ワンライ
【花】【昼寝】【風船】【武器】
【花】ケイ
夏の夜、じいじいと遠くに虫の音を聞く。昼間より少し涼しく、それでも寝苦しい暑さは変わらぬまま、からから、からからと扇風機が音を立てた。
白いカーテンが靡いて、生温い風が吹き込むと共になにやら甘い匂いがした。小さい頃に嗅いだことがあるような気がするそれは、それは──優しい記憶を呼び覚ます。
木漏れ日の森、ケイを引っ張りあげた手は同じくらいに小さいのにすごく力強くて。子供ながらに彼がいればなんでも出来ると信じていた。
背の高い木に登るのも、絶対に見付けられない秘密基地を作るのも、カブトムシだっておっかなびっくり、捕まえられた。転んで擦り切れた膝小僧だって、カイが心配してくれるから、痛いなんて思わなかった。
(カイがいたから、僕はまだ抗える)
諦めずにケイに手を伸ばしてくれたカイとまた会う為に。
優しい思い出を取り返す為に。
「そうだ、明日…」
探しにいってもいいかも知れない。
そう思いながら再び睡魔に身を任せたケイは、そんなことは微塵も覚えていないのだった。
【花】田中
道端、アスファルトの隙間にしぶとく生えた花を誰が儚いと言うだろうか。
切られてもなおしぶとく水を飲み込み花を咲かそうとするそれを誰が儚いと言うだろうか。
踏み潰されてなおもしぶとく上を向く花を誰が儚いと言うだろうか。
「田中さん、どうしたの?」
「…いや、なんでもない」
先行く奥山に声を掛けられて田中はハッと顔を上げた。ふるり、首を振って前を向く。
「帰ろう、奥山」
「うん」
踏み潰されたら枯れねばならぬと誰が決めたか。
しぶとく、しぶとく、生きてやる。
痛みには復讐を、悲しみには報復を。
そら、あの花は自分だ、と田中は小さく噴き出した。
【花】佐藤
「そうら」
轟音、手に響く反動。放たれたマシンガンの弾丸は壁にめり込み人にめり込み、周囲を血に染めた。一人残らず壊してしまえば、ただ舞台には男がひとり佇んでいる。
「ふ、ふ。まぁるで花のようだねぇ」
間延びした男の愉快げな笑い声。
両手を広げてくるりと回るその姿は正しく、舞台に踊る道化のようで。びちゃりと音を立てた足、靴底の赤が綺麗な床にまるで花弁のように散っていく。
男は笑う。狂気の舞台で。
そら、男よ。見よ、その足元には多くの花が散っている。
【昼寝】ケイ
よく寝るなぁとその少年を見て周りは思う。よく寝るなぁ。ソファに寝そべり、ゆっくりと肩が上下する。
よく寝るなぁ。寝ているだけならば無力な少年に、周りの緊張はようやくにして薄くなる。そら、この少年の頭の良さと思いきりの良さは折り紙付きだ。侮れない存在を前に気を抜いてなどいられない。
そうやって無害をアピールしていることを知りながら大人はそれに乗る。麗らかな夏の、冷房に冷やされた部屋で少年は身を縮めて丸くなり、その綱渡りは、彼らが共存するのに必要なことであった。
【風船】田中
小さい頃、揺れる風船を割ってしまったことがある。パァン、余りの音の大きさに泣き出した息子を宥める両親の顔は、記憶の中で優しく微笑んでいた。
パァン。思ったより軽い引き金。その音の大きさよりも、こんな簡単に人が死ぬのだと驚いた──そんな田中を、佐藤は変わらぬ笑顔で見守っていた。
【武器】
装着された耳栓を見咎めて、ケイはただ唇を結ぶ。
この声は。この死ぬことのない体は。不可視の分身は。そのどれもが、脆弱な、ただの高校生が持つには分不相応なまでの武器。
(ならば恐れられるのは仕方がないことだ)
警戒に眉尻を跳ね上げた男たちを見て、そら怯えろと少年は唇を釣り上げる。
無理矢理感の武器