クズケイくんとゲス戸崎さん







「いつまでもそれで優位に立てると思うなよ、永井」

それはいつものやり取り、の筈だった。
戸崎はその整った顔を皮肉に歪めてソファにてゆったりと座る少年と向かい合う。少年の名は永井圭。国内公式で3人目の不死の化物、亜人。
といっても彼の異常性は亜人の不死性だけではない。勿論それは脅威のひとつであるが彼の身体能力、戦闘能力は一般のそれからの逸脱はしていない。
ならばなにを以て脅威とするのか。

「そうですか、貴方は恋人の命が惜しくないと」
「お前こそ、自分の逃亡に手助けしてくれたオトモダチの命を惜しいと思わないのか」

圭が連れてきたもうひとりの亜人、中野攻。彼は別種の力も使えない上に知略的なものは一切見込めないが、不死の戦士としては使えないことはない。が、圭はそれとは一線を画す。
即ち、なにか。
永井圭の本当の脅威とは、そのよく回る脳味噌にこそ真価。
未だ詰めの甘さを見せることもあるが、佐藤の手助けなしで潜伏して見せるその策謀と情報を駆使し戸崎の弱点を的確に突く周到さ。余りにも合理的で情け容赦を廃した冷徹さ。曖昧でありながら確かさを感じる情報の所為で、戸崎は自身の恋人への危機を捨てきれずにいる。
戸崎から圭に向けるその小さな脅しは、小馬鹿にする表情で一蹴された。

「別に。どうでもいい」
「そうだな、前にもそう言っていたな」

それが圭の本心かは知らない。この合理的な少年を思えば本心であってもおかしくはないが、もしもそれが嘘であれば微塵も動揺を表に出さないのは大したものだ。
彼が望んで行動したならば、きっと件の友達のみならず親や妹すらも切り捨てるのだろう。その柳眉をついとも動かさずに。

「だが、自分の恥ならば弱点足り得るだろう?」

口端を歪めた戸崎に圭の鋭い視線が向く。どう言う意味だ。戸崎の言葉を計り切れずに様子を伺う静かなそれ。

「覚えているだろう?お前を捕まえた十日間。お前に行った実験の数々──」

がたりと音を立てて圭が立ち上がった。戸崎の目は勿論、黒服たちや中野、下村の視線も集めた少年は憎々しげに唇を噛んで戸崎を睨む。

「…なにを、」
「実験だからな、全ての記録が残されている。殺されて咽び泣く姿、喚いて失禁する姿、」
「やめろ」
「無論、」
「やめろ!」

低い制止の声を聞きながらも戸崎は言葉を止めようとは思わない。ポケットからスマホを取り出して目当てのものを探し出す。どちらの立場が上か、この化物に教え込まなくてはならないのだから。
戸崎に向けて走り出した圭を咄嗟に中野が押さえ込んだ。それでも少年はもがき、叫んだ。やめろやめろやめろ。黒服達が圭の拘束に手を貸し、下村が戸崎を守る為に一歩前に踏み出した。
動けない少年を前に戸崎は微笑む。憐れなものだ、と生意気な子供を手玉取る優越。目当てのものを見付け出した戸崎の指先が、簡単に圭を絶望の底へと突き落とす。
──耳障りな機械音とぐちゃぐちゃという粘ついた水音。そして、明らかにこの生意気な少年の、艶を含んだ泣き声。

『いやだ、やだああ!アッ、アッー!もう、イキだくなっ…アンッ!アッたすけ、たすけて、ヒッ、アアッ!アンッ!アッ!アッ!たすけて、カ──』

ぷつり、戸崎の気まぐれひとつで止められたスマホのそれ。その場に静寂が広がった。

「このように、お前が機械を相手によがり泣き喘いで幾度と射精を繰り返す姿も記録されている」

電池の切れたおもちゃのようにピタリと圭は暴れるのを止め、押さえ付けられたまま力なく床に額を擦り付ける。その顔は誰にも窺わせなかった。
中野も黒服もそれぞれに表情を変えて戸崎を見やる。

「世の中には変態が五万といる。作業者の一人にもいたよ。お前が気に入っていたあのドリルバイブも彼の力作だ。どうだった?気持ちが良かったのだろう?だらしなく涎を垂らしてよがっていたものな?」

短い間だが再生されたそれは、圭が政府に捕らわれていた間に撮影されたもののコピーだ。
音声だけだというのに圭の錯乱振りがよく分かる。理性を尊ぶこの少年が故に、彼が泣き叫ぶだけの被虐を受けた事実に映像を伴えばどれ程の屈辱かは計り知れない。
何度も何度も体を弄ばれ薬を打たれて理性が飛んだ少年は、リセットされた声帯が正しく空気を震わせていると知らないままに救いを叫ぶ。
親兄弟の名前は一切出なかった。
彼が助けを求めたのはただひとり──。

「戸崎さん。アンタ、最低だ」

中野が不快感を隠しもせずにそう戸崎を責める。
圭がそんなことを望んでいなかったことは今こうして戸崎の行動を止めようとしたことで分かる。このプライドの高い少年がそれを他に知られることは屈辱の他にないだろう。
今ならば、止めるべきではなかったと思える。戸崎は圭に一発、いや、十発殴られても文句は言えない──訳も分からずに止めてしまった自分も同様に。
後悔に苛まれる中野に戸崎は悪びれもせず鼻で笑う。

「最低で結構。私はまだやるべきことが残っているのでね。こんなところでガキ一人に煩わされる訳にはいかんのだよ」

戸崎が、もしくは彼の恋人に危害が加えられることになったら。圭のその知られたくない映像が世に流出することになると彼は言う。第三者に委ねられたそれを圭が止めることは叶わない。実行されないように彼らに危害を加えることを諦めるより他は。

「…それは政府の非人道的な実験が世に出ると言うことだが」
「私、もしくは私の身内に危害が加えられた時点でその件は私の知ったことではない。責められるべきは命を下した上の者と実行した研究者の面々だ」

平沢の質問に自身の責任にはならないと戸崎は宣う。確かに戸崎自身が死んでしまえば関係のない事柄だろう、その上、彼がこうして必死になって政府の狗であろうとする理由──意識不明の恋人に手を出されれば彼が生きている意味すらなくなるのだ。きっと、後追いでもするのではないだろうかと平沢は思った。
殺されては堪らないが最終的には死んでも良いと考える戸崎と、死ぬことの出来ない圭。公式で三人目の亜人と報道されたことにより彼の顔を知らぬ日本人はほぼ皆無だ。そして情報社会である現代で、マニア受けのするだろうその映像は瞬く間に世界に拡散されることはわかる。亜人といってもただのこどもでしかない圭に、それを阻止する手立てはない。
彼は。圭は。
戸崎に対する唯一にして最大の手札を失ったのだ。

「私に対して優位に立てると思うな」

かつん、かつん。靴音を響かせて戸崎はゆっくりと歩く。
圭は、ふるふると体を震わせて屈辱に耐えていた。握り締めた拳は力が入りすぎて白くなっている。
戸崎が圭の目の前に立つ。靴音は止まり、圭の頭がゆっくりと持ち上がる──と、思いきや。
圭の頭が勢い良く地面に戻る。がつん。響く音。じわりと床に血を滲ませる少年の頭に乗るのは質の良い靴。磨きあげられた革靴が圭の頭に乗り、彼を地面へと押し付けた。
戸崎の靴が柔らかな黒髪を踏みにじる。ざりり、と髪が擦れる微かな音さえも聞こえる静寂。

「お前が優秀な駒でいる限り、私はお前を信頼してやってもいい」

遥か上から見下す勿体振った言葉。何故ならば、戸崎こそが圭に対する絶対にして唯一の弱味を握っているのだから。
それを信頼というには厳しすぎる。
これは脅迫でしかない。
優位に立てると思っていた圭が今や立場を逆にして、床に這いつくばって耐えている。…なんと滑稽なことだろう。
答えない圭に痺れを切らしたのか、戸崎はその優秀だが今更脅威に成り得ない少年の頭を蹴りつけた。ガン、嫌な音。

「顔を上げろ」

髪を乱して首を反らせた圭に戸崎は冷たく言い放つ。

「アンタなぁ…ッ!」
「中野、やめろ」

苛立ちの濃い中野の声を止めたのは、今問題にされている圭自身で。酷く冷めたその声に、部外者でしかない中野は口を紡ぐ他なく悔しげに顔をしかめた。
圭はゆっくりと手をついた。右手、左手。引き倒されたままの脚を曲げ体を支えると肩からゆっくりと上半身を起こしていく。しなやかな筋肉。垂れた頭から、ぽたり、血が落ちた。
左腕と曲げた右脚とで体を支えた少年が、俯く顔に手を伸ばす。彼は顔に掛かった髪を掻き上げながらゆっくりとその顔を上げた。
顔の半分ほどを血に染めた端正な顔。蹴られた際に切れたのか口端にも新たな傷。未だに鼻からも血は止まない。色白の肌にその鮮血はよく映えた。
──確かにこれは。
元よりつり上がった目はその強い眼光で以て一層鋭く見える。薄い唇。てのひらが鼻血を擦って伸ばしたが、すぐに鮮血がまた濡らした。

「賢いこどもは嫌いじゃない」

屈辱と嫌悪に殺意を孕んだ視線を浴びながらうっそりと戸崎は笑う。
これは、頭がいいから無謀なことはしない。衝動的な殺人を犯さない。
手の内の爆弾であることに代わりはないが、上手く使えばなによりもの切れ味を持つ。
血塗れの少年の顔に手を伸ばす。どこかまだ頼りない丸みを残す頬を掴んで上を向かせた。顎に添えた指が首筋を擽り、この少年の華奢さと内に秘めた獰猛さとのギャップがおかしくさえなる。

「従え。悪いようにはしない」

まるで今にも噛み付こうとする動物のような顔で戸崎を睨み付けていた圭が、不意に唇を吊り上げて笑みを作った。侮蔑に歪む目元も合わせて、酷く壮絶。

「…ワンとでも鳴けばいいの?」
「靴でも舐めてくれるのか?」
「ッ冗談じゃないね!」

ハッと鼻で笑った少年は戸崎の手を振り払う。
嗚呼、血がついたなと戸崎は自身の手を見て思った。さらりとしたそれを指先で擦る。赤い。濁ったものばかり見てきたが、意外と血とは鮮やかなのだなと感慨深い。
ず、と鼻を啜る音に目線を下げれば、圭が垂れた鼻血をてのひらで拭った。

「モルモットが“悪いようにはしない”?」

また捕まえてまたあの非人道的な実験の被験者とするのかと圭は問う。

「お前には“新しい身分を用意”し、以降お前を“捜索しない”と約束しただろう」
「僕の身柄を解放する気はあるの?身柄を扮していないまま実験施設に突っ込まれでもしたら“捜索した”ことには当てはまらない。そんな言葉の抜け道を使われたら堪ったものじゃないね」
「…全く、」

よく口が回るものだ。
確かに手元に縛り付けたままならば捜索したことにはならないと戸崎も考えたことがある。圭も同じだろう。
以前は弱味を握っていたのが圭の方であるから、なにかあれば皆殺しにでもして逃走すれば良かったが明らかにパワーバランスの壊れた今となってはそうもいかない。それでもなお自分の足場を固めようと動揺を押し殺し戸崎に交渉を持ち掛けるこの少年の強かさは呆れるものだ。

「僕は“新しい身分”と“自由”を手に入れ、“IBMを制御”し“大臣を暗殺する”。それが約束。それが契約」
「…そうか、」

つまり圭がなにを言いたいかというと、条件の変更による契約内容の見直しということだ。
先の会話にて以前の契約は圭が佐藤拿捕に協力することに向けられたものであって、戸崎に横暴な変更の意思が見当たらないのは分かる。
確かに圭は自身の行動を制限せざるを得ない条件を突き付けられた訳だが、不利とはいえ捨て身の行動という最終手段を互いに持っている為に条件としてはどちらも互角といったもの。戸崎とて恋人を死なせたくないし、死にたい訳でもないのだから。

「お前の望みは?」
「一切合切の破棄を」

端的なやり取り。それでも彼らは理解している。即ち、実験で撮られたものの内の性的なもの以外も全てということだ。
それを受けて戸崎は難しく顔をしかめた。緩く首を振る。

「全ては無理だ」

「永井圭」という亜人は余りにも世に知らしめられてしまった。一度政府に拘束され、逃亡され、と大々的なニュースになっている為に政府の資料がまっさらでは余りにもおかしい。

「当初の実験辺りの映像は政府に置いておかなければならない」
「…まぁ、それが妥当でしょうね」

圭もそれはやはり織り込み済みだったのだろう。非人道的実験をしていた、という政府の非という弱味を残しておくことは悪いことではない。佐藤が田中のそれを使って世間を煽ったように。物事には道理があり、また、如何様にも使い道もあるのだ。
さりとてそれもまた醜態である。泣き喚いた覚えのある圭には歓迎できるものではなく、暗く視線を流して溜め息を吐いた。

「僕はなにをすればいい」

追加の項目を以前の条件に組み込むのかと圭は問う。そうでなければ新しい条件を。
睨み付ける圭の視線を受けて戸崎は顎に指を掛けて思案する。
この少年の有益性は今や無視できない。年齢と身バレさえなければ今すぐにでも下村と共に秘書にでもつけたいところだ。
お互い様だが政府を裏切っている手前、平沢たち黒服をいつまで雇っておけるか分からないが今のところは彼らと共に行動させるのが最善である。そして、佐藤たちを止める以外の目的など思い付かない。
ので。

「保留で」

さっくりと出した結論に圭は酷く嫌そうに顔をしかめた。

「ふざけてんのか?」
「いや、本当に今はなにも思い付かん。条件は佐藤を止めてから、だな」

確かに今の戸崎の立場を考えると随分危うい。目的も巨大な壁が佇むばかりで確約してなにかを成そうというのは難しい。

「確かに条件を提示されないのは不安だろうが、まぁ、悪いようにはせんよ。少なくとも先の条件を反故にするようなことはない」

まずは生き延びることが先決だがと戸崎は言う。この口約束を圭が信じるかどうかは彼には知ったことではなかった。
圭は、結局はそれを飲み込むしかないのだから。

「…仕方がない」

瞼を閉ざした圭が深く溜め息を吐く。
今はなるようにしかならないことに間違いはないのだ。妥協するしかない。
圭が戸崎を睨み付ける。黒々とした瞳に赤い光。

「信用してやりますよ」

すればいいんだろとヤケクソのように言い放ち睨み付ける圭に戸崎はうっそりと唇を吊り上げた。床に座る圭に手を伸ばす。
圭はそれを胡乱な目で見つつも、しっかりと握り返す。血はいつの間にか止まり、血のついた手先は触れても汚れを移さない程度に乾いていた。
引き上げられると、少し高い位置にある白い顔がぐっと近付いた。

「精々上手に尻尾を振ってくれたまえ」

嘲笑う戸崎に鼻を摘ままれ、圭の顔が凶悪に歪む。それこそまるで今にも噛み付きそうな犬のよう。
パッと鼻を解放し、踵を返す戸崎の背中をその視線だけで殺せるだろう強く睨み付けて圭はチッと舌を打つ。戸崎を追いながら気遣わしそうに振り向く下村の視線も、ぽかんとしたコウの視線もまた煩わしい。
瞬きをして、溜め息を吐き、圭は平然とした顔をしてその場に残る中野や黒服を見渡す。

「なに?」

なにか文句でもあるかと不遜な問い。しかし、確かに彼の知られたくない弱味を知ってしまった身としてはなにも言えず。

「な、なぁ……」

恐る恐ると圭に声を掛ける中野に勇者と思う者はいなかった。奴は、ひのきのぼうで魔王に立ち向かう村人Bとしか思えなかった。無謀すぎる。完全に死亡フラグである。
圭の冷たい視線に晒され、緊張感溢れる場で中野は言った。

「結局、なんだったんだ?」

よく分かんなかったんだけどと申告する中野に年嵩の者は頭を抱えたが、しかしどうやら圭には違ったらしい。
ふ、と吊り上げられた唇と呆れた表情。先までの厳しさは抜け、顔面に血の跡を残しながら小さく笑った。

「知らなくて良いよ」

というか知られたくないし。
緩んだ空気にバカもたまには役に立つなと思いながら、ハテナを頭に浮かべる中野を見ると、彼は案の定爆弾を落とした。

「永井が犬って言われてることはわかった!」

ドヤァ。満面のドヤァである。
だろ?とにこにこ誉められるのを待つ中野こそが犬であった。ぶんぶんと振られる尻尾の幻覚も見えそうなドヤァ振りである。
でも、永井ってどちらかというと犬より猫だよなぁ。勝手気儘でなつかない感じが!清々しい笑顔の中野に相対する圭の顔にも素晴らしい笑みが。
嗚呼、と傍観者は悟る。

「本当にお前はさ……」

見てしまった暴虐の王様の額に浮かぶ青い筋。使役されるIBMを黒服たちが見ることは叶わないが、けれど中野は違う。
圭から立ち上る黒い粒子。次第に形を取る黒い幽霊。

「ちょ、待て、待て永井っ!」

まるで犬に対する命令のようなそれもまた腹立たしい。振りかぶるIBMの腕。ひきつる中野の頬。

「バカだよな!」

清々しく笑う圭と吹っ飛び地に伏せる中野を見て、傍観者は思うのだ。
触らぬ神に祟りなし、と。







160221

ギャグエンドになってしまった。コウくんぶっころエンドの楽さ。そして戸崎さんとも和解?エンドになってしまった…。

絶対ケイくんは政府で性的実験されてるしその映像を戸崎さんは入手してると思うので思う存分ゲスして欲しい。
ボスと参謀はゲスでいて欲しい。