及川徹の驚愕
※影山彼女と影山と及川のおはなし
キュッキュと靴が鳴る。
それに混じって聞こえてくる大きな掛け声。
じめじめした体育館。
熱気と湿気が混じったここは、とても暑く、嫌気が指し俺は着いたばっかだったけど、回れ右をする。
まだ出番にはほど遠かったし、岩ちゃんも見逃してくれるだろう、……きっと。
今日は、うち(青葉城西)が主催の練習試合だった。
県内の、まぁそれなりのチームを呼んで、強化試合をしようということらしい。
もちろん、無事古強者の復活をした烏野も呼ばれていて、俺はあのクソ生意気のかわいい後輩をぶっ潰すことを楽しみにこの場にきていた。
飛雄の悔しがる顔を想像するだけで、口角があがる。
思わずスキップなんかしちゃって、コートに背を向け歩き出すとなんとまぁタイミング良く飛雄を見つけた。
「やぁやぁ飛雄ちゃんじゃない!」
俺は、いつものからかいモードにスイッチを切り替え、にこやかに近づく。
飛雄はゆっくりと振り向くと
「げっ…及川さん…」
とても嫌そうに顔を歪めた。
いいね、その顔が見たかった!
「げっとはなんだい!ひどいなぁ」
微塵にも思ってないとこをいけしゃあしゃあと口に出す。
飛雄が俺のこのモードを好んでいないのを知っている。
だけど、こんな楽しい反応が返ってきたら遊ばないわけにいかないじゃない!
「何の用ですか」
「クソ生意気な後輩が見えたから挨拶に来たんじゃない、そんな邪険に扱わないでよね」
「そうですか、じゃ」
「ちょーっと待った飛雄ちゃん」
今すぐにもここを立ち去りたいという飛雄の気持ちが透けて見える。
そうは簡単に離してやらないから。
きっとここに岩ちゃんがいたら、呆れて溜め息をつくだろう。
飛雄を憐れんで、行くぞと俺を引っ張るかもしれない。
でも、その俺の良心の岩ちゃんはいない。
「…はい?」
先輩と後輩という関係性からか、飛雄は律儀に振り向いた。
「後ろの子が戸惑ってるけど大丈夫なの?」
俺が覗き込むように、後ろの子をみようとするが、それを飛雄は許さない。
キッと俺を睨む目が怖い。
もー減るもんじゃないんだからいいじゃない、何もしないのに。
「…大丈夫ですよ」
後ろを見て気遣う様子が、いつもの飛雄の感じではなく、どこかよそよそしく触れたら壊してしまいそうで怖いとでもいうような感じだった。
なんだか…これは…。
「んん?もしかして…え!飛雄ちゃんの彼女?!」
「…」
直接的に聞くと飛雄はすごく嫌な顔をする。
だから会いたくなかったんだよ、とでも言いたそうなその顔は、俺のやる気を向上させるのには十分だった。
「うっわー否定しないってことはそうなだ!?なっまいき!飛雄ちゃんのくせに!!」
これはもう彼女さんに絡むしかないよね、と回り込む。
あ、ちょ、おい!と飛雄は俺とその子の接触を阻もうとするが、動揺したのかスポーツ選手にあるまじき、隙がありすぎる動きだったので、容易に近付くとこができた。
「ねぇ、飛雄の彼女さん?お名前教えて…って」
彼女の前に立ち、逃げ出そうとした彼女を捕まえた。
そして俺は驚いた。
「連じゃん」
俺の昔から見知った顔だった。
さっきからこっちを俺から顔が見えない角度で、ちらちらと見ていたので、何かなとは思っていたんだけど。
名前を呼ぶと、バレちゃったとでもいうように連は笑った。
「?」
飛雄も連が俺と知り合いとは知らなかったようで、目を白黒させ驚いてる。
「俺ん家の近所の子」
中学は違うけどね、と飛雄にそう教えてあげると納得したような顔をした。
連とは古い付き合いで、小さいときから一緒に遊んだりして、自分で言うのもなんだかあれだが、連の兄のようなものだった。
中学が違ったからか、男女の性別の差か、反抗期か、とにかく最近はあまり会っていない。
久しぶりに見た連は、年相応にかわいくなっていた。
「連、こいつと付き合ってるの?」
「…うん」
どこかで何かがショートしたような音がする。
恥ずかしそうに笑う連は俺が見てきた、群がってくる女どもとは違い、最高にかわいい。
小さいときからかわいい子だったけど…飛雄に渡すのは勿体無い!
「だめだよ!こいつは認められない!お兄ちゃん怒っちゃうよ!?」
「で、でも…!」
好きになっちゃったんだもん、と呟く連。
ついつい、連に会ったからか昔の口調で一人称がお兄ちゃんになってしまう。
飛雄よりいいやついるじゃない…!
なんで、また…!
「無愛想でバレーのことしか考えてない飛雄なんてやめなさい!するなら岩ちゃんにしなさい!」
「徹兄には関係ないでしょ…!それに飛雄くんだって、優しいし…!」
飛雄が“優しい”だって?
思わず飛雄を見ると、連に褒められたからか恥ずかしいのか頬を赤く染めた。
あの!飛雄が!
へぇ、こんな顔もするんだなっていう驚き、戸惑いが隠せない。
見慣れない風景を目にしながら、それでも飛雄は…!と言葉を続けようとすると、突然頭に何かがぶつかった。
何かじゃない、もう何度も受けてるから知ってる、ボールだ。
「何してるんだ」
痛いなぁと振り向くと、そこには岩ちゃんが立っていた。
その隙を突き、連は飛雄の手を取り、逃げ出したのが視界の端に映る。
あぁ、もう、逃げられちゃったじゃない。
「ちょっと後輩をからかってた」
そう言うと、岩ちゃんははぁと深い溜め息をつく。
そんなに溜め息つくと、幸せ逃げちゃうよと一言つぶやくとお前のせいだろと叩かれた。
いったいなぁ。
「そうそう、今連に会ったよ」
「元気にしてたか?」
「元気すぎるぐらいだね」
肩をすくめると、お前のリアクションは一々うざいなとぼやかれる。
俺はそれを聞きながら、連と飛雄が向かった方向を眺めた。
「ほら、いくぞ」
スイッチ切れよとでも言いたそうに、こちらを一瞬睨みつけると岩ちゃんはコートに向かう。
「わかってるよ」
俺は、岩ちゃんの背中に向かって返事をするとスイッチを切り替えた。
そして、愛おしい仲間の元へ向かう。
第一戦は、なんの運命か烏野らしい。
まず一本。
ゆくゆくは連も。
あのクソ生意気な後輩から奪おうじゃない。
及川徹の驚愕