寂しい片想い
「ちゃおっス、連」
『あ、リボーン君』
「毎度悪ィな、今日もツナがB8F、山本がB10F、獄寺がB16Fのストームルームだ」
『了解ー』
私の一日は夕方から始まる――。
この世界の山本君(山本さん)に助けられ、このアジトに連れて来てもらってから私はなんやかんやあって、ジャンニーニさんというイタリア人(日本語ペラペラ!)のメカニックの下で助手兼弟子としてこのアジト内の修理修繕に携わるようになった。
私は理系ではないので最初は設計図を見せられても、ちんぷんかんぷんだったが最近ではなんとなく理解できるようになり、施設内の修理程度なら一人で任されるようになったのだ。
(なんか、久々に人と喋った気がする……)
どうやら私のように過去からやってきた山本君たちは、誰か(たしかミルフィーユとカフェオレを足して二で割ったような感じの名前)と戦うとかで修業に明け暮れていて、一方私はというと夕方にのそのそ起き出し、彼らが眠っている夜の間に修業により破損した施設の修理や整備に当たり、彼らが起きだす頃にはそれら を終わらせて入れ替わるように眠りに就く、という日々を送っている。――完全に夜型人間だ。
そのため、同じアジト内に居ながら、他の人たちと顔を合わすということが極端に少ない。
しかし、こっちにやってきた私以外の子たちは皆山本君の同級生やその一つ上だったりと、元の世界でも交友があったメンバーらしく、私の居場所は無い。いきなり先輩面して行くのも気が引けるので私はこのままなるべく個人プレーでやっていくのが私にとっても彼らにとってもいいはずだ。気を使わなくていいし。
『えーっと、たしかB8Fの壁板はーっと……あったあった』
リボーン君に言われてトレーニングルームの様子を見てきたが広範囲の床の破損と所々にある壁の破損が激しく、それを直すための資材を資材置き場から目分量で選ぶ。
(あ、台車忘れた)
はあ、とため息を一つ吐いて資材の山を見やる。
確か台車はB11Fにあった気がする。一回この資材を持てるだけ持ってエレベーターでB8Fのトレーニングルームまで降りて資材を置き、その後台車を取りに行ってからここまで上ってくれば万時解決だ。面倒だけども。
「へー、こんなんあったんかー」
突如、資材置き場に伸びた私以外の長い影。
振り向くと久しぶりの山本君の姿がそこにあった。
「おっ? いたいた。連先輩ー!」
『あれ、山本君久しぶり。どうしたのB4Fなんてハッチぐらいしか無いのに……あ、もしかして見回り?』
「ん? いやいや。小僧から連先輩がここにいるって聞いたんで」
『手伝って来いって言われたの? それならいいよ、山本君修業で疲れてるだろうし。一人で平気だよ』
Tシャツにジャージといった寝巻スタイルで現れた山本君の顔には疲労の色が伺え、修業の大変さを物語っている。
「そーゆーわけじゃないっスよ。久しぶりに先輩に会いてーなーって思って」
『……なんだそれ。でも、今日はリボーン君だったり山本君だったり久々に人と話した気がする。なんだろうね、ちょっと…………嬉しいかも』
私がそう言うと、山本君は眉を下げながら小さく笑った。
しかし、笑っている彼が少し悲しそうに見えたのは私の気のせいだろうか。
「連先輩はこれから?」
『沢田君が修行で使ってるトレーニングルームの修理に行くとこ』
「その、板は?」
『運ばなきゃいけないやつ』
すると山本君はほう、と資材を覗き込み肩を回し始める。
そして「これ、トレーニングルームに持って行けばいいんスよね」と重たい資材の下に手を滑り込ませた。
『え、ちょ、何やってんの。いいよべつに。君は修業で疲れてるんだからゆっくりおやすみ、ね? 帰りなさい、帰って寝なさい!』
「まあまあ、いいからいいから」
『よくないよくない』
「じゃあ半分こしましょ、半分こ。それならいいっスよね」
そう言うと、彼は担いでいた資材板の山から何枚かを私の横に置き、明らかに山本君の方が多い、“半分こ”なんて名ばかりの量の板をもう一度軽々持ち上げてエレベーターの方へ歩いて行ってしまった。
『や、山本君!』
私は申し訳程度に分けられた資材板を持って、山本君を追いかける。
『山本君……その……ありがとう』
「んー? いいっスよこれくらい。あ、ここに置いちゃっていいっスか?」
『うん』
エレベーターでB8Fのトレーニングルームに移動した後、私は仕事モードに気持ちを切り替えた。
山本君に資材を適当な場所に置いてもらって、アジト据え置き(ジャンニーニさんの予備用らしい)の工具箱を開ける。
「オレ、もうちょいここで見てていいっスか?」
『え。別にいいけど、うるさくなるよ? 私も作業しちゃうし……』
「連先輩の仕事姿を見てるだけでいいんで」
『……な、なんだそれ。あ! ちゃんと仕事してるか監視を頼まれたのか! じゃあ、眠くなったらちゃんと部屋に帰るんだよ、いい?』
「ハハハ、先輩相変わらず面白いっスね。おっけーっス!」
◇◇◇
『おーい、山本くーん。ここの修理終わったよー』
建設・整備しやすいようにと作られた可動式の足場と自動資材乗降機を駆使して、トレーニングルームの壁を貼り替えて、床のタイルを敷き直した後、ふと山本君を見ると彼は壁に背中を預けながら夢の世界へ旅立っていた。
『あーあ、だから言ったのに』
きっと山本君は私の仕事の様子を見に来たのではなく、私の様子を見て来るように言われたのだろうと薄々気づいていた。否、そうであってほしいと心のどこかで私が思っていた。
私がこの世界での顔見知りが彼しかいないから、リボーン君は私の許にわざわざ山本君を寄越したのだろう。そうでなければ一介の中学生に施設整備の進行状況など監視させに行かせるはずがない。
山本君には、修業で疲れているのに申し訳ないことをしてしまった。
『……ありがとね、ほんと。疲れてるのにごめんね』
今度彼に会ったら、「私は大丈夫だよ」と伝えよう。「だから修業に集中してね」と伝えよう。
すやすやと寝息を立てる彼の穏やかな寝顔を見た。
――大丈夫。私は寂しくなんてない、寂しくなんて、ない。
***
その後、山本はB14Fの先輩の寝室に(台車で)運ばれる。
先輩の部屋は、守護者専用区画にある10年後の山本の部屋。
ちなみに、山本たちの寝室はB6F。
実際、リボーンは山本に「連がB4Fにいたぞ」として言っていない。
それでも山本は彼女の許を訪れた。
一体、寂しかったのはどっち――?