気付いちゃいけないことに気付いて、でもどうしようもなくなってしまった田中さん







歩くのは嫌いなんだ。
奥山はそう言いながらふらりと出掛けていく夜がある。田中はそれが不思議で一度ついていったことがあった。奥山のつまらなそうな目が田中を見上げ、ただの散歩だよと言った。そうかと答えて、けれどもしっかりついていく。
奥山は仕方がなさげに溜め息を吐いた。
行く宛もないのだと奥山は言う。たまには動かないといけないのだけれど、と。

「じゃあわざわざ夜でなくてもいいだろう」

奥山の散歩は気まぐれにして絶対に夜だったからこその疑問。
その質問に答えはなかった。寝静まる住宅街を抜けコンビニに立ち寄ると並んで立ち読み。肉まんを買って寄越した奥山と並んで歩きながらもぐもぐ咀嚼する。
ぐしゃぐしゃに丸めた紙袋をポイ捨てしてから、ようやく奥山が口を開く。

「明るいと他人の興味の目がうるさいんだ。こんな杖を持つからにはさ、良くも悪くも好奇の目に晒される。余計なお節介なんか僕には必要ないのに」

片足を引き摺りながら手に持つ杖を掲げて見せる。
だから人目の少ない夜がいいのだと。そう、奥山は笑う。
静かな夜に、静かな笑い声。自身を嘲笑う、声。嗚呼、と田中は悟る。
──自分は間違えたのだ。
それは多分、きっと。奥山は田中がいることに許容はしているのだろう。他者の介入を敬遠してのそれの筈なのに。
明け渡された小さな秘密。
だとしたら。もしかしたら、立ち入るべきではなかったかも知れない。自分の居場所が他人のどこかにあると認めてしまったら。きっと、それは。それは。

──人を殺した。
殺されたから、殺し返した。
助けてくれなかったから殺した。
こどもみたいな理由。
それはやつあたりだと本当は分かっている。
分かっていて、それを止められない。
その衝動は自分のものだ。
……本当に?
本当に自分は望んでソレをシているのだろうか。
田中くん、と愉しげに笑う声。頭蓋に反響して、ぐわんぐわんの消えない声。
分からない、分からなくなっていく、分かりたくない。
自分は。自分は。なにか。なにかおおきなまちがいを。



「お、まえ、は」

胸の前を引き掴み、田中は奥山を見た。渇いた喉は上手く言葉を操ることが出来ず、ん、と小さく咳払い。

「…どうして、ここにいるんだ?」

ちら、と奥山の目が田中を見上げる。黒い目。真っ黒。奥山の目は感情を映さない。…映さないのに、いつだってなにかを問い掛けているようだった。そこに映る自分の情けない顔を直視したくなくて、ふいと田中は目を逸らす。
どうしてここにいるのか。
なんて漠然とした質問だろうか。勝手についてきた分際で。
どうしてここにいるのか。
夜に紛れた障害か、それとも。

「…僕は、自由でいたいんだよね」

不自由な足を引き摺り、奥山は歩き出す。小さい背丈の、丸っこい背中。俯く首筋。杖の音。

「だからだよ」

佐藤という強者を前にして、奥山は最初から勝てないと悟った。あれはダメだ。
間抜けにも姿を現してしまった自分が取れる道は2本。不自由な足を抱えて逃げるか、恭順し、賢く生きるか。
最初のそれなど、余りにも無謀。逃がさないという蛇のような意思に奥山が勝てる筈もなく。ならばと今更ながらに賢しさを発揮しておもねる。
それは、奥山が望む自由の為に。
結果論でしかないが、奥山は自身の意思でもってそう選択している。
人を殺すのも、殺す手伝いをするのも。なにもかもが自由意思だ。そこに拒否権などなくとも、いつだって決定を下すのは自分自身。
それこそが奥山にとって何にも変えがたい、自由。
──田中とは違って。
田中はいつだって佐藤の傀儡だった。佐藤の指示に従い走る犬で、佐藤のてのひらの上で上手に踊るマリオネット。
彼は最初から復讐を望んでいたのか。
──否。
彼は最初からヒトを殺したいと思っていたのか。
──否。
彼は最初からヒトを殺せたのか。
──否。
そう、それら全てが佐藤の意思により決定が下されている。

(気付いてはいけない)
(平穏に生きる選択肢だって、確かにあったことなど)

ふらり、よろけるように田中は奥山の後に続いた。
ふたりに会話はない。田中にその余裕はなく、奥山はその、もうどうにもならないことに言及する無意味さに口をつぐむ。
夜の道。誰かの平穏な日常が遠くに繰り広げられている。
確かに自分達がいつか抱いていたもの。
それを壊したのは。









160210

意味不明なので解説。

田中さんを平穏な日常に返すのでもなく、テロに引き込んだのは佐藤さん。
奥山くんのちょっとした信頼に、もっと違う道があったのではないかと思ってしまうが、けれどもう二度と戻れない道だと分かって愕然としてしまう。
田中さんを窮地に立たせたのは誰か。
引き込んだ佐藤さんなのか、気付かせた奥山くんなのか。

みたいな話?

奥山くんはどうしてテロ組に入ったんだろうか?という疑問への自分の回答話でもある。

以上!