ケイくんのメンタルが逝った話
嘔吐出血その他表現注意
幼少期の永井家捏造注意







夢を見た、気がする。
なにも覚えてはいない、けれど。ひどくあたたかかったような気がして胸が痛い。飛び起きれば心臓がどくどくと早鐘を打っていてきぃんと耳鳴りが、して。
夢を見た、気がする。
ひぐ、と喉が鳴った。呼吸が。うまく呼吸が出来ない。ぐらぐらと目眩。ぐらぐらと揺れる。夢だった。目が痛い。熱くて冷たい。めまいがしてぐらぐら、ぐらぐら。ゆめがぐらぐらと揺れる。
視界には輝く雪が散っている。引っくり返したスノードーム。くるくるくるくる雪が降ってくる。痛いぐらいの鼓動は頭蓋に響いて、くるくる、ぐらぐら、目眩を加速させた。
ゆめをみたきがする。
おれんじいろした、やさしい、




「うげえ」

びちゃりと音を立てて吐き散らした胃酸が手から溢れて膝を覆うシーツを汚した。すえた臭い。喉がひりひりして、げえ、げえ、また吐いた。びちゃびちゃと胃液が指を擦り抜ける。嗚呼、なんて汚い。
目眩がして、ぐるぐる、ぐわんぐわん、動けない。視界が回る。右に左に、前に後ろに。不確定にたわんで回って、ぐるぐる、ふわふわ。
衝動的に頭が下がって、胃液を、吐いて。吐いた。うううと唸る。また吐いた。出るものもなくなって嘔吐いても未だに吐き気は止まらない。嗚呼、嗚呼、後はこの五月蝿い心臓でも吐き出せたらいいのに。咳き込んだら喉が切れたのか血混じりの唾が手に落ちた。どうやら本体は出てくるつもりはないらしい。
なにをしているんだろう。冷静な頭が囁く。壊れた自分を見て、嘲笑う。冷えた吐瀉物。汚れた手はシーツで拭いた。ざりざり、どうせ捨てるのだからどうでもいい。口許も拭いて。ぽろりと落ちたものがシーツの上を滑って、いや、落ちるものは。
ぱちり、瞬きと共に落ちる滴は。

「……?」

なんで?なんで涙が出ているのだろう。圭は首を傾げる。なんで?ぽろり、ぽろぽろ。悲しくもないのに。ぽろぽろぽろぽろ。後から後からこぼれたそれは止まることはなく、手のひらで何度拭っても、思いきり頬を打ち付けても止まる様子を見せなかった。
なんで?どうして?
──悲しいと思った時に一度として姿を見せたことはないのに。
なんで?どうして?
──悲しくもない今になって。
なんで?どうして?
──そもそも、悲しいなんて分からないのに。

「なんで今更こんなものが流れるんだ?」

泣きたかったのは今じゃないのに。
ごしごしと目元を擦っても、押さえても、顔面を叩いて見てもそれは止まる気配を見せない。どうしよう、壊れてしまった。
いや、壊れているのは元からか。クズだから。人間の成り損ない。亜人、ただの化け物でしかないのだから。
吐瀉物と寝汗と涙でぐちゃぐちゃの自分は生きる価値のないゴミだ。

「嗚呼、そうか」

生きる意味のないゴミならば。
圭はゆらりと立ち上がる。生気のない白い頬。目ばかりが爛々と赤く輝く。

「ゴミはゴミ箱へ」

おかあさんがいっていたじゃないか。
サイドテーブルの引き出しを引くと、それがある。黒い、てのひらに馴染むそれ。慣れてしまった手付きで安全装置を外すと、顎の下に押し当てた。冷たい。冷たい銃身。その痛みは身を以て知っている。
引き金に指を掛ける。引く。案外軽い。そして容易い。引けば、終わる。それだけだ。
──パンッ。
軽い音。衝撃は嘘のように重く、一瞬で全てが消える。
ほら、僕は化け物だから。

いらないものは捨ててしまえ。







遠くに響いた銃声にその場は痛い程に静まった。黒服の4人は即座に警戒の姿勢を取り、きょとり、コウだけが不思議そうにしている。

「今の音は…?」
「銃声だ」
「銃声!?」

コウのぼやけた質問に平沢が鋭く返す。佐藤たちの奇襲だろうか。今、泉を護衛として戸崎は外出している。それの善し悪しはまだなんとも言えない。狙いは戸崎か、それとも。
──パン、パン。
二度、三度と続いたそれに出所は北の一角、この場にいない永井の自室に近いと推測する。平沢が部下三名と目配せするとそれぞれが拳銃と麻酔銃とをすぐ取れるように配置する。

「なぁ、平沢さん!なんなんだよ!?」
「襲撃だ」

困惑のままに声を荒げたコウに平沢は静かに告げた。

「狙いは多分──永井だ」




と、シリアスぶって圭の部屋に突入したのは、まぁいい。それは必要なことだった。
強い血の臭いに混じる吐瀉のすえた臭い。白いベッドの上から床一面に血の池が広がっている。
日焼けのしていない白い肌も、艶やかな黒髪も、今は赤く汚した少年が突入した平沢たちやコウを見て不思議そうな顔をした。

「平沢さん?どうかしたんですか?」
「どうかしたというか……永井、お前がどうした」

至極真っ当な疑問である。
亜人の特性として、再生時に死亡時に失った出血をある程度は回収されるというのに圭の姿は血塗れだ。自身のものらしい血溜まりに座る少年の不思議そうな顔が余りにもあどけなく、おかしい。
なによりもその手だ。黒光りするのは小さな拳銃。きちんと制御は出来ていないがIBMという不可視かつ驚異的な攻撃方法を持つ少年に渡した筈の一応の護身用のそれ。
珍しくも察し悪く通じなかったらしい質問に圭は首を傾げた。その瞬間、ぽろりと何かがこぼれ落ちた。

「あ」

声が響く。圭のものと、他の誰かの声が綺麗に重なった。あ。
ぽろり、落ちた透明な滴は。

「…おかしいなぁ」

血濡れの指先が目元を擦り涙を拭うも、また一滴とこぼれ落ちていく。
涙。
間違いなく、圭の目からは涙がこぼれている。泣いている。余りにも強かな面しか見たことのない圭のそれは周りを驚愕させたが、少年は別段気にした様子はない。

「永井?え?なんで泣いて…?」
「は?泣いてないし」
「いや泣いてるよな!?」

おろおろしたコウの言葉をスパッと切り捨てたものの、圭の頬は新しい涙で次々に濡れていく。コウの指摘に圭は酷く嫌な顔をした。
もう一度、がしがしと強く目元を擦る。

「これは涙じゃない。ただ…ちょっと壊れただけ」

涙ではない目からこぼれる滴とは一体なんなのか。頑なに認めようとしない圭は、心底そう思っているのか顔には照れ隠しなどといった様子はない。
絶句をしている周りを置き去りに、ジャコ、と音を立てて圭は拳銃の安全装置を解除する。あーあ。溜め息。徐に持ち上げられる腕。
こめかみに押し当てられた黒い銃口。
その瞬間に世界は動き出した。

「待て待て待て!」
「永井なにしてんだお前!」
「ストーーーップ!」

飛び掛かった真鍋と平沢に体を拘束され、コウの手により拳銃を取り上げられる。床を滑ったそれはかつんと壁に当たって止まった。圭が再び手にする為には、自分を押さえ付ける真鍋と平沢をどうにかしなければならない。それは、酷く手間なことだった。

「…何すんの」
「いや、何するってこっちの台詞だからな!?なんで拳銃なんか構えたんだよ!?死ぬ気かよ!」

床に引き倒された圭がムッと顔をしかめればコウが怒鳴り付けた。倒されたが故に乱れた前髪がふわと丸い額を晒して、涙で艶やかに濡れた黒目がコウを見上げている。

「そうだよ」

疲れたような肯定。は、と息を飲んだ。

「なんか壊れちゃったから、直さないと」
「壊れたって…」

手を掴まれて動かすことも出来ない圭はただだらだらと涙を流し続けている。しゃくりあげることもせず、ただ静かに。
確かにそれは壊れたと言っても良いのかも知れない。客観的に見れば落ち着いた様子なのに、涙腺だけが彼の意思に反している。
…そもそも、涙腺をコントロール出来る者の方が稀なのだけれど。

「…先程の銃声は全てお前か、永井」
「全てがとは分からないけど、多分ね。でもおかしいんだ。何度リセットしても全然直らない。亜人の再生はベストコンディションに戻るものだと思っていたけど違うのかなあ」

これもひとつの研究内容だね、なんて他人事のように言う。僕は本当に亜人なのか、と。
不死性を持つのが亜人であれど、こうして不具合を抱えてしまった自分はもしかして亜人とも言えないのではないか。
変異体の変異体。人間でも亜人でもない孤独な化け物。
やだなぁ、と圭は溜め息を吐いた。

「面倒臭い。早く止めたいのに…こんなものいらないのに…なんで、止まらないんだろう?」
「永井……」

心底不思議そうな圭を見て、確かにそこに歪んだ精神が見て取れた。自分をどこまでも人間として見ていない。ゾッと背筋が寒くなる。
圭は強い。冷静で合理的で、非情な判断を下すことも出来る。
でも、彼はまだ年端のいかない少年であったことを思い出す。学校に通い、友達と笑い、妹の為に医者になろうと勉学に打ち込む、優しい少年だった筈だ。それが、突然の事故から一転、世間に追われる身となった。家族の言は平沢たちも知っている。母親に切り捨てられて妹にはクズと言われ。圭に異常性は確かにあるとしても、それでも。
何日も何日も、政府の実験で敢えて強い苦痛を与えられ屈辱にまみれた少年がどれだけのストレスを抱えていたことだろう。涙腺の崩壊とは即ち精神的なバランスを保っていられないという明らかにストレスの結果だ。自律神経が上手く機能していないのだろう。平然と振る舞えることがおかしい。
平気な振りが上手な圭だからこそ、ここまで我慢できてしまった。壊れたと自身を形容しているが、確かに彼は壊れていた。

「それは死んだって治るものではないぞ」
「…直し方、知ってるの?」
「ああ」

壊れたものを粉々にしたとしても、心因性のそれは彼の人格を壊す勢いで記憶でも壊さなければ治まることはないだろう。彼ほどに自己分析力がなければ、もう少し楽に生きられたかも知れない。死ねない亜人にとって、それはどれ程苦痛を伴うことになるのか。
平沢の言に黒目が彼に移った。光を帯びて赤く輝く目がじっと彼を見る。

「なぁ、永井。どうしてお前は壊せば治ると思ったんだ」

尋ねたそれは、何故自殺──リセットすればいいと思ったのか。他にももっとやりようがあっただろうという平沢の疑問。
圭にしては余りにも短絡的な手法。

「だって、こわれたものはいらないから」

妹と可愛がっていた小さな犬。病気だったらしい、呆気なく死んだ。朝に冷たくなっていたそれを見た母は不良品と言った。不良品だからいけないのだと。
ゴミは捨てて、新しくすればいい。

「おかあさんがそういったから」

死んでしまった子犬への情を母は否定した。一新してしまえばそれで終わると。
「新しいの、いる?」──迷惑そうな顔。あたたかさの消えた子犬。思い出も愛情もなにもない新品を得られたとして、また喪うことを恐れたこどもたちが首を緩く振ると、あの人は満足そうに笑ったのだ。
そうか、幼い圭は理解する。あの人は、生きた子犬に価値を見出だしていない。死んだ命にこそ意義を見出だしたのだ。ぼくたちがわがままをいわないように。あの人にとっては思い通りにいかないもの全てがそういう、無駄なものなのだ。
例えば圭が、妹が、母の望むように生きれなかったとしたら──?
潜在的な不安。こどもは親がいないと生きられない。いや、生きられたとしても水準としては限りなく下になってしまうだろう。そんなのは、嫌だった。

「だからこわれたものはすてないといけないんだよ」

ヒトとしての道理を外れてしまった圭は確かに不良品だった。そして不具合が生じた。バグだ。壊れている。
壊れたものはいらない。
新しくすればいい。
幸いにも圭は亜人だ。ならば、リセットすれば最善の状態に戻るのだ。死は意義があり、価値がない。
圭のどこか幼い言葉に、彼が幼少から異常な価値観を学んでしまったことを知る。人格とは、本人の持つ性質もさることながら他者の──親や兄弟、そして家庭環境も影響して成形されるものだ。
賢しい圭だからこそ、尚更。

「とりあえず、あたたかいものでも食って風呂入って寝ろ」
「は?」
「あとうんこは溜めるな」

そんなんで直る訳ないだろ、と言った圭の顔に平沢は手を伸ばす。涙に濡れた目元を指先で拭い、乱れた髪を撫で梳いた。真鍋にも目で合図をして拘束を解く。
腰から引き抜いた麻酔銃。

「なぁ、永井。涙は枯れるまで流した方が楽になるぞ」
「…なにそれ。そんなの嫌だな」

平沢の手の中のそれを見て圭は諦めたように小さく笑う。そしてゆっくり目を閉じた。
弛緩した体に麻酔銃を突き付ける。

「おやすみ、永井」

パシュッと空気の音。衝撃。

「おやすみ…な…さ……」

亜人用の余りに強い麻酔は直ぐに意思を奪うその瞬間、柔らかく頭を撫でられた気がした。暗いそれに抗うことなく身を任せた圭の首からくたりと力が抜ける。
血の臭い、吐瀉物の臭い。沈む少年の健やかな寝息。
誰もなにも言えなかった。
このこどもは一体いつから壊れていたのだろうか。




ふと引き上げられた意識に瞬きをする。そこは自分の自室ではないどこかの部屋で、何故かコウと同衾しているらしい。健やかに間抜けな寝顔と圭の腹に乗る腕に、なんだか酷くイラッとして蹴り落とそうとした、その時。

「やめておけ、永井」

声がして振り向けば、ベッドの足元に椅子を置きランプの明かりで本を読んでいたらしい平沢が圭を見ていた。パタンと本が閉ざされる。
状況が読めないまま体を起こすと、コウの体の下に巻き込まれたタオルケットが窮屈ながらずり落ちる。
どうして自分がそこにいるのか分からなくて圭は首を傾げた。

「覚えてないか?」
「え?……あっ」

なにがだろうと思ったのは一瞬で、次いでみるみる記憶が繋がっていく。壊れた涙腺。壊れた思考。押し当てた銃口の冷たさと取り押さえられた四肢の痛み。
なにかとんでもないことを口走った覚えがある。普段の自分なら思い付かない言動だった筈だ。自覚の途端に余りの羞恥が襲い、圭は頭を抱えて蹲った。うわああ、と間抜けにも声が漏れる。

「あれから12時間も寝ていたが、どうだ?調子は」
「…ご迷惑をお掛けしまして」
「いや、いい」

随分寝ていたようだが、確かに頭はクリアになっている。使っている麻酔が強力なものとはいえ、半日も寝込むほど強いものではない。それでも今まで昏睡の如く寝続けたのはきっと圭が予想以上に負荷を負い、予想以上に──気が緩んだからではないか、と平沢は推測する。
引き絞り続けた精神が弾けたとも考えられるが、それよりも、圭の信頼を得られたかは分からないが戦力となる武器と人材、戸崎が秘密裏にとはいえ政府からの隠れ蓑が出来、隔離された安全な場所での寝起きが出来るようになった。市政に流れる情報はある程度規制されていることを鑑みても亜人に関しては高い権力を持つ戸崎がいる点で情報と言うストレスもなくなり、切羽詰まってなにごとかを取り繕う必要もなくなった。
そして他人とつるむのを苦手とするこの少年が、性格の違うコウと四六時中一緒にいないといけないというのもつらいものだっただろう。
恥じて俯く圭の顔に平沢が手を伸ばす。

「…まだ涙は出そうか?」
「いいえ、大丈夫です」

乾いてざらつく指先が目元を擦るのがこども扱いされているようで酷く落ち着かないが、しかし理性の箍が外れて迷惑をかけた手前、強く跳ね除ける訳にもいかない。幸いあの無意味に流れ続けた涙は影もなく、その為に気恥ずかしさは最高潮となってぽっぽっと顔がどんどん熱くなっていく。
「ならいい」と平沢がちょいちょいと圭の寝乱れた髪を整えたりするものだから憤死出来るものならしたい。今すぐ死にたい。

「永井の部屋だが」

違う意味で涙が出そうになっている圭を知ってか知らずか、平沢は語り出す。

「血と吐瀉物で汚れていたのを片付けてくれたのは中野だ。後で礼を言っておけよ。かなり大変そうだった」
「むう…」
「そんな苦い顔をするな。こいつもずっと心配していたんだからな」

苦虫を口一杯に詰め込んだような圭に平沢は苦笑を禁じ得ない。
圭とコウは、一見して真逆だが組み合わせとしては良好なのだ。深謀遠慮の圭と行動型のコウ。互いに発破をかけ合いないものを補っている、役割としての分担がなされていると思える。
双方に思うところはあるだろうが案外上手くやっているように思う。圭は素直には認めたくないようではあるが。
すかーと気持ち良い寝息を立てるコウを見る圭の瞳に複雑な色が混じるが、きっとそれは平沢が手を出して良いものではない。

「もう少し寝ておくか」
「…そうですね」

寝過ぎて眠いという経験をしたのは初めの圭が平沢の言に従い、もそもそとタオルケットの中に潜り込む。コウの隣に。シングルベッドの狭い面積の中だが、どうにか寝れないこともない。
わざわざ自室に戻ったりしない圭を見て平沢は小さく笑みを浮かべた。
ほら、案外仲が良い。

「おやすみ、永井」
「…おやすみなさい、平沢さん」

そして翌日。圭の挙動ひとつひとつに大丈夫か大丈夫かと心配そうにウロチョロするコウに暫くは耐えていたらしい圭だが、堪忍袋の緒が切れたのだろう「うるさい!あっち行け!」と怒鳴って、自分がどこそこに向かおうとしては「なんだよなんで怒んだよー永井のアホ!」というコウとやり取りを繰り返し、最終的にはIBMで胸を一突きされて死んだのだが、やはりコウが付き纏うのを拒絶し切れず。
どうやらまた一緒に寝たらしいことは、平沢は勿論この共同生活を営む羽目になった面子の全員が知っていることは、圭には内緒だった。









160221

蛇足が長くなりすぎた。
ケイくんはもっと図太く強いと思うのだけどもまぁ二次創作なので!
平沢さんがパパしてくれたらいいなと思いました。

ケイくんはカイくんの夢を見て精神崩壊する設定。
迷いとかで揺れるものの7巻の夢の時点で吹っ切れたので以降涙腺崩壊はしない。平沢パパちょっと寂しい。

ケイくんが「直す」というのは「自分のことを物同然と思っている」ということなので誤字ではないです。把握しきれていないから平沢さんは「治す」と人間に当て嵌めて表現してる。

ケイくんのクズな性格は母譲りかつ環境からの抑圧で煮詰められた結果だと思っている。


蛇足の蛇足の1シーン


そしてまたあくる日のことだ。
涙で瞳を潤ませる少年を前に平沢が溜め息を吐いた。
これで3度目のことである。

「だからな、永井。余りにも麻酔に頼るのは良くない」
「…でも、眠れないんだ」

ぼろっぼろに涙をこぼす圭に幾ばくかの良心が疼くが、しかしそれが彼の意思に反するものであるので慰めたりする必要はない。
──また、涙腺が壊れてしまったのだ。
涙を流していることなど他に知られたくないと思うだろう圭だが、いざとなればそれを有効活用しようとする程度には強かだ。
もしかしたら認識外のこともあったかも知れないが、それでも平沢の認識する2回目もまた1回目に匹敵するほどの騒ぎになった。
前回の経験を元に圭は眠ることを選択した。全員に配られている麻酔銃による昏睡。中毒性などがある訳ではないが強すぎる薬が体に良い筈もなく、亜人の圭ならばリセットすれば良いとしても平沢は推奨できなかった。
さて、昏睡した圭を発見したのはコウだった。呼んでも叩いても起きない圭を引き摺って平沢の許まで連れていった所為で後に殺されたのだが、その際に、襲撃などがあった時に圭の身柄が相手に簡単に奪われる危険性の高い昏睡状態を他の誰ひとりとして把握できていないのは困ると諭し──今現在に至る。
結論としてはどうしても必要であれば誰かの監視の元で、ということだ。意識のない体を預ける相手としてこの野良猫のような圭に選ばれたのを思えば少し胸が温かくなるのだが、しかし。

「こっちに座れ」

自分の隣を示すと諦めたように座る。気まずげに指を組む少年の頭を撫で梳いた。そのまま自分の肩に頭を導く。

「少し話をしよう」



涙腺の引き金となる夢の話について聞いてカウンセリングみたいな話だった蛇足。