飴色融解

占領した黄金の王所有の御柱タワーの屋上庭園。左右のビル先端に挟まれた空間に広がる日本庭園は、荘厳でいて、華やかさに満ちている。上空の庭園から臨む眺望はまさに圧巻だ。そんな場所で、私と紫さんは場違いな程和やかにお茶会を催していた。日本庭園には不釣り合いな洋装の、そして広大な庭園には不釣り合いな、2人だけの、お茶会。

具だくさんのサンドウィッチ、色とりどりのマカロンに、果物がふんだんに盛り込まれたロールケーキ。それはさながら英国のアフタヌーンティーのようだった。私は青碧の薔薇があしらわれ黄金で装飾された、高級感溢れるティーカップにそっと口を付ける。

「あーもう本当、紫さんとお話してると女子会してるみたいで楽しいなぁ」

ダージリンの濃厚な味わいを口の中で堪能しながら、カチャリ、とカップをソーサーに戻した・私は思いを馳せながらしみじみとそう告げる。

「…そう、連ちゃんが楽しんでくれるなら私も嬉しいわ」

平生のように和やかに受け答えをする紫さん。
それなのに…心なしか、紫さんの表情に陰が差したような気がした。

「でも、こんな口調だけど私は一応“男”なんですからね?わかってるの?」

優雅に紅茶を啜りながら、まるで嗜めるように、紫さんはそう告げる。

「えー?そんなの見た目でわかりますよー」

…本当は“男性”として想いを寄せているなんて、言えない。緑のクランに所属して紫さんの姿を謁見した時から、私は紫さんに魅了されていた。それでも、あんなに綺麗な人と私なんかでは釣り合わない。きっと彼に見合う素敵な彼女でもいるのだろう。もしかしたら、道反ちゃんかもしれない…。そう、心の何処かで諦観視していた。

内心の想いを悟られないように、私は呑気そうに聞こえるように答え、動揺を悟られないように手近にあった薄紫色のマカロンに手を付ける。口内は瞬く間にブルーベリーの仄かな酸味で満ちていった。

その後は、私たちの王様ってどうしてオウムを媒介としているんでしょう可愛いですよね、といった他愛もない話や、白銀の王の行方や赤のクランの今後の動向などを推測し合ったりした。女子会みたい、と称したけれど、私も彼も、恋愛に関する話題には一切触れなかった。紫さん恋バナ好きそうだから聞いてくると思ったなのになぁ…なんて、予想と違う結果に内心少しがっかりしたけれど、されたらされたで反応に困ってしまうので逆に有難かった。話が弾んでいる間に、机上に盛られていたスイーツの数々は、いともあっさりと無くなってしまった。私たち食べ過ぎね、なんて言いながらくすくすと笑い合う。

それでも何だか口寂しくて、私は先刻道反ちゃんから貰った飴を取り出しころころと舌で転がす。

「ねぇ、さっきからころころ音がするんだけど…もしかして連ちゃん?」

怪訝そうに、紫さんが問う。

「はい、そうですよー。飴舐めてるんです。なんかさっきまでいろいろ食べてたから…口寂しくて。道反ちゃんから貰ったんですよー」
「そう、それは良かったわね…何味なの?」
「カシスなんですよ。珍しいですよね、カシス味の飴なんて」

そう答えながら私は舌で飴を左右に転がした。
転がす度にカシス独特の甘酸っぱさが広がってとても心地良い。

「あら、いいわねぇ。ねーえ、私の分はないの?」

紫さんは上品な濃紫の髪を指先でくるくると弄びながら、ねだるように聞いてくる。
その仕草ひとつひとつが艶っぽくて、どきどきと鼓動が高鳴る。

「あっ…ごめんなさい、1つしか貰わなかったから…」

申し訳なさそうに私が答えると、彼はすぐに笑顔を取り繕って返してくれた。

「そう…それならいいのよ、気にしないで。その代わり…」
「?…その代わり?」
「半分こ、させてね?」

半分こ――って一体どういうことかな?
今、舐めてる1つの飴を半分にするなんて出来ないよね…?

「…紫さん?それ、どういう意、っ……!?」

あれこれ思案を巡らせていると、急に呼吸が苦しくなった。
突然の出来事に何が起こったのか解らず目を白黒させる。

「んっ…ふ、ぁ…」

彼に口を覆われていると気付いた時には、彼の柔らかな舌が咥内に侵入していた。恥ずかしくて出したくもないのに、どうしてもくぐもった声が出てしまう。困惑する私に構う様子も無く、紫さんは感触を愉しむかのようにゆっくりと歯列をなぞり上げた。

「っ…ぁ、んっ…ゆ、かり…さぁ…」



歯茎の裏側や舌の裏側…と咥内のあらゆる処を弄られる。彼の舌から逃れようと舌を動かすけれど、動けば動く程まるで蜘蛛の糸のように余計に絡め取られ、逃れられなくなる。悦楽と息苦しさで腰が抜け、彼に縋りつく体勢になると、彼はもう堪能したとばかりに満面の笑みを浮かべ、舌先で飴を器用に掬い取った。

「んっ、そうね…美味しいわね、カシス味」

ぺろり、と唇を舌で拭いながら、事も無げにそう呟き舌で飴を転がす紫さん。今まで私の口内にあったものを、彼が舐めていると思うと、途端に恥ずかしくなる。居たたまれなくなって彼から視線を逸らそうとすれば、彼の細くてしなやかな手が私を捕らえて離さない。

「もう、そんなに恥ずかしがらないで…?」

そう言いながら彼は愛おしそうに私の頬に手を添える。恥ずかしさでどうにかなりそうだった。

「やっ…見ないで、ください…絶対、変な顔、してる…」

手で上気した顔を隠そうとすれば、手首をぎゅう、と強く捕まれ阻まれてしまう。

「ふふ…隠さないで?連ちゃんのその蕩けた顔、可愛くて綺麗よ…」

そう甘く囁くと彼は、私には劣るけどね、と付け足してくすくすと悪戯な笑みを零した。

「あぁ、ね…?だから言ったでしょ?」

彼はとても愉しそうに言葉を紡ぐ。
でも、それは先刻のお茶会で見せた楽しそうな表情とは全く違っていた。

「私がこんなだからって、油断してちゃダメよ?」

囁くように妖艶に、私の耳元で紫さんはそう告げた。
彼の温かな吐息が耳を掠め、思わずびくり、と反応してしまう。

「ねぇ、連ちゃん」

まだ意識が混濁する中、紫さんの艶やかな声が聞こえる。
紫さんは、恍惚とする私の手を恭しく取り、甲にちゅ、と優しく口付けた。

「私たち、恋人にならない?」



飴色融解 

( 飴 の よ う に 、 溶 け て い く ) 


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