すきときもいは紙一重
廃墟と化し、薄気味悪い黒曜ヘルシーランド。誰もが訪れるのを拒む場所。
そんな場所が、私にとってはお気に入り。毎日のように足繁く通い、主に犬ちゃんと千種…それとうん、もう一人と…一緒に過ごしている。それは今日も同じだった。所々破け、軋んだスプリング音が規則的に聞こえるソファに腰掛け、犬ちゃんと千種と楽しく雑談に興じていた。
すると、一体何処から湧いて…否、やって来たのか、骸がいつの間にか私の隣に陣取り、
何時にも増してにこやかに話し掛けてくる。狭いソファだから、強制的に犬ちゃんと千種は追いやられてしまった。なんてことするんだ…。せっかく楽しい時間を共有していたのに。
「クフフ…こんにちは、連。今日は何時にも増して可愛らしいですねぇ」
…このパイナップルはすぐ歯の浮く台詞を言う。
最初こそ戸惑ってどぎまぎもしたが、今ではもうすっかり慣れた。
さり気なく太腿を撫で回す彼の手をぴしゃりと払い落とし、気のない返事を送る。
「え?あぁ、どーも」
こういう台詞は軽く受け流すのがベストだ。
過剰反応してしまうとこの男の変態の血が騒ぐらしい…。以前は酷い目に遭った。
思い出したくもない雑念を振り払おうと、思わず首を横に振るう。
「ところで…今日が何の日か、連は覚えていますか?」
出し抜けに、骸がそう問い掛ける。
……え、今日何の日だっけ? 全然思い出せない。
変に知ったかするのも面倒臭いし、素直に答えることにした。
「ごめん、覚えてないや」
「っ…!?ほ、本当に…覚えてないんですか…」
あ、珍しく骸が動揺してる…え、何、今日ってそんなに重要な日だっけ?
頭の隅の記憶まで呼び起こしてみるけど…記憶に無い。
「…う、ん…ごめん」
「………今日は…僕の…誕生日、です、よ…」
骸は心底落ち込んだ様子でぼそりと呟いた。
…あぁ…そうか、そう言えば今日は6月9日か…。
思い返してみれば、最近の骸、頻繁に誕生日のこと話題にしてた気がする…。
流石に申し訳ない気持ちが芽生え、気まずさから伏し目がちだったが、素直に謝る事にした。
「あー…ごめん。中間テストとかいろいろあってさ…すっかり」
ふと顔を上げると、骸はクフンクフン言いながら鼻を啜り、目尻を手の甲で拭っていた。
全体的に女々しさを醸し出している。うわ、なにこいつ…本当気持ち悪いな…。
骸は先生達をマインドコントロールしてテスト強制免除してもらったからいいけど…。
こっちは一生懸命勉強しなきゃ乗り切れなかったっての。正直私の学力では他のことを考える余裕は、なかった。
「……許しません。僕が今日という日をどれだけ楽しみにしていたか解りますか?大体貴女は僕のことを本当に愛しているんですかいつもいつも求愛するのは僕ばかりそろそろ貴女の方から甘く扇情的に誘ってくれてもいいじゃないです」
「あーはいはい…じゃあ、どうしたら許してくれるの?」
骸のマシンガントークが私を襲う。最後まで聞いていてもきりがないので話を遮って聞き返す。
「貴女のその可愛らしいお口で、僕の事を誉め称えてくれたら…許してあげてもいいです…」
「は?」
一瞬、唖然とする。
何を言っているんだこの脳内パイナップル畑野郎は…。
「えー…面倒臭い」
「じゃあ、もう許しません」
骸はそう言うと、あからさまに頬を膨らませ、ぷい、と顔を背けた。そして部屋の隅までスタスタと足早に移動し、体育座りをし始める。分かりやすくいじけている。とことん面倒臭い奴だな…。呆れを通り越して悟りの境地までいってしまいそうだ。
「連、連っ…!」
名前を呼ばれ振り返ると、後方には犬ちゃんと千種が佇んでいた。犬ちゃんがしきりに手招きしている。それに応じ2人の元へ向かう。
「…? 何、犬ちゃん」
「…ここは、骸様の言う通りにした方がいいびょん」
「えー…なんで? やだよー言ったら骸付け上がるじゃん」
「…言わないと余計面倒臭いことになる。連は、それでもいいの?」
「うっ…」
確かに、千種の意見は的を射ている。ここは素直に従っておくべきか…。
ある種の覚悟を決め、骸の元へとゆっくりと歩を進めた。
「…あの…骸?」
躊躇いがちに、骸に話し掛ける。
「…なんですか、連」
「骸の…イケメーン、最強ー、天才ー、完全無欠ー。わーん欠点なんて無いよー、愛してるー……これでいい?」
「……あんな棒読み初めて聞いたびょん…」
「…俺も」
背後からそんな声も聞こえたけど…まぁ、気にしない。要望には応えたんだもの。
「…全く」
骸は溜め息を吐きながらそう切り出す。やっぱり棒読みは癪に障ったかな…。
「全くもう、連は素直じゃないんですから…!僕のこと、そんな風に思ってくれていたんですねっ…!クフフフ、わかっていましたよ。貴女は本当にいじらしいですね…」
あ、ちょろい。
…まぁ、言った事の半分も思ってないんだけど。ここは空気を読んで言わない事にしよう。
「嗚呼…連愛してます」
「……ありがと」
骸は私を優しく抱き締め、耳元で本当に幸せそうに囁いた。
気持ち悪いし、自意識過剰だし、鬱陶しい奴だけど…悪い気は、しない。
「こうして生き続けていなければ、貴女と巡り逢うこともなかったでしょう」
「……そう、だね」
骸は、名残惜しそうに私を自身の身体から離すと、腕に抱いたまま愛おしいとでも言うように私の頬を何度も撫でる。
「現世に生きることに最早意味などないと諦観していましたが…」
沈黙する私に構わず、骸は言葉を続ける。
「貴女と…連と出逢えて…今は、生きていることが、こんなにも楽しい」
そう言うと、骸は彼に似つかわしくなく、くしゃりと笑った。笑っているはずなのに、何処か切なげで、儚げで。何だかズキン、と心が痛んだ…気がする。その時私は何を血迷ったのか…骸の唇に、自分の唇を重ねた。
「っ…連?」
骸は心底驚いているようだった。私も驚いている。本当に衝動的だった。
「いや…その、確かに、誕生日忘れてたのは、私が悪いかなって…思って。プレゼントも、用意出来なかったし…さ」
後付けの理由を口籠りながら紡いでいく。
「後でプレゼントは用意するからさ。…今日はこれで勘弁してよ、ね?」
「無理です」
「え」
プレゼントは…そうだな、チョコレートとテディベア…否、皮肉を込めてパイナップルでも贈れば良いか。
…そんなことを呑気に考えていたら即答で拒否され、意表をつかれた。
「今のは明らかに誘ってますよね」
「え、いや、そんなことはな」
「…誕生日なんですよ? 少しくらい我儘を言ってもいいでしょう?」
「うぅ…」
その言葉には、今、弱い…。嗚呼これは嫌な予感しかしな…
そう思った瞬間には、俗に言うお姫様抱っこで抱え上げられ、抗う事も出来ずに粗雑なソファに押し倒されていた。
「…後日プレゼントはいりません。プレゼントは連でいいですから」
「え、ちょ、まっ…!」
「…いっぱい奉仕してくださいね?」
微笑みながらそう言うと、骸は事も無げに私の制服に手を伸ばし始める。
…どうやら、今日も彼に襲われるらしい。何だかんだ言っても本気で抵抗しないあたり、私はやっぱり骸のことが――
すきときもいは紙一重
(…すき、なのかもなぁ)