ごめんね片想い

「連、山本君と付き合ってたなんてなんで言ってくれなかったのー?」
『……え、なにそれ、初耳なんだけど』
「まーた、はぐらかさないでってば。噂になってるよー?」
『そもそも山本って誰よ、どこの山本よ』
「山本君って言ったら、野球部の1年の山本君よ」

――――なんだ、それは。

卒業式を明日に控えた3月某日。
2週間くらい前から突如として学年内にカップルが多く成立し始め、浮いた話で教室内が盛り上がっていた。
高校受験を終え、中学校で最後の気持ちを伝えるためだろうか、高校生活に慣れてくれば余程じゃない限り自然消滅することは目に見えているのに……。

私にはそんな浮ついた話など関係ないとひとり、達観を決めていたのに今朝自分の席に着いた途端、友人がニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら私の席にやってきて、あの衝撃発言をしたのだ。

山本武は野球部1年生ルーキーであり、入学当初に屋上からの飛び降り自殺(未遂)を起こしたことで学校中にその名が知れ渡っていた。
そんな彼と私が付き合っているなどという根も葉もない噂がなぜか流れているらしい。
一体どこのどいつがどの状況を見てどういう根拠をもってその噂を流したのかを徹底的に問い詰めたい。小一時間問い詰めたい。そして校内放送で撤回させたい。

「みーんな知ってるよー? もー、隠さなくたっていいのに」
『残念ながら私と彼はそういう関係じゃないし、その噂正しくないよ。ガセだよガーセー』
「うっそー、だって野球部の子から聞いたんだよ? 山本と連は付き合ってるって」
『当の本人が無いって言ってるんだから無いでしょーが』

友人は私のあまりの否定様に納得したのか、つまらなそうに頬を膨らませてこの話を終わらせた。
「人の噂も七十五日」というが、75日間ももうこの学校にいないので放っておいてもいいと思ってその場を乗り切ったが、この後も会う度会う度クラスメートや友人たちに囃し立てられるのは我慢ならず、とりあえずこの事態をどうにかしようと山本武にメールをすることにした。


◇◇◇


「連先輩からメールくれるなんて珍しいっスね」
『事は非常事態だ、山本君』

休み時間に山本君を人気が無い階段に呼び出した。
屋上へ続く階段は人気がなく、少し前まで不良たちの溜まり場になっていたのだが風紀委員たちにより去年あたりに制圧された。

『私と君、付き合ってないよね』
「……え、そうっスよ。なんスか先輩。いきなり、先輩らしくないっスね」

あまりにも多くの人に訊ね聞かれるものだから、私が把握していないうちにもしかしたら山本君とそういう関係になっているのではないかと、内心疑問や焦りを抱き始めていたが、どうやらそんなことはないようだ。
私はほっと胸を撫で下ろす。

『私と君が付き合っている、とかいう根も葉もない噂に今日は翻弄されまくりなんだって』
「あー、そのことっスか」
『山本君は無いの?』

「俺もちょっと前から……、」と言って苦笑している山本君もこの謎の騒動の被害者だ。
明日でこの学校とはおさらばの私とは違い、これからもしばらくこの噂に付き纏われるであろう彼に哀れみを感じた。

『まあ、放っておけばそのうち収まると思うから否定して回るなりして乗り切ってねとしか言えないんだけども……。なんか山本君にも、君のファンにも申し訳ないね、私なんかとこんな噂なんて……』
「俺の方こそ……っつーか、その、俺は逆に嬉しいんスけどね!」

彼ははにかみながらそう言った。
私は彼のあの笑顔を見るのは久しぶりだった。
そういえば文化祭が終わって受験期間に突入してから今までずっと会っていなかった。

『君のそういう気を遣えるところ、偉いと思うよ』

――私は、彼を好きではない。
確かに後輩として可愛がってきたが、彼を恋愛対象として見たことは一度もない。
ライクであるが、ラブではない。
私は自分に言い聞かせるように、自分の真意を脳内で復唱した。
普段はこんな私にもよくわからない感情を抱くことなどなかったのに、私の真意など私が一番知っているはずなのにどうして今更確認なんぞしているんだ、馬鹿らしい。

そうだ、今日は朝から変な噂で持ち切りだったから頭が可笑しくなっているのだ。
一体誰だ、こんなくだらない噂を流したのは……。
私が沸々と湧き上がってくる怒りを感じていると、ずい、と山本少年が近づいてきた。

「んじゃー、ご褒美にそれください」
『それってどれ』
「先輩の校章っス。あ、もしかしてもう誰かにあげる予定あったりします?」

それ、と言って彼が指を指したのは私のブレザーの襟に付いている校章だった。

『いや、別に無いけど……たぶん』

特に気にしていなかったが、もしかしたら美術部の後輩にそんなことを言われていたような気がしなくもない。
しかし、私は特別誰に贈与したいという希望があるわけではないので誰の手に渡ろうが私はよかった。

「たぶんって何スか、もー」
『いやー、言われていたような気もしなくないなと思ったけど……早いもん勝ちだよね』

私にそんな価値があるのかは甚だ疑問だが。

「じゃ、俺予約で! もし他の人がほしがってもあげちゃだめっスよ」

卒業式終わって、見送りのアーチが終わったらすぐ行きますんで! と少年は言って階段を降り1年生の教室がある1階へと去っていった。
去り際に彼が小さく何かを言っていた気がするが、階段を降りる軽快なリズムに掻き消され私には聞こえなかった。





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