「お菓子」はSSログ4の小話が相当なので省略!




【将来の夢】永井父母捏造

ぼく、おとうさんみたいなりっぱなおいしゃさんになるよ!
そう言うと、いつも忙しい父が嬉しそうに笑って頭を撫でてくれた。おかあさんは頑張りなさいねと笑って頬をつついてきて、ぼくはきゃらきゃら笑うと指から逃げてまだまだ小さな妹を抱き締める。

「えり、おにいちゃんがおおきくなったらなおしてやるからな」

不思議そうに目を瞬かせ、けれど嬉しそうに笑って抱き返してくる生まれつき体の弱い妹。まだ片手にも満たない年齢なのに入退院を繰り返していて、ひどく可哀想だ。
大事な妹。
いつか必ず、僕が治してあげるから。
──なんて思っていると、ぐしゃぐしゃと頭を撫で乱されてうわっと声をあげた。次いで、長い腕が腹に回ってぐんと持ち上げられる。

「なぁに、えりはおとうさんが治してやるから心配はいらないぞ」
「ええー!」
「けいが大人になる頃にはえりが待ちくたびれちまうからなぁ」

両腕で息子と娘を抱く父に、息子はぶすくれた。決意を返せ、なんては言わないけれど。

「だから、けいは立派なお医者さんになって、えりと同じように苦しんでいる人たちを助けてあげてくれ」
「……うん。おとうさんみたいに、だよね?」

そう応えた息子に父は一度目を見開くと、照れたように表情を崩した。

「はは、そうだな。そうだ。おとうさんみたいに」
「うふふ。お手本になれるように頑張ってね、あなた?」

微笑んだ母が父に寄り添い、小さなこどもを抱く腕に添えられる。
──それは、永遠を信じていた頃の話。



なんでなの、と母は崩れ落ちた。
なんで。どうして。いつも綺麗な髪を振り乱してぐしゃぐしゃで、顔を覆う細い指からは涙の雫が滴っている。
ヒステリックに叫ぶ母の姿は幼いこどもには衝撃的で、小さな妹は涙を浮かべて兄に縋りついた。

「おかあさん……?」

どうしたの?と恐る恐る声を掛けた息子の声に、母の嗚咽が止まる。かち、こち。壁掛けの時計の音がやけに響いた。
まるで時間が止まってしまったかのような空間。ただ、どきどきと早鐘が胸を打ち、これが夢などではないと強く告げている。
ゆっくりと母の顔が上がった。
乱れた黒髪。涙の浮かぶ瞳は充血していて真っ赤に染まり、その真ん中、黒々と、まるで宵闇のような黒々とした目が圭を捕らえた。そのあまりの強さにヒッと小さく息を飲む。

「けいちゃん」

これは本当に母なのだろうか。優しくて賢くて、いつだって綺麗な母──伸ばされた手に咄嗟に身を引いたものの絡み付いた妹に逃れることは出来ず──ぎちり、強く手首を握られて圭は顔をしかめた。痛い。痛い、けど──それ以上にただただ、怖い。

「けいちゃん。あなたはだめよ。あなたはあんな風になっちゃだめ。けいちゃん。けいちゃん。あなたは、おとうさんにはならないで」

ねぇ、と言いながら母の指が腕に食い込み、爪が、爪が、ぎゅうぎゅうと食い込んでいく。
逃がさないという、明確な意思がそこにはあった。

「いた、痛いよ、おかあさん…!」

譫言のように呟いた。助けを求めて揺らした視線は誰に届くこともなく。

「おかあさん、どうしたの?なんかおかしいよ?ねぇ、おとうさんは?おとうさんはどうしたの?」

人が変わってしまったような母の姿に耐えきれず父の所在を問えば──それこそが悪手と知らずに問えば、母は、彼女は、きああ、と大きく声を挙げた。

「あんな人!」

怒りでか、悲しみでか、真っ赤に染まった顔で母は叫んだ。あんな人知らないあんな人知らないあんなひとしらないあんなヒト。壊れた玩具のようにそう繰り返したソレは、ぴたり、動きを止めた。再び訪れる静寂。

「ねぇけいちゃん」

母はわらっていた。いつも通り穏やかに。ぐしゃぐしゃに乱れた髪が張り付き、涙に濡れた頬は紅潮して、それでも「いつも通り」を装って。

「けいちゃんは、あんな人にはならないわよね?」

あんな人、とは誰であろうか。やはり、父なのだろうか。会話から推測するにそれしかないが、あの父が、一体なにをしたというのだろう。圭には理解が出来なかった。
父は、あの優しい父が、一体なにをしたというのだろう。
質問を装ったそれは彼女が圭に望む姿なのだと思う。否定を認めないだろうことはその目を見るに明らかだった。

「ならないでしょう?ねぇ、けいちゃん。分かったって言って。言いなさい!ねぇ、ねぇ、ねぇ!けいちゃん!ねぇ!なんでいってくれないの、ねぇ!けいちゃんはあの人みたいにならないで!あんな!あんな………!」

穢らわしい。
言いながら頬を打たれて、その痛みにただ呆然と目を見開いた。小突かれることはあったけれど、こうして理不尽に思う暴力は初めてのことであった。そろそろと打たれた頬に触れれば熱く──錯乱して頭を掻き毟る、あまりにも惨たらしい母を見上げた。
圭が懸命庇うその背で妹がえーんえーんと泣き出した。仕方がないことだが、出来れば圭も泣きたかった。

「おかあさん、ごめんなさい、おかあさん!」

要領を得ない母の言葉に謝って頷けば、「そうよね」と母は微笑んだ。狂気的な悲鳴はふわふわと柔らかな口調へと変わり、「あなたは賢いもの。あんな馬鹿な真似はする筈ないわ」──歪んだ笑みが、冷たい腕が、圭に絡み付く。薄ら寒さにそれでも圭は無理矢理笑みを作って抱き返して見せた。

「そうだよ。僕は、あんなひとにはならないよ」

それがどういうことだか、全くわからなかったけれど。ただ宥める為だけにつらつらと口は回る。昔から年齢以上に賢かった少年は、確かに母が望む言葉を汲み取れた。

「けいちゃんはね、おとなになったらね、りっぱなおいしゃさんになるのよ。ふふふ、そして、えりのびょうきをなおすの。そうよあなたはあんなばかなひとにはならないわ。だって、だって、けいちゃんはわたしのこだものね」

頬に伸びた指のその冷たさといったら。
未だに両手に満たない少年の、それでも人の心の闇というものを覗いた瞬間。
絡み付く10本の指が、そして、助けを求めて抱き着く柔らかな体温が、彼に逃げ場がないことだけは確実に知らしめた。




後日、母が壊れた原因を正しく理解した少年は納得する。母の疑心を。世間の目を。

「僕の将来の夢は」

父のようにイカれた正義感で身を滅ぼしたりすることのない、

「立派なお医者さんになることです」

そう笑った少年の手足に絡み付くのは操り糸か。繋がれたそれに操られるがまま、彼は優雅に一礼して見せるのだった。









160626

永井母は積極的に悪役にする方向。
発狂としては生ぬるい表現になりましたが、ケイくんが錯乱した永井母に手を上げられていたりしたらいいなぁと思います。
初めての暴力は──それも納得できないそれに加え、今まで築いた価値観(父)を壊す否定は、そのどちからひとつにしても強い衝撃を与えたと思います。
自分の根底を覆し、自分から母の指示を肯定したのだから今更逃れられないだろうケイくんはだからこそ言われた通り、言った通りに「立派な人間になる」為だけに動くしかないのだと。

相変わらずの捏造万歳。