とあるサッカー部員が見た皇帝とその彼女
「飛鳥さん、お疲れさまです」
「あぁ、お疲れ」
練習終わりに汗を拭いている飛鳥さんに声をかけた。
汗をかいているというのにどことなく爽やかに見えるのは、その整った容姿のお陰だろうか。羨ましい。
「今日は疲れましたね。俺家帰ったら速攻寝ちゃいそうです」
今日の練習はいつもよりハードで、家に帰ったら風呂入って飯食って即行布団に入ろうと心に決めていた。絶対ぐっすり眠れる。
「そうだな。だが、その前に課題や予習はやっておけよ」
「うえぇぇ…。…わかりました、頑張りはします……」
予習…そういえば明日は数学と英語がダブルで当たるかもしれないんだった。正直言って辛い。
葉陰の学力は県内でも高いと評判で、俺はよく入学できたものだと思う。多分中学受験時が俺の学力の最高値だったと言い切れる。
「飛鳥さんは毎日課題や予習やってるんですか?」
「まぁ、そうだな。走ったりする日もあるが…」
「練習後にですか!?」
俺には無理だ…と思わず声に出た。
体力面の強化は俺の課題のひとつでもあるが、あの鬼丸さんだって練習後に走ってるなんて話は聞かない。
「飛鳥さんって、苦手なものないんですか?」
聞くなら今だと思い、前々からの疑問を尋ねることにした。
俺の知っている飛鳥さんは何でもそつなくこなし、欠点というものが全く見当たらない。
「苦手なもの?そんなのいっぱいあるさ。ドリブルも速く走ることも苦手だぞ?」
「あれを苦手と言ったら怒られますし怒りますよ…」
確かに特別突出してはいないが、世代別代表としてプレイしていくことにも困りはしないレベルだし、神奈川の皇帝なんて笑いたくなるような通り名が似合うだけの実力とついでに容姿持った人だ。
そもそも俺なんかよりも格段に上手い。俺泣きたい。
「あと、料理や裁縫もしないから得意じゃないな」
全くできないわけではないんだが昔からやる機会がな…と続いた言葉に肩を落とす。
「得意じゃないのと苦手は違います…!」
あー、やっぱりこの人ずるいタイプの人だ。
マジかよ、こんな人実在したのかよ、二次元だけじゃなかったのかよ。
「飛鳥さんの…イケメン!最強!天才!あぁぁぁっ、欠点が見つからないーっ!」
「お、おい、声がでかい…!」
そんなこと知るかぁぁぁっ!
この俺の魂からの叫びに誰か共感してくれる人が来てくれることを望む。マジで。
神様ってもんがいるなら本当世の中不公平すぎる。
誰かこの気持ちを共有し合おうではないか。むしろ共有してくださいお願いします!
「うーん…天才の部分は特に訂正したいなぁ」
突然誰かの声が響いた。
その方向へ振り向くと、少し離れたところに制服姿の女の子が立っていた。
辺りは大分暗くなっているので、顔を確認することはできないが、少なからず俺の知り合いではないことは分かる。
「連、こんな時間までどうしたんだ?」
誰だろうと考えていると、飛鳥さんがその人物に駆け寄って行った。
呼ばれた名前は覚えていた。噂で聞いていた飛鳥さんの彼女さんだ。
「明日提出の課題あったでしょ?それ終わらせてたらこの時間になっちゃった」
「駅まで送る」
「いいの?ありがと」
飛鳥さんに彼女がいるという話を聞いた時は違和感しか感じなかったが、この様子を見るとお似合いでしかない。
こんなほぼ毎日部活漬けのサッカー部員に彼女ができることは正直言って珍しい。
できたとしても結局愛想をつかされて長続きはしなかったりするので、俺の知っている限りで長い付き合いを続けているのはこの人達くらいなものだ。
こんなところも飛鳥さんは羨ましいと思う。イケメンの人生イージーモードってやつですか。
「ところで、君」
彼女さんは飛鳥さんの体で隠れていた姿をひょこりと現し俺の前までやってくるとふわりと笑った。
「は、はい」
その顔に一瞬ドキッとしたものの、続いた言葉は表情と似合わぬものだった。
「享はね、全然天才じゃないよ」
「はい?」
我ながら間抜けな声がでたものだ。
葉陰サッカー部に飛鳥さんを天才じゃないと言う人なんているのだろうか。いいや、いないだろう。
それくらい上手く強いこの人の一番近くにいるであろう人が、何故こんな風に言うのか理解できなかった。
「享は元々そんなにサッカーが上手かった訳じゃないし。天才ってのは鬼丸くんみたいな人を指すの」
飛鳥さんは何も言わない。
彼女さんの言葉が事実だと言わんばかり――いや、それはつまり事実だということなのだろう。
「それでも享がここまで来たのは諦めるべきものと自分ができることをちゃんと見極めたから。享は所詮秀才でしかないってことだよ」
この人自分の彼氏を所詮って言ったよ。
言われた飛鳥さんは全く気にしていないようだけど、俺には衝撃的すぎる。
俺を含め葉陰サッカー部のメンバーはここで一緒にプレイしている飛鳥さんしか殆ど知らない。
だが、彼女さんは俺らが天才だと憧れる飛鳥さんがそうなるまでを知っている。
分かってないのは俺たちと言うことか。
「でしょ?」
「その通りだな」
彼女さんが飛鳥さんを見上げると、とても柔らかい笑みで微笑み合っていた。
普段飛鳥さんが俺らに見せるものとは全然違う表情だ。
そんな顔を見たのは初めてで、多分彼女さんだけに向けられる表情なんだと瞬時に悟る。
「…さて、部室から荷物取ってくるよ。少し待っててくれ」
「了解」
「お前も上がるぞ」
「あ、はい!」
彼女さんに一礼して飛鳥さんの後を追う。
まったく、お似合いのカップルとしか言いようがない。
真面目な話かと思いきや、多分盛大に二人の仲を見せつけられたんだと思う。
本当ごちそうさまでした。
とあるサッカー部員が見た皇帝とその彼女
駅に向かう組でまとまって歩きながら、俺は少し後ろを歩く飛鳥さんと彼女さんを盗み見る。
彼女さんの歩幅に合わせてゆっくりと歩く二人の指はいつのまにか絡まっていた。
「あ、享。この前突然の試合でデートキャンセルしてきた埋め合わせはこれで許してはあげないからね」
「わかってる。悪かったと思ってるから、そろそろその話題を引っぱるのはやめてくれ…」
相変わらず欠点は見当たらない人だけど、弱点は多分彼女さんなのだろう。
それがわかっただけで、飛鳥さんのことを今よりもっと憧れ、尊敬している自分がいることに気が付いた。
明日の練習もあの人を目標にして頑張ろうと思う。