第二弾:復活

シルビア
「連、うちに遊びに来てほしい」

クロームちゃんからいきなりそんなことを言われた。

「いいけど…どうして?」
「友達ができた、って骸様に報告したら連れてきなさいって」

むくろさま。普段クロームちゃんと会話してると、その骸様がお父さんみたいなポジションらしい。
だめ?と小首を傾げる彼女を見て、私がNOと言えるはずも無く。

「わかった、行こう」

飛瑠
私はクロームちゃんに連れられるままバスに乗り、連れられるままバスを降りた。
どうやら私たちは隣り町の「黒曜ヘルシーランド前」というバス停で降りたようだ。

「ちょっと汚いけど……」

人気もなく、数年前に廃墟になったその元娯楽施設の中へ躊躇いもせず入っていくクロームちゃんに驚きつつも、私は彼女に手を引かれ奥へ奥へと進んだ。
薄気味悪く、不良の溜まり場には持ってこいの場所だなと頭の片隅で考えているとクロームちゃんは足を止め、私も急いで立ち止まった。

「連、ここに座って」
「いいの?」

彼女は所々破けたソファーを指差し、私に座るように促した。

「待ってて。今骸様と入れ替わるから」
「え、あ、うん。分かった」

待って、入れ替わるって何?
呼んでくるの間違いじゃなくて? 入れ替わるって何?

「ねえ、クロームちゃん。呼んでくるの間違い……」

だよね、と言う前に私は目の前で起きている状況を疑った。
先ほどまで私が座っている位置からはクロームちゃんや、窓とは言い難い壁が崩れた隙間から生い茂る緑が見えていたはずなのに、気づけば辺り一面に霧が立ち込めており、自分が今どこにいるのかさえもわからないほどだった。

「クロームちゃん! クロームちゃん、どこ!?」

私はその出所がわからない霧の中で、言い知れない恐怖に襲われ必死にクロームちゃんの名前を呼んだ。

はりこ
「ほう……あなたがクロームのお友達ですか」

聞き覚えのない、声がした。
徐々に霧が薄くなり、視界が戻ってくる。
しかし、立ち去ったような足音などなにもなかったのにクロームちゃんの姿はない。代わりとでも言うように、そこにはクロームちゃんに酷似した容貌の男性が立っていた。

「あなたは…?クロームちゃんは?」
「はじめまして、僕は六道骸と申します」

この人が。
クロームちゃんからよく話を聞く「骸様」なのか。
思っていたよりずっと若いことに驚いた。およそ本名とは思えない奇妙な名を名乗った六道骸さんは、端整な顔立ちで友好的な笑みを浮かべている。しかし、その左右で色の違う瞳が笑っているようには見えず、なんだかただならぬ雰囲気を醸し出している。
わたしは恐怖のようなもので肌が粟立つのを感じていた。

「クロームには…そうですね、少し席を外してもらいました」
「え……」
「すみませんね、#苗字#連さん。あなたと話がしたくて」

学校でのクロームの様子を聞かせてくれますか?と言った骸さんは普通の妹を心配する兄のような表情をしていた。


あまり今の状況が正しく把握できていないが、とりあえず私はクロームちゃんと過ごした日々について語るしかなさそうだ。
出会いから話し始め、少しずつ距離を縮めていき友人と呼べるようにまでなった今までのことを、骸さんはとても穏やかな笑みで聞いてくれた。

「クロームの友人があなたのような女性で安心しました。これからもクロームをよろしくお願いします」

全てを話し終えると、骸さんは本当にほっとしたような表情で微笑んだ。
この頃にはもう、最初彼に感じた恐怖のようなものはなくなっていた。

「今度は連さんのことも聞かせていただけませんか?」

そろそろクロームちゃんも呼んでくれるのだろうか、そう考えていたのだがどうやらまだ二人きりの会話は続くらしい。
なんでクロームちゃんがいたら駄目なんだろう……。

「いいですけど…面白いことなんてありませんよ?」
「クロームの友人であるあなたのことも知っておきたいのです。何でもいいですよ。食べ物の話でも、勉強の話でも、……好きな男性の話でも」
「す、好きな人なんて…!」

最後の言葉を聞いた時、何故か頭に浮かんだのはクロームちゃんを通して知り合った『彼』の顔だった。

どきこ
「クフフ、思い当たる方がいるようですね」
「え!? い、いえ、そんなことはないです!」
「クフフ、いいんですよ……そうですね、その方は並盛に住んでいますね?」
「!?」
「どうですか?」
「あ、当たってます!」
「クフフ、連さんはわかりやすい。」

確かにその人は並盛にいるが、何故当てられたのだろうか。超能力? 
そう思って骸さんを見遣るが、相変わらず微笑んでその真意は読めない。また私は少しだけ怖くなって

「……あの、私、そろそろ帰ります!」

逸美
私は勇気を振り絞り、スカートの裾をぎゅっと握り締めながらそう告げた。
回帰した恐怖と少しの申し訳なさから、彼の綺麗な瞳を見ることが出来ない。
ゆっくりと間を置いて、骸さんは言葉を紡ぐ。

「…ほう、もうお帰りになる…と?」

相変わらず穏やかな声色のはずなのに、何故か選択の余地を与えられていないような錯覚を覚えた。怖々と骸さんの元へと顔を向ける。と、彼は私を真っ直ぐ見遣り、不気味な程にこやかに微笑んでいた。…直感的に嫌な予感がする。じんわりと嫌な汗が背中を伝った。

「は、はい…もう」

そう言いながら、私はソファーから腰を浮かせ立ち上がり、足早にその場を去ろうとした。しかし、素早く立ち回った彼に行く手を阻まれ、歩を進めることは叶わなかった。

「クフフ…させませんよ、そんなこと」

彼は私の耳元にそっと口を寄せ、妖しく囁いた。
有無を言わせない口調に思わずたじろぐ。

「やっ…ちょ、む、くろさ…」

そのまま肩を強く押され、先程のソファーへと押し倒されたかと思うと、瞬く間に組み敷かれてしまう。何とか逃れようと抵抗を試みたが、結果は虚しいものだった。

「く、クロームちゃ…どこっ!クロームちゃん…!」

私は一縷の希望を託し、唯一信頼出来る彼女の名前を必死で呼んだ。
骸さんはそんな私を笑顔で見つめ、非情な言葉を投げ掛ける。

「クロームは…来ませんよ」
「っ…!」

衝撃のあまり息を詰まらせてしまう。

「何故なら…クロームは僕で、僕はクロームなんですから…」

一体、この人は何を言っているんだろう…。クロームちゃんとこの人が、同一人物…?
全然信じられない。だって、性別から容姿まで全く違うじゃない…。

憂慮する私の頬に、突然、何かが触れた感触がした。反射的にびくり、と身体が震えてしまう。どうやら骸さんがそっと手を添えたようだ。先刻とはあまりに異なるその態度に、何かの前触れでは…と思わず身を固くし訝しむ。

「…幾何の時を重ねたことでしょう」
「え…?」

私の予想とは裏腹に、彼は私を愛おしそうに見つめながら、感触を確かめるように頬を撫ぜる。

「やっと…やっと貴女に巡り逢えたのです。どうしても貴女に直接逢って、触れて、声を通わせたかった…」

骸さんは、今にも泣きそうな顔をする。どうしてそんな顔で私を見るの…?

「な、に…?」
「例え貴女が覚えていなくても…それでもっ…」

私は次の言葉を待った。骸さんは唇を微かに動かしたが、それが言葉として私の耳に届くことはなかった。彼は、一瞬躊躇った顔をする。そして、

「…手荒なことをして、すみません」

そう呟くと、骸さんは私を解放し身体を起こしてくれた。その頃には恐怖の念はすっかり払拭され、拘束を解かれた安堵感と彼の言動に対する疑問で頭がいっぱいだった。

ねぇ、骸さん…私と貴方は、既に何処かで出会っているの…?

蒼紫
「骸!!!!」

私が思考を巡らせると、部屋の入口方面から声がする。
この声は、まさかと思ったが、入口から走ってきたのは間違えもなく彼だった。

「連に変なことしてんじゃねーよ!さっさとその手を離せ!」
「おや、獄寺くんではありませんか」

駆け寄ってきて、私に触れていた骸さんの手を払いのけると大丈夫かと心配してくれた。
大丈夫、と小さく返したが、目の前の獄寺くんは一瞬ぎょっとし、そして怒りで顔を歪める。
そして、なぜか濡れている私の頬をぬぐうと頭をぽんぽんとしてくれた。
待ってろ、と獄寺くんは言い残すと

「おい、何したんだ」

と骸さんに詰め寄ると胸倉をつかみ、私の聞いたことのないドスの聞いた声で問いかける。

「ご、く寺くん…!」

乱闘騒ぎになる!と思わず獄寺くんに駆け寄り、大丈夫だからと訴えかける。
でも、と獄寺くんはこちらを見た瞬間に骸さんは彼の手を払い、後ろへ下がった。

「何もしてませんよ。僕に触れないでください」

冷たく言い放つ骸さんはやっぱり怖い。
あの綺麗なオッドアイになぜか吸い込まれそうだ。
パチっと骸さんと目が合うと、彼は悲しそうに笑いどこからともなく再び現れた霧の中へそのまま消えていってしまい結局なにも聞くことはできなかった。

陛下
「クロームちゃん!!」

再び霧があたりを包み込むと、そこには(骸さん曰く)骸さんと入れ替わっていたらしいクロームちゃんが立っていた。

「クロームちゃん!!どこ行ってたの!?私…私…」
「連、泣かないで…」

なぜだかわからないけど私は涙があふれて止まらなかった。
クロームちゃんがどうしたらいいのかわからない様子でオロオロしている姿も、獄寺くんが心配そうに私のことを見ている姿も、目には入っていたけれど泣くことをやめられなかった。
自分でもなぜこんなに涙が出てくるのかわからない。正直、獄寺くんが助けに来てくれてほんとにうれしかった。だけど…このままでいいのだろうか。
さっきから脳裏に浮かぶのは私を助けてくれた獄寺くんではなく、最後に悲しそうな顔を見せた彼だ。彼のあの儚い笑顔が頭から離れない。

「…連…」
「ごめんね、クロームちゃん。大丈夫だから。獄寺くんも助けてくれてありがとう…ケガとかしてない?」
「い、いや…俺は大丈夫だけどよ。おまえ、ほんとに大丈夫か?」
「うん。もう大丈夫。ごめんね、ありがとう」

獄寺くんは未だに私のことを心配してくれている。今までだったらすごくうれしかったはずなのに…なんでだろう。

「とりあえずここから出るか?」
「うん、そうだね。クロームちゃん、ごめんね。今日は帰るね」
「うん…また明日」
「また明日。…骸さんによろしくね」

骸さんによろしく…か。自分で言っていて不思議な気分になってしまった。
ついさっきまで名前も知らなかったのに、それどころか怖いとさえ思っていたのに。
どうしよう。明日からクロームちゃんのことをまともな目で見れるだろうか。
いや、骸さんの影がちらついてまともに話すこともできないだろう。

隣で私に寄り添って歩いてくれている獄寺くんには本当に申し訳ないが
今は彼のことしか考えられない。


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