テロ組ほのぼのというか田中さんの話
おかえりなさい。
なんの変哲もない、ただの挨拶。それを、こんなにも痛む胸で受け取ることがあるとは思わなかった。
ほけほけと本質を伺わせず穏やかに笑う佐藤。初めて彼が言ったおかえりの意味が田中は一瞬分からなかった。
「田中くん」
目を丸くする田中に、佐藤は彼が立ち尽くす玄関までわざわざ出向いてその腕を取った。引かれるままに靴を脱ぎ追い掛ける。
佐藤は相変わらずの笑顔のまま田中を椅子へと座らせた。なすがままされるがままの田中は流れるように出されたコーヒーを思わず両手で受け取った。
「田中くん」
「う、はい」
改まった声にぴしりと背を伸ばす。
けれど緊張は不要だったようで佐藤はあくまでも穏やかに「おかえり」と言った。
「あ!ただいま戻りました!」
「……ううん、惜しい、かな?」
ピシリと直角に下がったお辞儀に佐藤は苦笑しながら頬を掻いた。
「え、なにか間違えましたか、俺」
「いやあ、気にしないでよ。まぁ追々分かっていけばいいからさ」
ぽんぽんと肩を叩かれても、結局田中には理解が出来ないままで。
貰ったコーヒーにスティックシュガーを3本入れると佐藤が変な顔をした。
ありがとう、ごめんなさい。
おはよう、おやすみ。
いってらっしゃい、おかえりなさい。
至って普通。平凡の平穏のやり取り。
誰も気にすることもなく使うそれ。意識するまでもなく口を突いて出る挨拶。
「おはーっす」
「ゲン、今はもう夜だ」
「ははっ!いいのいいの、起きた挨拶はおはようって決まってんだから!」
「あー田中ァ、コンビニ行くならおつまみもよろ!」
「お前な……」
「まぁまぁいいじゃん、ほらいってらっしゃいヨロシクー」
「奥山」
「ん?」
「これ、頼まれてたやつ」
「あ、早速買ってきてくれたんだ。ありがとう、田中さん」
「……ん」
違和感のあったそれが次第に馴染んでいく。
なくしてしまったと思った日常が、ちょっとずつ、戻ってくる。
殺伐として、男だらけのむさ苦しい生活の中なのに。
ありがとう、ごめんなさい。
おはよう、おやすみ。
いってらっしゃい、おかえりなさい。
こんな些細な言葉が、どれだけ田中の心を震わせているかこいつらは知らないだろう。
意味を考える必要もないとりとめのない日常はとうの昔に諦めていたのに。
「あ、田中くん戻ってるの?おかえり」
へらと笑う佐藤に田中は唇を吊り上げた。
「ただいま戻りました、佐藤さん!」
固い言葉はご愛敬ということで。
160210
意味わからんと思うので解説。
政府に捕まって、平凡な人生を諦めざるを得なかなった田中さんが挨拶の意味とかを忘れてしまったよ!
いや意味は分かってるんだけど異物の自分が人間ぶっていいのかとかどうせまたなくすかもしれないのにという臆病風とか。
でもテロ組と触れ合っている内に憎しみとか以外の楽しいとかいう感情を取り戻してね、そういう自然なものを身構えずに受け入れられるようになったんだよっていう話がしたかった。
最初の、ヤクザの出迎えみたいな挨拶じゃなくて仲間としてのフレンドリーさを求めていた佐藤さんという話でもある。
したかったんだよ思った以上にポエミー小説。