くされ縁

「あー。まじだりィ。なんだ、五月って……、二で割り切れないくせによ」

たった今読み終えたばかりの週刊少年ジャンプを机に置き、男は言った。

「何うだうだ言ってるんですか、銀さん。さっさと仕事行きますよ」
「無理無理。やる気出ねーもん。お前、あれだぞ? 五月ってゴールデンウィークとか言って四月から地獄が始まった人たちにほんのひと時の安らぎを与えておきながら、中途半端な連休であるがために今後のやる気を削ぎ、夏休みまでの期間を休みなく馬車馬のように酷使される未来への準備期間なんだぜ? やってられねーよマジで」

坂田銀時は椅子に腰かけ、両足を机に投げ出してそこから動こうとしなかった。
万事屋である彼らには本日、依頼された仕事があるのだが社長である彼が「嫌だ嫌だ」と駄々をこねているので、従業員である新八も神楽も嘲りの視線を送りつつもお手上げ状態なのである。

依頼主との約束の時間まであと少し。
本日何度目かわからないため息が新八の口から洩れた時、来客を告げるチャイムが家内に響き、新八は応対のため玄関へ足早に向かった。

「新聞なら間に合ってますよー」と少女神楽が言う。


『やあ、来ちゃった!』

玄関から続く廊下から歩いてきたのは、江戸で私娼をしている銀時の昔馴染みである連だった。

「――ンだよ、お前か。何の用ですかコノヤロー。俺たちこれから仕事なんだよ、行きたくねーけど」
『特に用は無いけどなんとなく来てみた。今、新八君から聞いたけどあんたさっきからうだうだ駄々こねてるみたいねえ、いい年こいて恥ずかしくないわけ?』

連は手土産の夏みかんジュースを神楽に渡し、銀時の前で仁王立ちをする。
見下された銀時は眉間に皺を寄せ、「うるせーなあ」と言いながら連を睨み返した。

「やる気が出ねーんだよ、五月は俺にやる気も元気もサラサラストレートの髪も奪い去って行くんだよ」
『お前は五月を何だと思ってんだ。そもそもアンタにやる気も元気もストレートの髪もオールウェイズ備わってないじゃない。オールシーズンノーストレート、イエスモジャモジャ』
「モジャモジャ言うな! しかも無駄に発音良く言うんじゃねーよ腹立つ」

冷蔵庫に連からの手土産のジュース瓶を仕舞っている神楽が「モジャモジャ……」と何度か呟いた後ププッと吹きだした。
銀時はその様子が気に入らなかったのか、目の前のジャンプを神楽に向かって投げつける。
――クリーンヒット。

ジャンプの角が当たった神楽は仕返しだと言わんばかりに、力任せにそれを銀時に投げ返し、銀時もこのようなことは日常茶飯事なのかスッと首を横にずらし尋常ではないスピードで飛んでくるジャンプ(角の方)を避ける。
彼の後ろの窓格子にめり込み、木々の破片がパラパラと床に落ちた。

連はその様子を冷や汗を浮かべながら見、呆れながらため息を吐いた。

『……じゃあ何、元気が出るようなこと言えばいいわけ?』
「そう! 俺を奮い立たせるようなやつ!! お前遊女だろ、男の喜びそうな言葉の一つや二つ言うのなんざ朝飯前だろうが!!」

お前今の見ただろ、ここにはツッコミしかできない人間かけた眼鏡と食うことしか頭にねー怪力チャイナ娘しかいねーんだから。ちょっとは俺を立ててくれてもいいのにさー、こいつらと来たら……。
と、銀時。
横で「人間かけた眼鏡ってどういう意味だコラ!」と新八が反論しているが、銀時は気にも留めない。

『そもそも褒める点なんて、あんたにあったかしら。身体の丈夫さくらいじゃない?』

連から発せられた毒矢をもろに受けた銀時は、打ちひしがれ言葉を失くす。
しばらくすると、「ソーデスネー。どうせ俺ァ大した男じゃございませんよ。一応吉原の救世主様なんだけどなーあー。まあ、それも身体が丈夫じゃなかったらできませんでしたよ、はい」と、子どものようにいじけている銀時に(面倒だな……)と思った連は、小さくため息を漏らし、しばらく考え込んで、彼の求める「鼓舞の言葉」を探した。
椅子の上で膝を抱き始めた銀時は無言で連にタイムリミットを与えているようで、グルグルと椅子を回し始める。
視界にチラつくいい大人がいじけた姿に青筋を浮かべ、彼女は単語を選ぶことをやめて頭に浮かんだ言葉を口走った。

『銀時の、…………イケメン』

沈んでいる銀時はぴくっと聞き耳を立て、少しだけ顔を上げる。
遠心力で回り続ける椅子が少しスピードを落とした。

『ドS! 侍! えーっと……銀髪! 白夜叉!
(昔は)最強! (手抜きの)天才! わあー、欠点(しか)ないねー!』
「やめろー! おーい、聞こえてっから。括弧の中聞こえてっから!! へたくそ」
『わー、すごいね、読心術。さすが救世主サマ』
「俺は励ませって言ったんだよ、誰が追い討ちかけろって言った!?」

「あーもうやってらんねー!」と言い放ち、銀時は椅子から立ち上がり木刀を腰のベルトに差し込む。
ったくよー、クソアマー、等と悪態を吐きながら着実に玄関へと足を運んで行った。

『夕飯作っておくからそれまでには帰ってきてよー』
「うるせー! 帰れ、お前ほんとに! 行くぞ新八神楽!」

居間で手を振る連に新八が、
「なんだか奥さんみたいですね」と銀時にも聞こえるように言った。

「行ってくるヨ、マミー!」
『いってらっしゃい神楽ちゃん、新八君。お父さんのことよろしくねー』

銀時は引き戸をぴしゃりと閉めて、大きな足音を立ててアパートの階段を下りる。

「あんな女願い下げだ、バカヤロー!」

ぐしゃぐしゃと乱暴に掻きまわした銀髪からわずかに覗く彼の耳が赤くなっているのを新八には後ろから見え、小さく笑った。
ふと上を見上げると、窓際で連が三人に手を振っており、神楽が大きく振り返した。


 
 







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