田中さんと奥山くん。







アスファルトの照り返しが目に痛い、夏。蝉の声が辺りを包み、主要道路から外れた住宅街の脇道を歩く奥山は遠くに車の音を聞く。
奥山は今、田中と共に買い出しに出ていた。大々的に指名手配されている田中だが、意外と気付かれないからと堂々と出歩いているのだ。流石に店内には入れないから奥山が会計係で、田中は気晴らしの散歩がてらの荷物持ちだけれど。

「…あついな」

少し前を歩く田中がぼやいた。両手に買い物を下げたひょろ長い背中を見る。コンパスの差で一歩が大きい田中についていくのは脚の悪い奥山には骨が折れる。とうとう奥山は立ち止まった。田中は気付かない。

「…田中さん」
「あん?」

声をかければ、田中は振り返る。一瞬の躊躇で距離はまた3歩分増えていた。
杖をつき、片手にトイレットペーパーを下げて立ち止まる自分を田中は細い目を不思議そうな色に染めて見ている。

「ごめん。もう少しゆっくり歩いてくれない?早いんだ。追い付けない」
「あ、ああ…」

言えば、田中はばつが悪そうに頷いた。
再び閑静な住宅街を歩き出す。普段は先を歩く田中が横についたのは奥山を気遣ってのことだろう。
常日頃特に話すこともないのだから、今だって同じ。遠く聞こえる蝉の声、車の音。どこからか聞こえるテレビの音。静かな街に、足音はふたつ。
ちらちらと視線を投げ掛けてくる田中に、奥山はこの人、意外と幼いんだよなぁとぼんやり思った。
彼は、田中は、政府に保護─とは名ばかりの人体実験の道具だけれど──されてからどれだけ経ったのか。よく覚えていないけれど、確か未成年の頃から捕らわれていたのだっけ。永井圭と同じく、未だ人間に幻想を持ったこどもが繰り返し殺され続け、更にあの「佐藤」に見出だされ洗脳されたのだから歪んでしまったことは何もおかしいことではない。ただ、どこか置いてけぼりにされた彼の幼い精神は未だに純粋でまっすぐのまま。いびつでちぐはぐ。ひねくれているのに素直で純情。
佐藤を慕う姿は、ヒーローに憧れるこどもと何が違うだろうか。

「あ」

後ろから迫る車には気付いていた。距離はあるし幅もある、最低限を避ければ大丈夫だろうと奥山は思った。
しかし、それは共にいる田中には違ったらしい。ぐいっと腕を引かれて、田中を挟んで車道とは反対側に引っ張られた。
通り過ぎ様に気の良さそうなおばちゃんが笑顔でこちらに頭を下げた。一瞬で見えなくなるそれを田中の背中越しに見送る。

「田中さん。大丈夫だよ、あれくらい」
「そうか…いやでも危ないだろ」
「危ないっていっても亜人は死なないでしょ」

決まりが悪そうな田中は、それでも奥山が続けた言葉に顔をしかめた。

「だからって死ぬ意味もないだろ」
「一度きりの命を殺し続ける僕たちが言えた言葉じゃないけどね」

佐藤に加担して大量虐殺を企て、実行した自分達がどうしてそれを言えるだろうか。
奥山は死にたい訳ではない。殺したい訳でもない。しかし、だからといって佐藤と敵対してまで人類を助けたい訳でもないのだ。佐藤という存在の恐ろしさは奥山はよく分かっているつもりだ。純粋に、彼を慕う田中を奥山は理解できない。
助けられたその恩と、その他全てから見捨てられた不穏につけこんで刷り込んで洗脳した彼は、結局のところ佐藤を裏切れやしないと知っている。犬のように賢く愚か。従順で素直で、「自分」というものを知らない。
田中の細い眉が傷付いたように寄せられたのを見て、奥山は「青いなぁ」としみじみ思った。
じりじりと太陽が肌を焼く、夏の日のこと。




「やるの?やらないの?」

差し出したUSB。未だ納得しきれていない渋い顔。

(ほらね)

手に取ったそれに目を落とす田中に奥山はひっそりと笑った。
──どうせアンタは、あの人を裏切れやしないのだ。









151218

芥さんのネタが萌え過ぎたので。
佐田佐と田奥が好きです。田えりも好き。

奥山くんは田中さんを哀れんでいそうだなと思ってる。バカだなぁ、あんなのに捕まっちゃって。
でもそれを理解できない、否、しようとしない田中は実は自覚があってこその自己防衛なのか、みたいな考察を奥山くんはしてそう。

7巻見当たらなくてクソどこいった………。