鮫も食わない

「もっとさー、こうやるぞー!ってならないの?」
「俺は俺のやり方で、Freeに泳ぐだけだ」

鮫柄と岩鳶の合同練習という名の合同合宿の最終日。
プールサイドに二つの声が響いた。
合宿が始まって何度目だ?
また始まった、とあちこちでため息が聞こえてきそうだ。
かくいう俺も、連のハルへの指摘の声が聞こえてきた瞬間に思わず、はぁとため息が漏らしてしまった。

「今日はこれで終わりだ。夕飯まで時間があるが、しっかりと休むように。以上、解散」

そう部員に声を掛けて解散させると、俺は声の主たちの方をちらりと見やる。
大事にならなきゃいーんだが、と心の隅で祈るがあの二人が口論して大事にならなかった試しがない。
めんどくせーなぁ…。
なんで俺がこいつらのお守りをしなくちゃなんねーんだ。
そう思いながら、頭を掻くと後ろから肩を叩かれた。

「…がんばれ」

振り向くと複雑な表情をしている宗介がいた。
どこか笑いを堪えてるような、なんとも言えない宗介の顔を見ていたら、なんだかムカついてくる。
他人事だと思って…くっそ。

「お前、楽しんでるだろ」
「バレたか」

悪びれず笑う宗介の足を蹴る。
痛ぇよと声が上がったか、そんなの知るか。
早く着替えようぜ、と更衣室に向かおうとする俺に宗介はあれは放置のままでいいのかと聞いてくる。

「あー…」

もう一度ちらりと見てみる。

「大体、ハルは言葉が少ないの!わかりにくい!」
「そんなこと知らない」

どうやらまだ続いているようだ。
宗介は俺が間に入ると思っているらしいが、こういうのは真琴の方が上手い。
俺がやることはさっさと退散して巻き込まれないように身の安全を守ることだ。
いくぞ、ともう一度宗介に言い、二人に背を向けた瞬間だった。

「凛みたいに素直にかわいくできないの?!」

ぴたっと足が止まる。
隣の宗介が声を殺して肩を震わせてるのが見えた。
…あとでぜってーもう一回蹴る。

「そのまんま返す」
「ほんとかわいくない!」
「かわいくなくていい」
「凛をもっと見習いなよ!」
「凛、凛うるさい。そんなに凛が好きなら凛のとこ行けよ」

そう思っている間にも会話は進む。
はぁともう一度溜息をつくと同時に

「えーえー行ってやりますとも!」

声と共にドンと背中に衝撃がくる。
もちろん、それは先ほどまでハルの元にいた連だった。
いこ、と言うと連は俺の手を引っ張り、プールサイドから立ち去ることとなった。

*****

どうしたものか。
とりあえず何も言わずについて来たが何を言っていいものか悩んでいた。
髪かきあげると、何でもいいから何か話そうと口を開いたが何も出てこなかった。

「座るか」

耐え切れず、苦し紛れに出した言葉がこれだった。
うん、と連はすとんとベンチに座る。

「イケメンが怒ると怖いから腹立つ」

ベンチに座った連は唐突にそう口を開いた。

「…惚気か」

思わず声に出して突っ込んでしまった。
惚気じゃない!と連は怒るがどう考えても惚気だろう。
はいはい、ハルはイケメンだなーと適当なことで返すと凛が冷たいと泣き真似を始めた。

「誰かさんが大の男に向かってかわいい連呼したからなぁ?」

なぁ、連ちゃん?とにやりと笑うと、しまったーと連は顔を歪ませた。
相変わらず、顔に感情が出やすいなおい。

「ゴメンナサイ」
「思ってねーだろ」

あまりの棒読みが可笑しくて、はっ、と笑う。
そんな俺を連がじっと見てくる。
あまりにも長い時間見つめてくるもんだから、恥ずかしくなって目を逸らした。

「な、なんだよ…」
「やっぱり凛かわいいよ!!!」
「…どうやら、死にたいみたいだな?」

こいつ、本当大の男をかわいいとか頭おかしいだろ。
少しイラっとするが、一応、こいつも女子だし、ハルの彼女だし殴ることも蹴ることも出来ない。
チッと舌打ちをすると、あははごめん!と連は笑った。
その笑顔はどこか少し寂しそうに見えた。

「……素直に"構って"って言やーいいのに」

どーせ、ハルが水泳ばっかで寂しくなったんだろうと聞くと、さすがだねとなんだかよくわからないが褒められた。
でもさ、と連は言葉を続ける。

「負けた気がするんだよね」
「はぁ?」

心の底から呆れた声が出た。

「だって、私ばっか好きみたいで腹立つ」
「…お前も重症だってことか」

…なんでこんな惚気聞かなきゃいけねーんだ。
時間の無駄な気すらしてくる。
嫌ってなるほど、溜息はついたがもう溜息しか出ない。
ふっと目線を上げると建物の影から様子を伺うようにこっちを見ているハルが見えた。
…しょーがねぇなぁ。

「そんなに嫌なら俺んとこくればいいのに」
「…凛?」
「俺だったら、もっと愛してやれるぜ?」
「!?」

被さるように連の肩を抱く。
連の驚いた顔が見えた瞬間、肩が突如痛んだと思ったら次の瞬間には目の前にハルがいた。

「よう、ハル」

俺の胸倉を掴んでるハルは、珍しく気が立っているようでキッと睨みつけてきた。
おーこわ。

「お前が悪い」

余裕ない顔しちゃって。
ほら、連よく見ろよお前以上にハルはお前にご執心だぜ。
ホントゴチソウサマ。
呆れ半分でハルを見ていたら掴まれてあろう肩の辺りがじんわりと痛む。
…こいつ、掴むとき爪立てやがったな。

「はっ、なんだ?自信ねぇのか?」
「……」
「黙るなよ」

ハルの手を軽く払うと、はぁとこれを本日最後の溜息にしたいと思いながら、溜め息をつく。
そしてジャージのポケットに手を突っ込むと

「もっと素直になれよ、二人とも」

じゃあなと余計なアドバイスをして、俺は更衣室に向かった。
…やっと、着替えられる。


も食わない
(凛ちゃーん、お疲れ様ー)
(…渚と怜、見てたならどうにかしろよ)
(えーだって傍観者が一番楽しいでしょ?)
(渚くん傍観者だとなんだか言葉が悪いです!観察者なんかどうでしょう!)
(…はぁ)

****
※真琴は先生たちと打ち合わせ中

(個人指定課題:合宿、今までDROOMで書いたことが無いキャラ、テニプリなら立海と四天以外、明るい話)


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