寂しいコウくん






どうしてひとりなんだろう。どうして、自分はひとりなんだろう。
ゴミに溢れた部屋にひとり。さむく、冷たく、自分の隣に立つものはいない。ぶらり、ぶらりと揺れていた足は床に立っている筈なのに覚束無ず、落ちた際に打ち付けた筈なのに痛みは感じなかった。
コウはゴミを踏みつけながらそれを見上げた。
ぶらん、ぶらんと揺れる足。すえたにおい。やけにむくんだ皮膚は色がくすんで。

「おかあさん?ねぇ、おかあさん?」

目前の足を掴んでも、手応えなく揺れるだけ。
声は返らない。目も向けられない。ただ物言わずにぶらさがるそれは来る日も来る日も、コウにいらえはしなかった。
こんにちは、と訪ねて来たその人は。
蛆を孕んだそれを見て、悲鳴をあげたのだった。








なぁ、もしも。
縋るように腕を掴んだ男が、どこか必死に言う。

「もしもさぁ、俺がさぁ。海斗よりももっと深く愛してるって言ったら。
いくらでも体を張るし、好きな言葉をいくらだってかけてやる。嫌なことはしないし、なによりも大切にするから。そうしたら。そうしたらさぁ、永井はさぁ──俺を好きになってくれた?」

へらへらと顔は笑っているのに裏腹にぎりぎりと男は二の腕に指を食い込ませるものだから、クッとケイは眉をしかめた。

「中野、お前なにを、」
「ッ俺は!」

ケイの言葉を遮ってコウは声を荒げた。力任せに壁に打ち付けられてぐうと喉を鳴らす。

「…なぁ、教えてくれよ。どうして俺じゃだめだったんだ?どうして、俺は選ばれない?」

普段は能天気な顔をしたこの男が。
震えながらにケイの肩に額を擦り付けた。固めの短い髪がケイの頬を掠めて擽る。
ケイにはどうしていいか分からない。いつもと違うコウの様子に調子が狂わされる。
どうして。
この問い掛けはきっと彼にとっては重要なのだろうと察せられ、ケイはまぶたを落とした。

「…無理だよ、誰もカイのかわりにはならない。誰もカイ以上に僕を愛することも、カイ以上に僕が愛せる人もいないんだ」

カイは、こんな化け物の為に人生をかけた。たったひとつの命をかけていつだって手を差し出してくれた。いくらひどく突き放しても見捨てることなく、迎えに来ては笑ってくれた。
小さい頃だって。いや、あの頃から今、きっと未来永劫、カイという存在がケイには救いであり、支えであった。
心臓を失って生きていられる筈がないのに。どうして平気でいられると思ったのだろう。
一度手放したそれを取り戻したら、最早切り離すことすら不可能だ。
いや、手放したと思うことすらが驕りだろう。ケイはカイの存在に支えられてここまで来た。傍にいようがいなかろうが。
カイが存在するというだけで、ケイは孤独になんかなることが出来ない。

「…そっか」

言葉と共に、コウの手がケイの腕を滑っていく。力の抜けたそれは、名残を惜しむようにケイの手の甲を撫でて離れていく。ケイはまぶたを開いて正面から彼と相対を選んだ。

「だよな、知ってた」

ダメ元だったんだ、とコウは笑う。力が抜けて眉が下がり、泣きそうな笑みだった。
カイと再会してからのケイはよく笑うようになった。知らず知らずと穏やかな表情になっているのを本人ばかりが知らないのだ。
誰もが、それがカイのお陰だとは分かっていた。
付き合いもなにもカイの方が上だと知っても。自分が、嫌われていると分かっていても。それでもコウは、それに嫉妬した。黒服たちとの溝が埋まるまで、ずっと隣にいたのはコウだし、カイと離れて魘されたケイを起こしたのも、コウだ。
それでもコウは選ばれない。
誰にも、選ばれることがない。
指先をすり抜けて誰もがコウを素通りし、いつだってなんだってコウはひとりぼっちだ。愛してと言っても誰も振り向かない。嫌われないように動いたって、誰も、彼も、みんな。コウを愛することはない。
いつだってひとりぼっち。

「…お前さぁ、」

ケイは不愉快そうに眉をひそめている。

「僕を好きだった訳?」
「そうだな。好き、だよ」

だったなんて言わせない。過去形になどしてやるものか。
たくさん、欲しいものがあった。
全ては手に入れられずとも──ケイは、コウにとって一番身近な同類であった。性格は真逆であったがなかなか良いコンビであると思う。
性欲というものは伴っていなかったと思うが、結構綺麗な顔をしたケイであれば抱けるだろうと思ったこともある。事実、おかずにしたこともある。友達、なんて言葉で済ますには、コウの中でケイという存在はとても大きくなっていた。
間髪入れずに答えたコウに、益々ケイの顔は歪んでいく。

「なぁ。なんでさぁ、そういうこと言うの?言われたこっちが負担に思うとか考えない訳?」
「そんなん、知っていて欲しかったからだ」

キッパリと言い放つ。

「知って、苦しんで欲しかった」

ケイにそこまで殊勝な心があるかは知らないけれど、少しは心を痛めればいい。

「なぁ、俺だけが苦しいなんて不公平だろ。お前も苦しんでくれよ。その苦しみがお前からの愛だって俺は信じるから。そこに情があれば、少しは俺だって救われるよ」

なぁ。なぁ。助けてくれよ。
さびしいんだ。ひとりはさびしい。
誰かに想われたい。愛されたい。
愛されないのなら、いっそ。

「お前は卑怯だな」
「ああ、知ってるさ」

愛の反対は無関心だという。
そうだな、とコウも納得する。これが愛ではないのなら良かったのに。無関心すら受け入れられない心は、ケイを傷付けることを選ぶ。ひとりでひそりと納得させることもせず、笑顔で祝福すらしてやらない。
ケイの傷付いた心は、そればかりはコウの為だけのものなのだから。

「お前は僕に好きとも言わなかったな」
「いや、結構行動で示してたと思う」
「……言葉にはしなかっただろ」

スッと視線を逸らせた鈍感男。どうせ、最愛の海斗のことしか頭になかったから周りのことなんか気にしなかったのだ。初めて会った時なんて本当にひどい。だって毒きのこからの監禁だぞ。
喧嘩して喧嘩して、いっぱい喧嘩して。殴ったこともあるけれど、なんだかんだとうまくやっていた、ように思う。ちょっとずつ笑うようになって、ちょっとずつ息が合うようになって──なぁ、俺たちは結構良いコンビになっただろう?
それなのに、お前は海斗を取る。
俺は選ばれない──いつだってなんだって誰からもなにからも。

「僕がお前を選ぶことはないよ、中野」
「そんなの知ってる。それでも、好きになってしまった事実はなくならない」

小さい頃から知っていたことだ。
自分は誰にも選ばれない。誰とも共にいられない。
揺れる足、見ない瞳。誰もコウを顧みない。

「…お前、面倒臭い」
「そりゃお前に言われたかねーよ、永井」

拗ねてツンツンしたあの頃のケイは孤独だった。もしかしたら、それで惹かれたのかも知れないとも思う。同じ孤独を持つ者同士、隙間を埋め合うことが出来るのではないかと言う期待。
実際は穴なんて開いてなくて、コウの勘違いの一人相撲だったのだけれど。

「俺は永井が好きだよ」
「あ そう」

再度の告白にケイの顔が歪められる。
さぁ、傷付いてくれ。
言わなければ良かったと後悔する俺の分まで傷付いてくれ。
コウを見るケイの瞳は硬質で、そして斜め下へと下げられた。ぱちりと一度瞬いて閉じた瞳はもうコウを見ることはなく。

「僕はお前が嫌いだよ」

そうだな、知ってる。








160320

カイケイ←コウ
報われないホモ最高。

コウくんには他人の幸せをいいなぁいいなぁと思いながらに臍を噛んででも笑って祝福させたい。
良かったな。その言葉の裏で泣かせたい。
いいなぁ。羨ましいなぁ。言いたくても言えない。言ったら嫌われるから言えない。好きになって欲しいから言えない。
幸せになりたいから。してほしいから。
だから笑顔で隠す。
笑顔でも泣いていることを誰かに気付いて欲しいから黙って救われるのを待っている。

このあとケイくんにおめでとうとか言っちゃうけど、その度に傷付け、傷付けって願ってる屈折したコウくん良くないか。
ただし割り切って切り捨てたケイくんはコウくんの言葉に一筋たりとも傷付かないから色んな意味でコウくんは報われない。

コウくんは母親がネグレ首吊り無理心中したと思ってる派。
体が軽いことで首の骨は折れず一時的に窒息→失神したところを母親が死んだと判断し首吊り自殺。覚醒時に暴れて落下→助かったのだと後に判断されたコウくん。
実際は本当に死に、繰り返し死に続けてる間に何度も暴れて体が落ちた。
ぶらりぶらりと揺れる母の死体を眺めながら1ヶ月とか無為に生き続けたコウくんとか可愛いなと(可愛いってなんだっけ)
蛆はどれくらいから沸くかは知らないけど虱潰しっていうか蛆潰して毎日、言葉を返さずただ腐りゆく母親におかあさんおかあさんねぇおかあさんおなかすいたおかあさんおかあさんおきてねぇおかあさんって声かけてたのかなとおもうとほんと震える。

高所恐怖症は首吊られた時に足がつかないのが怖くて痛くて苦しくて、のトラウマかなぁと思ったので知らずにコウくんに首吊り奨めるケイくんは最高だなって思うんですよ。
ひとりで死に続けながら糞尿垂れ流しつつトラウマと戦うコウくん可愛い