お疲れ庶民派と挟まれる太宰





徳田秋声と織田作之助のふたりは、当図書館最古参である。
彼らは少ない資源で潜書をする日々の傍ら、打ち捨てられていた当図書館の手入れも行っていたツワモノだ。
政府もどうかしているのだ、図書館部分だけは手入れして居住区は全て司書文豪に丸投げだなんて。
まぁ、錬金術パワーもあってどうにかなった訳なのだが、それでも、居住区が整い資材が貯まるまではと他の文豪の転生を見合わせていた訳で、織田と徳田、そして司書三人で暮らす日々は多忙過労の言葉に尽きる。
という前置きはここまでにしておこう。
最古参ふたりは、謂わば常設助手である。週代わりに助手は設定されているが、織田か徳田か、どちらかはたまたそのどちらもがサポートに入るのが常であった。
そんなこんなでとある月末。司書が忘れていた政府への提出物が発掘されたことが問題となったのだ。
タイムリミットは朝の8時か。
夜も9時を越えての発掘に司書は勿論、織田、徳田、そしてその日の助手であった新美は青ざめた。
しかし動揺だけでどうにかなる筈もなし。やるしかない、と気合いを入れる前に新美を部屋に返した。もう彼がおねむの時間であるということは知っている。
彼は自分も手伝うことがあれば…といってくれたが、それは、徳田が弓で鍛えた腕力でもって司書にヘッドロックをかける姿を背景に、織田が「今日のノルマは終わってんもん。あとはおっしょさんの責任やから新美くんが気にする必要あらへんよ〜」と言って納得させた。
手があれば楽ではあるだろう。しかし、司書室の机は4人分しかなく、また、逆に指示をする手間を考えれば少数精鋭でいくしかないと言葉もなしに三人は考えた訳だ。

結論から言おう。仕事は終わった。
上半期まとめのようなものを出せと言う指示だったのだが、これは日々真面目に資料を作った助手たちの勝利と言えよう。よかった、面倒でもパソコン入力をしておいて。
紙の資料を徳田が確認しつつ、司書がデータをピックアップし、織田が纏める、という役割分担である。

「あーほんまにただ纏めるだけになっとるやん……」
「年度末のまでにはもっと手を入れておかなくてはね……」

簡易報告で良いとは言われたものの、それでも半年分だ。ただ纏めるだけでも量があるし、初めてのことで形式も定まっていないのだ。あーだこーだと相談しながらでここまでまとまったのだから奇跡であるし、それも先方だって承知してくれるだろう。
そろそろと空も白み始める午前四時。既に司書は撃沈している──宵っ張りの文豪と違い、彼はきちんとした生活リズムを守る方なので先まで保っていたのだから頑張った方だ。しかし後でシメる。
かくいう古参ふたりも、昼間には潜書もこなして体力的にもう限界なのだ。
寝こける司書を隣の司書私室に運ぶ。膂力のあるふたりではないので背負う徳田を織田が支える方式だ。何故徳田が背負うかというと、身長差から織田が背負うと司書の足がつかずバランスが取れないからである。
意識のない人間の体は重い。どうにか司書を運び終えたふたりはもう、意識も体力も限界だった。

「あーもうアカンですわ…今日は仮眠室使わせてもらいましょ……」
「僕もそうするよ……ふわあ、眠すぎて死にそう……」

足を引きずるように歩くふたりは一番最奥の部屋を開けた。

「っあんの…バカ司書……!」

腹立たしげに低く唸ったのは徳田だった。仮眠室という程度だ、部屋の大きさは四畳もないだろう。ふたつ並んだ寝台になけなしのクロゼットがあるだけの部屋だが──まさかそのうちのひとつが荷物で埋まっているとは思うまい。
歩いて地下の補修室まで行けばベッドがあるし、そもそも自室に帰ればいいだけの話なのだが、何度も言うが彼らは眠気のピークであり、もう一歩も歩きたくなかった。

「さてどうし……オダサクくん!?脱ぐの早くないかい!?」
「や〜も〜ワシ無理ですわ〜このままだと死んじゃいますわ〜秋声サン譲ってくださいよぉ〜」
「僕だって無理だよ!?君ね、爺に譲りなよ!」
「随分お若い爺様なこって。ああもう、言い合うのもめんどいですわぁ…」
「確かに…」

相談しようとした相手が既に寝る気満々で脱いでいたのだから秋声が騒いでも仕方がないということにしてほしい。
閉じた目で間延びした返事をする織田に仕方がないと同じ疲労を抱えた身で肩を竦める。
しかし徳田とて譲るつもりはなかった。

「織田くん、ここは一緒に寝るとしないかい」
「……ええですよ、秋声サンとなら落ちんやろし」

妥協案である。互いに細身と小柄であってよかったとほっとする。
最早目を開けることすらしない織田の返事に徳田はばさりと腰の羽織を床に落とした。
のろのろと脱いでいく織田と違い、秋声はばっさばっさと脱いでいく。着物なんてそんなものだが、腰を緩めた袴は足にひっかけて蹴り投げた。きっと明日はシワだらけだ。腕巻き膝当て足袋に草鞋。長着を脱いで襦袢一枚になった徳田は早々に寝台にダイブした。
柔らかな寝台は毎週掃除はしているものの少しだけほこりっぽい。もぞもぞと薄手の毛布に潜り込むと、本当に疲れていたのだろう、意識がふわふわと沈みかけた。

「センセ、いつもの几帳面さはどこいってん」
「いいじゃないか、眠いんだよ。……早く、君もおいで」
「ンッフフ、ハイハイ今行きますわ」

毛布を捲ってぽふぽふと織田の場所を叩いて招く徳田に、織田はくすぐったい気持ちで小さく笑う。結局織田も、インナーのTシャツ一枚とパンツ一丁になると他の服は床に投げ捨てて寝台へと向かうのだった。

「……懐かしいね」
「そぉですね」

司書と三人だった頃はずっとこんなものだった。この仮眠室で、ベッドをふたつ繋げて、くっついて。
真ん中の隙間が体に違和感を与える為に、結局織田か徳田がひとつのベッドに身を寄せ合って寝るのが常だったのだ。司書を真ん中にすると、どちらかが蹴落とされてしまうのだ。
ひとつの枕を分け合うと顔がとても近くなる。それを今更苦に思うことはない。
互いに眠い顔のまま、夜明けの青白い光に照らされた相手の顔を見た。

「センセのおかおはホンマかいらしですわ」

くすくす笑いながら織田がいう。地味だと言われる徳田だが、顔立ちだけ見れば可愛い顔立ちをしているというのに。眉間のシワがなく眠たげであどけない顔を見る特権に優越を感じながら、周りも見る目がないものだと織田は思う。
徳田はそんな織田の思考も知らぬままにむっと唇を突き出して不満げな顔をするが、今にも触れ合ってしまいそうな距離だ。少しだけねめつけた後、徳田は大きく溜め息を吐いて呆れたように眉を上げて見せる。

「はいはい、どうも。きみのかおはいつみてもうつくしいね」
「おおきに〜。ふふ、しゅーせーサン、あったかいわぁ」
「きみは、すこし、つめたいね」

擦りよった織田に腕を回してぎゅうと抱き寄せた。徳田は自分がこども体温である自覚はあるが、それにしたって織田は少し体温が低すぎる。

「パンイチはやめた方がよかったんじゃないの」
「やけど、あのズボンはいてたら休まれませんもん仕方あらへんやん」
「まぁね……」

冷たい素足に自分のを絡めた徳田は流石にそうかと納得する。洋装は好きだが、やはり窮屈感は否めない。織田の特に冷たい指先がつうとふくらはぎを撫でるから、徳田は小さく身じろいだ。

「あしたは…おきたら、ししょさん、シメようね………」
「そぉ、ですねぇ…ふあ……………」

小さな欠伸。他愛ない会話はいつの間にか途切れ、後にはすぅすぅ、深い寝息がふたつ部屋に残っていた。



「なんやぁ、うるさいわぁ……」

翌朝のことである。バタンと大きな音で織田は目を覚ました。
窓から差し込む光から察するにまだそんなに日は昇っていないだろう。朝方に寝た身にはつらいものがある。
司書にも休みを言い渡されていたのだ、もうこの際無視でいいかなと思うものの、しかし、続いてドサッとなにが落ちる音がして仕方がなしに織田は頭を起こした。

「なんやのも〜……って、大宰クン?」

入り口には太宰が立っていた。その足元には司書が潰れていて、もしかして太宰が落としたのかな?なんて予想する。起きてこないところを見るに、寝汚い司書のことだからそのまま寝ているのだろうか。
そんな太宰は俯いてふるふる肩を震わせていた。

「……、………ッ」
「なに?なんやの?太宰クン、聞こえへんで」
「……だから!お兄ちゃんは!オダサクをそんなふしだらに育てた覚えないんだからね!?」
「んん〜〜?」

涙目で叫んだ太宰の意味不明さにオダサクは首を傾げた。どういう意味か全く分からない。
そもそもまず育てられていないのに。
しかしふるふると震える指でピッと太宰はオダサクを指差す。

「もう!オダサクと一緒に飯行こうと思ったのに!オダサクいないし!心配しただろ!そ、それに、は、はは、裸で!同衾なんて!誰だその馬の骨!!!」

つまり心配して探しに来たら知らない人と同衾しててびっくりしたよ、ということか。

「そもそも裸ちゃうし」

足だけ見ればそう思えるかも知れない。起きたついでに毛布を剥いだのでTシャツにパンイチなのはわかる。そして、知らない馬の骨こと徳田は毛布に上半身をくるんだ状態で頭すら出していないのだ。更にそこに、襦袢が乱れてむき出しになった、男にしては白くあまり筋肉質ではない脚だけが晒されているのだ、裸や事後を想像しても仕方がないことかも知れない。

「ほらぁ、起きたってや秋声サ〜ン」

ゆさゆさと揺さぶる。
普段は寝起きがいいが、こうして不規則な睡眠状態だと途端に寝起きが悪くなるのだ、この人は。

「なんなんだよぉ、まだ、ねむい…」
「ハイハイ、ええから起きてくださいて。なんかねぇ、太宰クンがねぇ」

ゆさゆさと揺さぶり、毛布を剥ぐと観念したのかこしこしと目を擦りながら徳田が身を起こす。はだけた襦袢が腹胸から肩背中と惜しみ無く肌を晒す。それをまた気だるげな様子で襦袢を引いて隠すのだから、良からぬものを連想させたのかはわわと太宰のおかしな声が聞こえた。

「ぼくたち、朝方まで(仕事を)してたんだし、もうすこし、ゆっくりしようよ」

言いながらふわあと白首晒して欠伸をひとつかいた徳田は指先で涙を払うと、その指で編んだままの織田の三つ編みに絡めた。起き抜けのかすれ声に流し目。
誰だこいつを地味だと言ったやつ。こんな、こんな──色気を振り撒くやつのどこが地味だというのか、全く!
ピンと三つ編みを留める金具を徳田は引き抜いて、くしゃと緩めた。あ、と言って視線を下げた織田の首筋に腕を回して、そのまま徳田は織田を巻き込みながら枕へとダイブする。

「ほら、いいこだからおやすみよ」
「……ちょお、こども扱いやめてくれません?」
「はいはい、いいから。ねんねんころりよ、おころりよ」

脚が絡められ、ぽんぽんと背中を叩いた手で三つ編みが解される。織田の柔らかな髪に頬を寄せるようにして再び寝息を立て始めた徳田に、なんかもうべらぼうに心地が良くて、寝不足も相成り、織田はこのまま寝てしまってもいいかな、という気分になる。

「は、はれんちだ……!朝方までしてた、とか、ナニをだよぉ…!安吾ォ…オダサクが…オダサクが大人の階段登っちまったよぉ……!」
「そんなん前世で登りきっとるわ!」

泣きそうな太宰の声に織田は突っ込んだ。ナニしてたって、仕事だよ。

「……ああもう、太宰クン。こっち来ぃ。ブーツ脱いでな」

大きな溜め息を吐くと徳田を起こさないように抜け出して織田は太宰を手招く。しばらく震えた後に、ふらと太宰は寄ってきた。
ブーツの他に上着とベストを引っこ抜く。勿論ネクタイもだ。
されるがまま不可解そうな太宰の手を引いて、とん、と寝台に寝かし付ける。

「は?!」
「大きい声出さんの。秋声サン起きてまうやろ。そらもちょい詰めたって」
「へ?え?」

戸惑う太宰を徳田と密着する程に押しやって、出来た隙間に織田も滑り込む。

「ケッケッ、やっぱ三人は狭いなぁ」

織田は太宰の背中にめいっぱい抱き着いた。あまり仲良くないというか交流のない徳田と真正面にくっついて、背後に織田の柔らかな髪の感触があって。
混乱の中、にゅっとまた違う腕が絡み付いてくる。徳田だ。

「……ん?あれ?オダサクくんじゃない?」
「ちゃいますよー太宰クンですわぁ」
「そうか、だざいくんか。いいこいいこ。いいこはねんね」

普段見下ろしている不機嫌そうな顔が、今は見上げる形で優しく微笑んでいる。ほぼ目は開いてないが。
徳田の指がゆっくりと髪を撫でていく。ああ、セットが…なんて思ったのも一瞬で、ほかほかとあったかな指先が頭皮を撫でるその心地よさにとろんと緊張がほぐれていく。この人、こども体温だなぁ。触れ合うところから感じる体温が眠気を誘ういい温度だった。あったかい。
そしていつしか撫でる手が止まってすうすう気持ち良さそうな寝息が響いてくる。
気付いたら徳田と織田の手足ががんじがらめになっていて抜け出すことも出来そうにないが、それでもこの心地よさの前になにも問題はないように思えた。ピピピチチチと鳥の囀ずる清々しい朝に二度寝なんて、なんと贅沢なことか。
訪れる睡魔に身を任せて太宰もまた微睡むのだった。
ちなみに司書は入り口の床で寝ている。

はてさて、潜書の時間になっても姿の見えない古参と司書を探しにきた泉が絶叫を上げるのは、あと数時間後のことである。





171112

初期は「オダサクさん」呼びでも後に「オダサクくん」呼びになる秋声さんを推しています。
あと若い姿で自称爺の秋声さんを推しています。
あとあと無自覚色気野郎な秋声さんを推しています。

安心してください、司書は方々でこってり絞られました。



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