょ」

話を振られた鏡花は慌ててそう言うもバッサリと切られてしまい口を閉ざす。
ビュッフェと聞いて鏡花が一番最初に思ったことがそれであった。ましてや生菓子である。鏡花が食べられるものなどないと言っていいだろう。

「それに、ケーキに限らず、普通のお店じゃアルコールランプなんて持ち出せないからね」

だから選択肢が焼肉と鍋なのだ。

「もう。先生も分かっていらっしゃるでしょうに…意地が悪い…」
「ふふっ、まぁ、言ってみたかっただけよ。それは今度夏目殿でも誘うて行ってこよう」
「そうなさってください。……で?鏡花、決まった?」
「あ、あの…僕は…」

恐縮しきって俯く鏡花を見て秋声は「何を今更」と少し呆れた。崇拝するほど敬愛する師の希望を彼が原因で果たせないのだから気持ちは分からなくもないが、普段秋声に対しての態度を思い出してみてほしいものだ。
そう思いながら秋声は師を振り仰いだ。

「先生はどこか行きたいところはありますか?ビュッフェ以外で」
「ふぅむ。…ならば、この近くに評判の鍋屋があるらしい。菊地が言っていた」
「菊池さんのおすすめなら外れはありませんね。…鏡花もいいかい?」
「ええ、大丈夫です」

紅葉とあれかこれかと携帯端末を見ていた秋声は目当ての店を見つけたのだろう、鏡花を振り返って淡く微笑む。
そのあどけない表情に嬉しいと感じると同時に、どうしていつもこうとはいかないのかという虚しさが胸を突く。

「鏡花?」

歩き出したふたりをぼんやりと眺めていた鏡花を不思議そうに秋声が振り返る。

「どうしたんだよ、早くいこう。お店が混んでしまうじゃないか」

これから混み合うだろう時間だ。予約をしていないのだからと時計を見比べる秋声は、鏡花のような虚しさなど感じていないようだった。

「鏡花、疲れたのかい?荷物、持とうか?ああほら指先が冷えている…」

躊躇う素振りの鏡花に二歩三歩と近付いて、秋声は彼の手から荷物を取り上げた。そのままなんの気なしに手を取り指先を撫でた秋声は、冷えたそれにくっと眉を寄せた。

「そら行くぞ、鏡花。秋声がこたつで風邪を引く前に、お前が風邪を引いてしまいそうだ」
「先生!だから僕は風邪なんか引かないですっ!」

するりと横についた紅葉が、鏡花の背を押す。促されるまま自然に歩き出した鏡花に合わせて歩きながらもぎゃんと師に吠えたてた秋声のその顔は、けれどとても楽しそうで。
──そうか、彼も楽しいのでいいのか。
おんなじか。

「……普段、食べないお鍋がいいですね」
「そうだね。なにがあるのかな…あ、メニューが載っているよ」
「どれどれ」

画面を覗き込んだふたりとあれがいいこれがいいと言い合って、言い合っているのにいつもみたいにギスギスしていないのがおかしくて秋声はくすくすと小さく笑う。
ずっとずっと、こんなのだったらいいのにな。

「秋声?どうしたのです?」

笑い出した秋声に気付いた鏡花が秋声を覗き込む。それからふいと顔をそらして「なんでもないよ」と言い張った。
その先にある師匠の顔があまりにも穏やかに弟子たちを見ていて、天の邪鬼すら裸足で逃げ出してしまいそう。

「…そうですか?」
「うん」

怪訝そうな鏡花に素直に頷いて、秋声は買い物荷物をもった腕を伸ばして笑う。

「たまにはこんな日も悪くないなって思っていたところだよ」









180121

秋声モンペ過ぎて普段鏡花ちゃんに厳しい話しか書いてないのですが(出してないけど書いてる)珍しく仲違いせずに終わった奇跡の一作になりましたワァーパチパチパチ

ちなみに図書館へのお土産は鏡花秋声が出し合って紅葉先生オススメのお菓子買いました。皆で食べてね。
そして間違えて先生の分もご自由にどうぞコーナーに置いてしまって翌日早々に喧嘩する。

織田がお邪魔してるネタはお疲れ庶民派シリーズから。自然弓がいない日にたまに無頼マイナス安吾が来る。週の半分は誰かが必ずいる徳田ルーム別名癒しの堕落部屋(安吾とは別の堕落。実家のようないたれりつくせり徳田ママ)
今後、夜11:30に熱湯入れたヤカン持って鏡花ちゃんが「そろそろ寝なさい!」って叱りつけた上で湯タンポに熱湯いれに来てくれる。
たまに事故る。



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