伸ばした手を繋いで


年の瀬も近い、12月24日。「クリスマス・イヴ」と呼ばれ持て囃される日。
今日は、岩鳶高校水泳部のメンバーと江ちゃん、私を含む江ちゃんの友達数名でクリスマスパーティーをすることになった。今は、夕方からのパーティーに向けて水泳部部室をクリスマス仕様に飾りつけている最中だ。みんな、忙しなく準備をしている。私も同様だった。遙先輩と一緒に飾りを手作りしている。遙先輩、巧すぎだよ…しかも早いし…。私が手伝わない方のが効率いいんじゃないかなぁ…。

「おーい渚ー、クラッカーと部屋の飾り足りてるー?」
後ろから、テーブルのセッティングをしている真琴先輩の声が聞こえる。

「ちょーっと待ってぇ今確認するー」

それに応じて渚くんがダンボールやビニール袋内をがさごそして確認しているようだ。
ややあって、渚くんが大きな声を出す。

「まこちゃああああん全然足りないよおおお」


「んー困ったなぁ…」

「じゃあさ、怜ちゃんと連ちゃんに買ってきてもらおうよー」

「ん、そうだね。…怜ー!連ちゃーん!」
「「はい!」」

画用紙から手を離し、真琴先輩の元へと移動する。
怜くんも同様に真琴先輩の方に近づいてきた。割烹着を身に纏い、頭と口に三角巾、そして手には叩きを持った状態で。
彼は、部室の掃除担当だった。

「悪いけど、一緒に商店街に買出しに行ってきてほしいんだ。ついでに予約してあるチキンとケーキを引き取りに行ってきてほしい。
 2人いれば持ちきれる量だと思うから、頼むよ」

「あっ、はい全然いいですよ」

遙先輩の足手纏いになってそうだったし…ちょうど良かったな、と内心ほっとする。
それに、怜くんと一緒だし…なーんて。

「いいでしょう!僕達に任せてください!」
くいっと得意げに眼鏡を上げる怜くん。格好が格好なので、どうにも決まらない。
その姿が面白くて、ついくすっと笑ってしまった。

「なっ…連さん!?何故そこで笑うんですかあぁ!!」
「だってその格好で『いいでしょう!』なんて…ぷっあははは」
「ふっ…確かに…それだと折角格好良いのに台無しだね、怜」
「ま、真琴先輩まで…意味がわからない……」
「なーに話してんのっ」

その会話に渚くんが加わり、事態はしばらく収拾がつかなかった。
ひとしきり盛り上がった後、

「もう充分笑ったでしょう。行きますよ、連さん」
そう言いながらバッと割烹着を脱ぎ、てきぱきと支度を済ませ始める怜くん。

「わわっ!ちょっと待って…!」
先に行く彼を追い掛け、足早に部室を後にする。




******

「怜くん、ちょっと待っ…」
彼の背中を必死で追う。
やっとのことで追い着き、彼のダッフルコートの袖を掴んだ時には、私の息は絶え絶えだった。

「もしかして、怒ってる?」
息を整えながら、おそるおそる聞く。

「いえ…そんなことは…」
私から顔を背け、バツが悪そうな顔で俯く怜くん。怒っているというより、拗ねてる…のかな?
怜くん、あんまりからかわれ慣れしてなさそうだもんなぁ…悪いことしちゃったな…

「ごめんね。からかいすぎちゃったよね」
「謝らないでください。僕も…少し子供でした。もう気にしていませんよ」
そう言うと、彼は優しい笑顔を見せてくれた。
本当に、優しい人。それについ甘えてしまうのは私の悪い癖だ。

「みんなの前では言わなかったけど、怜くんのあの姿も私好きだよ」
「べっ、別に今更そんなこと言われても嬉しくなんかありません!」

「ふふ、怜くん可愛い」
「可愛いと言われても嬉しくありませんよ」
彼はつんと拗ねた口調で異議を唱える。

私は数秒思案し、彼の顔を真っ直ぐ見据え言葉を紡ぐ。

「じゃあ……怜くん綺麗」

「っ…!!!?」
彼の顔がみるみるうちに紅潮していくのが分かった。

「さぁさぁ!怜くん、さっさと買い物済ませちゃおうよ!」
気恥ずかしさを紛らわせたくて、わざとおどけた声を出し、駆け出す。

「ちょ、ちょっと待ってください、連さんっ」





**********

それから1時間程経過しただろうか――
頼まれた買い物は全て終わり、後は帰路に着くだけとなった。
私と彼は、閑散とした道路を歩幅を合わせてゆっくりと歩く。

「いやぁ、いっぱい買ったねー」
「そうですね。これだけあれば、飾りもクラッカーも充分でしょう」


さり気ないことだが、彼は、私にはより軽い荷物を渡してくれていた。
重たそうに持っている様子ではなかったが、気になって問いかける。

「荷物…重くない?私、まだ手が空いてるし、どれか持つよ?」
「いえ、女性に重たいものを持たせるわけにはいきませんから」
「そ、そう?」
「お気遣い、有難う御座います」

怜くんは、本当に優しいな。ちらっと隣の彼の顔を見る。視線に気付いたようで、少しはにかんでくれた。つられて私もはにかむ。
梅雨のあの日までほとんど会話したこともなかったのに…。今ではこうやってクリスマスを一緒に過ごし、笑い合えている。何だか現実じゃないみたい…。

ぼーっと物思いに耽っている私に、遠慮がちに怜くんが話し掛ける。

「実は…その、クリスマスプレゼントを用意、してきたんです、が」
「えっ…パーティーの分じゃなくて?」
「えぇ。あれは誰にいくか分からないじゃないですか。貴女に贈るプレゼントですよ」
「あぁ、そっか…ありがとう」


私の返事を聞くと、彼は歩くのを止め、立ち止まる。私も彼に倣って歩を止める。


「その、目を…瞑ってくれませんか?」
「え…?あ、うん」

目を瞑る…?何だろう。疑問ばかり浮かんだが、嬉しさや期待の方が勝ったので素直に従うことにする。

「っ…」

彼の大きな手が私の顔を撫でる。緊張とこそばゆさにビクッと身体が反応する。彼の手は顔から耳、髪へゆっくりと場所を変えていく。――髪に何か付けている…?

「いいですよ。開けてください」
その言葉に従い、私は目を開ける。視界には微笑んだ怜くん。

「やはり、美しい…」
恍惚とした表情で私を見つめてくれる。え、嬉しいけどものすごく恥ずかしい……。


「えっ、な、なに…?」

プレゼントが何なのか気になって髪に触れようとする。
彼はそれをそっと阻止し、小型の鏡を差し出してくれた。

「っあ…髪…飾り?」

それは、紫を基調とした蝶柄の髪飾りだった。

「そうです。貴女に似合うだろうと思って、つい購入してしまいました。
やはり…貴女にはその髪飾りが良く映えますね…とても美しい」

「あ、あんまり、その、美しいって、言わないで…恥ずかしい、よ…。
で、でも…ありがとう。すごく、嬉しい」
嬉しさと恥ずかしさで顔を見てお礼を言うことは出来なかった。

「その、もうひとつプレゼントがあるので…また目を瞑ってください」
「…? いいよ」

彼の言葉に従い、また目を閉じる。
先程と同じように顔に手が触れた。そして、今度は顎へと移動する。やや間があった後、

「んっ…」

唇と唇が触れ合う感触。

「!!!!?」
身体中が熱くなるのを感じた。私の顔は真っ赤なんだろうな…。

「き、今日は貴女にからかわれましたからね。そのお返しですよ」
彼の顔を見ると、彼もまた、今まで見たことないくらい赤面していた。

「……これがお返しなら、私、たくさんからかっちゃうよ?」
「どっ…どうしてそんな恥ずかしいことを平気で言えるんですか貴女はっ…」
「さ!早く戻ろう!みんなお腹空かせて待ってるよー!」

わざと誤魔化し、手を伸ばす。動揺しているようだったが、彼もそれに応じ手を差し出す。
お互いのぬくもりを感じながら、私達は再び歩き出した。




伸 ば し たを 繋 い で

      ( 私 か ら の プ レ ゼ ン ト は 、 明 日 … ね っ ! )




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