白い狼は愛し方を知らない


起きたらいつもは夏輝の声で騒がしい部屋の中が静かだった。

「…誰かいないの?」
「あ、遥くん。起きたんだ」

リビングまで出たら、何故か連がソファーに座っていた。

「なんで君がいるの」
「さっきまで夏輝ちゃんたちとお喋りしてたんだけどね、夏輝ちゃんが買い物に行って、弥太くんと聡明さんはお散歩に行くからお留守番よろしくって」
「…そう」

ということは、しばらく夏輝たちは帰ってこない。
つまりはそれまで2人きり。
彼女のことは苦手だ。普段人の心の声が聞こえる僕が言えた台詞でもないけど、自分自身の心は分かっていないというのに、人の心が見える彼女には筒抜けになるのだから。

「…ごめんね」
「謝ったってしょうがないでしょ」

ほら、今だって考えていたことを読まれた。
…まあ僕だって“遥くんの心、なるべく読まないようにしなくちゃ”という彼女の心の声が聞こえているのでお互い様だけど。

「暇だから絵本でも読んでよ。君の声は好きだから」



「『お婆さんの耳はどうして大きいの?』『それはね、お前の声をよく聞くためさ』」

連の隣に座って、一緒に絵本を見る。
彼女の声は心地いい。嘘が混じらなくて、穏やかで。たまに眠くなるけど。
普通心を読めると聞いたら警戒する人が多い中、彼女の心からは警戒心が見当たらない。
反面僕は彼女が苦手だ。自分でも分かってない心が読まれるというのもある。でも他に理由はあるんだ。

「『お婆さんの口はどうして大きいの?』『それはね、お前を食べるためさ!』そして赤ずきんは」
「ねえ、一応男と2人きりなのに全く警戒しないんだね」
「え?」

きょとん、と彼女は絵本を読むことを止めた。

「僕なんかもやしだから警戒しなくてもいいと思った?」
「遥くん?」

苦手な理由はもう1つ。彼女といるとイライラする。
別に連に落ち度があるわけじゃない。

「男は狼なのよって、習わなかった?」

そのままソファーに押し倒した。
当然、連は混乱してるらしく心の声も混乱一色だ。

「…イライラする」

イライラする理由は、これだけは自分自身でもはっきり分かってる。
彼女が欲しいと思ってしまうから。
僕の世界はにーにしかいらないはずだったのに、彼女が欲しいと思ってしまったから。
ああでも、そんな僕の想いですら彼女には筒抜けだろうな。
――と、連を見たら目を閉じていた。

「何の真似?」
「…それは」

“お願い読まないで、って見えたから”

心の声の方が早かった。
確かに心の声が見えるなら、目を閉じたら見えなくなるんだろうけど。

「だからイライラするんだよ」

息がかかる位置まで顔を近づけて、彼女が目を開けるのを待つ。
それでも目を開けようとしないから首筋を舐めた。

「ひゃん!?」

初めて聞く声で、ゾクゾクとしたものが背中を駆けていく。
やっと目を開けた理緒は涙目でこちらを見た。

「何?」
「どうして、」
「読めてるくせに」

それなのに聞こえた心の声は、“お願い、泣かないで”だった。
僕が泣いてるだなんて、と思った矢先に頬に濡れた感触がした。

「君のせいだ。君のせいでただでさえ自分の心が分からないのに、余計にこんがらがってく」

にーに以外を好いてしまった自分が許せない。僕の世界はにーにだけだったのに入り込んでしまった彼女が許せない。こんな気持ちをどうしろというのだろう?

「ねえ、今君にはどんなものが見えてるの?」
「え?」
「見えてるんでしょ、僕の心。なら教えてよ、自分でも分からないんだ」 

涙がぼたぼたと彼女に落ちる。

「…とても混乱してるよ。あまりにも渦巻いてて目が疲れるくらい」

実際に目が疲れているようで、連はまた目を閉じた。
目を閉じたまま、言葉は続く。

「ただ、遥くんのことは嫌いにならないよ。心を読めるなんて普通じゃ気味悪がられるのに受け入れてくれたもの」
「それは利用価値があるからだよ。別に君を哀れに思ったわけじゃない」
「知ってる。それでも嬉しかった」

嘘偽りが混じらない声。やっぱり、彼女の声は好きだ。それは分かる。
それでも彼女のことが好きか考えると、頭がこんがらがってしまう。彼女が欲しいと思うこれは、きっと好意なんだろう。

「ゆっくりでいいよ」

いつの間にか目を開けていた連が微笑む。

「いつか答えが出たら教えて」
「君って本当にお人よしだよね」

そう言いながらも救われた気がした。

“どういたしまして”

その声がとても優しくて、泣くのを誤魔化すように彼女へ倒れ込んだ。



白い狼は愛し方を知らない



「ただいまっス!…どういう状況っスか?」

帰宅した夏輝が見たのは、連に覆いかぶさって寝ている遥の姿だった。

「お帰り。遥くん、寝ちゃって…」
「理緒さん、重く無いっスか?」
「大丈夫」

連が遥の頭を撫でる。遥の寝顔はとても安らかだった。

「毛布持ってくるっス!」

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お題:「男は狼なのよって、習わなかった?」

本職狼だしやろうぜ遥!ってことで遥。
遥はブラコンとヤンデレを併発させてる子だから誰かに恋したら情緒不安定じゃないかなーと思ってます。
…まあ最近ヤンデレはなりを潜めてるけど…。
心を読める同士の恋はちょっと大変かもしれないけど応援したいなーって。

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