殺伐コウケイIF立場
お題「銃口を相手の口に捩じ込む」は無視します!(お題の意味とは)








佐藤と名乗った男の後ろに立つ人物は、流石のコウも知っていた。今世間を賑わしている新しい亜人、ナガイケイだ。
確か高校2年だか3年だかという。自分より少し下の少年がこちらを見る冷めた目に、どこか胸が痛んだ。報道で流れた彼はもっと朗らかではなかっただろうか。やはり、政府に非人道的な実験をされて感情でも凍り付いてしまったのか。冬の夜のような冷たさが目に宿っている。
佐藤の演説が終わり、それぞれの意見が分かれて固まった時のことだ。
コウが咄嗟に近くのおじさんの足を蹴飛ばすと間一髪ですぐ横を通ったなにかが後ろの人に当たった。そげき。狙撃だ。隠れていたその人の姿──これもまた有名人だった。国内二人目、長らく日本の亜人の名を独占してきた男、タナカコウジ。
おじさんに助けられ部屋の外に出たのはいい。問題は、脱出するにはこの高いところから飛び降りなきゃいけないということだ。
おじさんがワイヤーのついたロープに捕まって引きずられていく。
いけ、と言われてもすくむ足。
ふと、かつんと軽い足音がした。
振り向くとナガイケイがいた。
彼はなにも持たない両手を開き、ゆっくりとこちらに歩み寄る。そう言えば先程の奇襲にも彼は参加していなかったか。
少年らしい薄い体躯だ。体調を心配するほどに白い肌は薄暗い部屋にぼやりと浮かぶ。

「待って、行かないで」

高校生らしい、まだ少し幼さの残った声。体格はまだコウの方が良く、警戒しながらも彼の言葉を待った。彼の後ろにはタナカたちはおらず、おじさんを含めて奥に行ったきりなので暫くは隙を突かれることもないだろう。
かつん、靴音を鳴らして少年が立ち止まる。距離にして3歩分だろうか。

「今は逃げない方がいい」
「は?」

唐突なそれにコウは眉をひそめる他ない。ナガイケイはちらりと後ろを気にしながら声を潜めた。

「佐藤さんは君を逃がすつもりはないよ。賛同できないその気持ちは分かる。後で僕が逃げるのを手伝ってあげるから……今は大人しくついてきてくれないか」
「なんで…?お前、あっち側じゃないのかよ」

タナカの狙撃やおじさんの捕縛の時にだってこいつは顔色ひとつ変えなかった。こうなることを知っていて、佐藤に賛同しているのではないのか。
信用には値しない台詞。
コウのあからさまな警戒に、ナガイケイはその細い眉根を寄せて視線を落とす。

「僕は…ここにしか居場所がないから……」

曰く、大々的に報道され、また、佐藤によるものだが自分の所為で大量虐殺という結果を伴って逃げることになったナガイケイは、日本のどこにも居場所はないとのこと。
家族との縁もなく、今すがれるものは佐藤しかいないのだ、と。

「僕だって佐藤さんの意見は極論過ぎると思うけど…逆らえば僕もまた…政府に………」

言いながら両腕を抱いて小さく震える姿は酷く怯えきっていた。そう、佐藤に脅されたのだろう。
それだけ政府がこの少年にやったことは酷く、それをネタに脅迫を行う佐藤をやはりコウは信用できないと思う。
ふと顔を上げたケイが自嘲気味に、小さく笑った。

「君はまだ世間にバレてない。僕がきっと逃がしてあげるから、どうか佐藤さんを止めて。佐藤さんには僕からお願いすればきっと君を迎え入れてくれると思う…だから今は、我慢してついてきてくれないかな」

ね?と気弱そうに微笑む少年にコウは「何故自分だけ助けるのか」とつい問い掛けた。
あそこには他におじさんを含め3人、反対派の男がいたのに。

「…僕だって、全員は救えない」

佐藤は反対されることを見越して武器を用意し、それをテストとした。そこに少年が口を挟める余地もなく。

「でも君ひとりくらいだったら──君、僕と同い年くらいだろう?きっと、佐藤さんも油断する」

助けるための、助かるための条件。
唯一の少年らしい風体。
最後まで迷っていた様子。
咄嗟の判断でタナカの攻撃を避けたそのポテンシャルの高さ。
佐藤が興味を持ち、許可をくれそうな人物はコウしかいなかったのだと少年から高評価を受け、コウはむずがゆくなる。

「僕と一緒にきてくれないか」

懇願と共に伸ばされた手は細く、荒事には向いてない。そうか、彼だって大人ばかりの場所は寂しいのではないだろうか。だからこそ、同年代だろうコウにより好意的になったのだろう。
コウは、警戒に強張らせていた体から力を抜いた。
ナガイケイは佐藤と共にいるしかない現状が、同族である亜人をも陥れ害しようとする佐藤を批判する気を失わせているのだろう。それなのにこうして、コウの為にと提案をしてくれている。

「……わかった」
「ありがとう!」

ナガイケイは他者を踏み潰しても自分を生かそうとしている。誰だって自分が一番大切で──その中でもこうして自分に手を貸してくれようとするのだから、きっと。
きっと悪いやつではないのだ。
じゃあこっち、と向けられた背を追う。小さな背中。
とりあえずここにいて、とナガイケイが開けた扉をくぐった、その時。
どん、と背を押されて足を縺れさせた。

「え?」

埃の溜まった汚い部屋だ。崩した体勢に、更に後ろからの追撃を受けてコウはあえなくそんな汚い床に転がった。頬にざらりとした感触。
腹の上に乗り上げてきた少年に思わずなんで?と投げ掛けようとした問いは冷たい視線に凍り付く。

「…チョロすぎ。あんなんで騙されるとか、頭お花畑かよ」

なにも信じていないという目。
コウのことなどなんとも思っていない、佐藤の隣に立った冷たい目。
ナガイケイの手がするりと首を撫で、指を掛ける。ぐ、と小さな圧迫。

「お前…騙したのか……!」
「そうだよ?それが?」
「は?」

必死の弾劾をさらりと流されてコウは戸惑う。ナガイケイはくつりと皮肉に笑った。

「僕は人間も日本もどうだっていい。好きにすればいいさ、僕には関係ない。それどころか、いない方が僕にとっては都合がいい」
「お前、それ本気でいっているのか!」

咄嗟に、遊びのように首を絞める少年の腕を取った。どうやら握力、腕力共にコウの方が上らしい。そのまま簡単に上下を逆転してしまえた少年を見下ろしながらコウは少し戸惑う。細っこい腕が少しひんやりとしていて、あっという間にコウの体温でか熱くなった。

「そうだよ?それが?」

片腕、肩口を押さえられ床に押し倒された少年の乱れた前髪から丸い額が覗く。繰り返される返答は先と同じ。歪む口元。締め上げられた手は痛いだろうに表情は少しも変えない。
失われない余裕、だろうか。泰然としたそれにコウこそが戸惑った。彼は、ナガイケイは未だに自由である片腕や両足をだらりと投げ出したまま、コウに掴みかかることすらしなかった。

「別に、僕だって全てが死に絶えればいいとは言わない。積極的に亜人を迫害するやつが勝手に死ねばいいと思っているだけ──それが佐藤さんの手に掛かろうかどうだろうが僕には知ったことではないというだけさ」

つまり、見て見ぬ振りだ。人間の誰しもがなにかを知らんぷりしている。それはこの少年だけじゃない。
自分の身を守るための知らんぷり。
例え庇護者が手を汚そうとしても。
その庇護者から己を守るために時には加害者となったとしても。
なにもかもが知らんぷり。
それを悪いと誰が言えるの?

「お前、そんなの…!」
「誰だってそうだろ?──じゃあ、おしゃべりはもうおしまい」
「なにを、────ッ」

どう考えてもこの少年に打つ手などないと思っていた。体のラインに沿った服には銃などの武器などを隠しておける場所などなかったし、そのような違和感もなかった筈だ。
首になにかが突き刺さった。一瞬どこからか狙撃されたのかとも思ったが違うらしい。次いで違和感が続き、何かが押し込まれる嫌悪感。
それはコウが見逃していた空いたナガイケイの手に握られていたらしく、振り払うと軽い衝撃、軽い音。床を滑ってからから鳴るそれに顔を向ければ、小さな注射器だった。

「それ、象でも6時間は起きない麻酔」

ぐらりと頭が揺れて視界に霞が掛かる。
確かにあんな細くて小さなものならズボンのポケットに入っていても気付かない。ああ、油断した。
自分の体を支えることすら出来ずにずるりとナガイケイの上に落ちると「重っ」と文句を言われて泣きそうになる。そんなに重くないやい。お前が貧弱すぎるんだい。

「お、まえ………」

起き上がるナガイケイの腹の上に頭が落ちる。もう目も開けていられそうにないのを必死に抉じ開けた。

「最低の、クズだ………」

ああ、もうダメだ。意識が。いしきがもうもたない。おちる。やみにおちる。
くらくらとする頭に逆らうことが最早敵わず、まぶたを下ろした。

「……知ってるよ」

それでも僕は──遠くにそんな声を聞いた気がした。






「いやいや、永井くんは演技派だねぇ?」

見計らっていたのだろう、コウが意識を飛ばして直ぐに佐藤が入ってくる。間延びした声にパチパチと大袈裟な素振りの拍手が響く。
ケイは意識を失って重たい人間の体を抱いたままそれを見る。楽しそうなこの男こそが、コウを捕まえる役にケイを抜擢した。

「僕に腕力など期待して貰っちゃ困りますよ」
「分かっているさ。君は、これだからこそ面白い」

適材適所というやつだ。ケイはその頭脳と強かさこそが武器であり、本質。必要あらば演じ、相手を油断させ陥れることに忌憚はない。
田中たちのように体を張る兵士としては使えない。無理に扱っても結局は十二分に力を発揮できない。
楽しませてもらったと言う佐藤の顔はまさに言葉通りの感情を映していた。それを胡乱に見るケイの目は冷めきっている。

「田中さんたちは?」
「他のやつらをドラム缶に詰めているよ。さて、その子も詰めてしまおうか」
「………いえ、」

ふと扉を向いた佐藤に小さく拒絶を返す。それに佐藤は楽しそうに唇を吊り上げて振り向いた。
ケイの腹の上ですぅすぅとコウは健やかな寝息を立てている。

「こいつ、僕にくれませんか」

つんと耳をいじると、コウは少し眉をしかめてううむと唸る。余りにも緊張感のない寝顔だ。

「気に入ったのかね。それとも、先程のは演技ではなかったのかな?」
「いいえ、勿論演技です。僕は他人などどうでもいい。佐藤さんたちは好きにすればいい。僕の安全が保証されるなら、必要な分だけは働きますよ」

コウに語ったことの大半がケイにとっては事実であった。彼に頼るべき縁もなければ縋るべき先立つものすらないのだ。そして他者を気遣うつもりなど毛頭ない。

「あっはっは、君も言うね。他人などどうでも良いと言うのなら、あの条件は取り下げるのかな?」

笑う男にケイは嫌そうに顔をしかめた。それを気にも留めずに佐藤は肩を竦めて見せる。

「そんな顔をしないでくれないか。分かっているよ、彼女と──彼を害しはしない。彼らがいるだろうところは狙わないさ。
それにしても意外だねぇ。君が家族と友人を気にかけるだなんて」

なんせ妹にクズと言われた兄貴なのだから。
それでもケイは、協力の条件に極限まで絞った条件を佐藤に願った。
慧理子と──カイ、だけは。助けて。
政府の実験の期間が短かったせいか、ケイの精神状態はベストと言えた田中とはほど遠い。一度は不合格を出した程だ。
人間味のない人間──いや、亜人という本性を知った化け物が、人間ぶって踊る滑稽さ。
佐藤はからかいながら、しかしそれはケイの打算となけなしの良心だと知っている。
ケイはどちらにせよ佐藤の庇護でしか今は生きられない。生活の保証と対価としてテロ活動への参加は必須だろうが、それにあえて条件を付けることで自身が佐藤に好き好んで協力する訳ではない「言い訳」を作り、また、慣れ親しんだ異常性の隠蔽という惰性だろう。
この少年は結局にして妹や友人が死んだとしてもそれに心を痛めることのない、人間ごっこの化け物だ。

「…佐藤さん。あんた、ひとりくらい逃がしてもいいと思っていただろ」

ケイは茶色い頭を見下ろしながら言った。佐藤の茶々をまともに返すと面倒なのだ、さっさと本題に入る方がいい。
逃走する亜人を捕まえるのに狙撃が下手な田中と新入りを動かしたのは、佐藤はのテストとは言ったものの、それこそイレギュラーを期待してのことだろう。なにが起こるかわからないからこそ楽しいとこの狂人は考える。佐藤が追えば、万が一にも逃げられないだろう──ケイのような特殊な人物を除いては。
もしもケイがコウを捕縛できていなくてもそれはケイの鎖が増えるだけで佐藤にはなんら問題はない。むしろ、逃げ惑うネズミが踊るのを眺める方が佐藤の好みには合っていたかも知れない。

「こんなチョロいやつがひとり逃げたところでどうなるかわからないけど──それはそれで、あんたは楽しいだろ?まぁ、簡単に逃がすつもりはないし」

隙を与えて、彼が上手く活用出来ないほどのバカであればそれまでということだ。
もしもコウが佐藤に知られることなく亜人の仲間を集めたり人間側を取り込んで脅威となった時、佐藤という人の皮を被った悪魔はそれこそ歓喜するだろう。彼は障害が高ければ高いほど燃えるタイプのクズだ。
そしてコウが政府に捕まったとしても佐藤はなにも困らない。そして、なに食わぬ顔で助け出すのだろう。ケイの時と同じように。
そして、なにもなくなったコウを上手く口車に乗せられれば田中と同じ屈強な兵士がひとり、手に入る。それでも反抗するならばドラム缶に詰めてしまえばいいだけだ。
どう足掻いても彼は佐藤のてのひらの上なのだ──ケイもまた同じく。
ケイがちらと佐藤を見れば、彼は想像通りにわくわくを抑えきれないこどもみたいな表情をしていた。

「…それに」
「それに?」

ケイが溜めた言葉を反復する佐藤に少年は小さく口を歪めた。

「昔飼ってた犬に少し似てるんですよ」









160306

このあと佐藤さんは爆笑してコウくんの飼育を許可してくれる。
運ぶのは田中さん。
多分ケイくんと奥山くんは仲良くなる。
ケイくん予定とは違うけどコウくんたぶらかした言葉を違えてないのを、いつかコウくんが気付けばいいね。

ケイくんがいたるところに睡眠薬入り注射器を隠し持ちーの、演技して相手の油断を誘い影からのブスリの必殺仕事人だったら嬉しい。
本当はコウくんの足を掴んで廃墟をずるずる引き摺る予定が佐藤さんが「来ちゃった♪」するから出来なかったけど、ケイくんの腹の上で爆睡するコウくんすごい役得(ただし記憶ない)。

お題とは一体なんだったのか。
なにひとつ回収してないけど楽しく書きました。お粗末!