3.うちわでぱたぱた
「暑い」
と私は小さく声を漏らす。
袖で汗を拭ったが、止まる気配は一向にない。
額から、首から、汗が伝う。
炎天下で作業をするのも、暑いと言いながら過ごす夏ももう3年目だが、体は一切慣れそうにない。
しかし、こんなにも暑いやらなんやら言っているが、秋や冬になるとこの暑さが恋しくなるのだから、もう病気だとも思う。
いざ、再び夏が来て太陽に照らされる日々を過ごすと、汗の気持ち悪さ、日光の眩しさに参りそうだ。
「暑い」
再び私はそう声を漏らすと、先ほど柳が渡してくれたうちわでぱたぱたと扇いだ。
むあっとした空気が私を包む。
空気さえ生ぬるいものになっていることに絶望しかけたが
「集合!」
という幸村の声に現実へ引き戻された。
あぁ、ドリンク持って行かなきゃ。
汗をキラキラ輝かせた彼らが集まってくる。
私はうちわをベンチの上に置くと彼らの元に走った。
****
鬱陶しい汗をもう一度拭い、残ったボトル数を確認しその中の1つを手に取る。
持ち上げ、軽く振ってみると中のスポドリの跳ねる音がした。
しかも重さ的に全然減っていない。
私ははぁとため息をつき、幸村に声をかけ仁王を探すことにした。
水分だけは取れと、何度注意しただろう。
この時間になると木陰が出来る部室の裏にいるような気がして、回ろうとしたところで人とぶつかった。
視界の端に白い細い指が見える。
「ごめんなさい!」
そう言い顔を上げるとそこには、柳生がいた。
「いえ、こちらこそすみません」
にこやかに笑みを浮かべた柳生はお怪我はありませんかと言葉を続ける。
私はうん、と頷くとまじまじと柳生を見た。
いつもと一緒の柳生だったが、どこか違う感じがする。
「おや、田中さん大丈夫ですか?」
柳生は何かを感じたように、私に声をかける。
その声で何故かわからないが、さっき視界の端に見えた白い細い指を思い出した。
私は柳生の手を取ると、そこにはやっぱり柳生には似つかわない白い細い指があった。
「あの、「それはいけない!早く保健室へ」…"柳生"」
「はい、なんですか?」
"柳生"は黙って私の不可思議な行動を見ていたが、私が口を開くと喋らせないとでも言うように言葉を遮る。
眼鏡の奥の瞳が、可笑しそうに笑う。
黙ってろってことみたいだ。
「あ、真田くん。いいところに」
再び口を開こうとすると、"柳生"は私から目を逸らし、後方に目をやった。
振り向くと、そこにはタオルを持った真田が怪訝そうな顔をして立っていた。
「なんだ」
額の皺をさらに深め、私たちを見る。
「田中さんが体調が悪いそうなので保健室へ連れて行きますね」
「なに?田中、体調を崩すなどたるんどる証拠だ!気合入れ直せ!いってこい」
怒鳴るとまではいかなかったが、真田の声に耳が痛くなる。
私、別に体調悪くないんだけど。
そう言おうと真田の方に、向き直ると後ろから腕を取られた。
いってきます、と言った"柳生"はそのまま私を引っ張った。
「ねぇ、"柳生"」
「なんですか」
喋りながらも、歩は進む。
「私をサボりに使うのやめてくれる?」
「そんな!滅相もない!」
大袈裟という言葉が似合うほど、大袈裟に"柳生"は身振り手振りで否定をする。
「あとあんたいつから柳生になったの」
「おや、バレてましたか」
"柳生"の口角が上がり、普段では見られない"柳生"のにやり顔が見えた。
****
保健室の扉に手をかけ開けようとするが鍵がかかっており、開かなかった。
こりゃだめかな帰るかと踵を返した私の手を"柳生"は取り、反対の手で何かを取り出した。
その何かは保健室のドアの鍵穴にすっぽり入り、次の瞬間にはかちゃりと錠が開く。
「詐欺師…」
「なんですか今更」
そう言うと"柳生"は、保健室に入りスピードスター顔負けの早さでクーラーを点けると一目散にベッドに飛び込んだ。
ドアを閉めると着替えるから鍵かけんしゃいとベッドから声がした。
寝転んだ"柳生"に既に眼鏡がなく、仁王の目に射止められる。
おいでと手招きをされ、私はそれに従い、ベッドの側に立った。
"柳生"は頭に手を置くと、するっとウィッグを外す。
元の髪がウィッグから零れ、仁王の透き通るような髪がキラキラと光った。
ウィッグは暑かったようで、首筋を汗がつうっと伝ったのが見えてぞくりとする。
それでなくとも、仁王はどこか妖艶な雰囲気を持っているのにそれが拍車かかったようだった。
私は、その汗を拭うように首筋に指を這わせる。
「…なん?」
びくりと体を強張らせた仁王は、私を見上げてそう言った。
自分でもなんでこんなことしたのかわからなかった。
でもなんだか、仁王に触りたくて仕方がなかったのだ。
「なんつー顔しとるんじゃ」
仁王はそう言うとそっと私の顔に手を添えた。
かと思ったら、腕を引かれ私はそのままベッドへ沈む。
一瞬の内に、立場も逆転し、ベッドと仁王が見えていた私の視界には天井と仁王が見えていた。
熱をもった目が近づいてきて、熱いキスをされる。
「ん…にお、!部活…!」
仁王は私の言葉なんぞ聞かずに、私の耳を撫でた。
何より折角効いてきたクーラーで引いた熱が、再び身体を火照らせ、うっすらと汗さえかいている。
「ちょっ!にお…!汗かいてるから…!」
お構いなしに触ってくる仁王をどうにかして、一旦やめさせると
「じゃって、連は俺の汗まみれの姿が好きなんじゃろ?」
変態、そう耳元で囁き、妖しく笑った。
あーもう、なるようになれ。
私は仁王の唇に自分のそれを重ねた。
汗まみれの行為
(あれ、田中まだ帰ってこないの?)
(田中だったら、先ほど体調が悪いと保健室へ柳生に連れられていったぞ)
(…ふーん、仁王は明日の練習二倍かなぁ)
サークル「DROOM」提出作品
(お題:TOY夏的恋愛二十題「うちわでぱたぱた」)