両頬に福音

「何故レンは私たちを買い物の荷物持ちに連れ出しているのでしょうね、私」
「俺の記憶が正しければレンは、今日恋人とデートだったはずだが、俺」
「誘ってOK出したのはそっちでしょ。あと察しろ」

NY某所の午後、両端を双子に挟まれて歩くレンはため息を吐いた。
双子に紙袋を持たせ、見様によっては双子をいいように使っているようにも見える。
しかしその顔は晴れない。


ルノラータ・ファミリーの護衛係は3チームに分かれ、交代でボスであるバルトロやその家族の護衛をこなす。そして1つのチームは必ず非番になり、ガブリエルとジュリアーノ、そして双子と同じチームであるレンも本日は非番だ。
双子は今日の非番をどう過ごすか話し合っていたところ、ぶすっとした表情の彼女から『買い物に付き合え』と誘われたので、今こうして3人は買い物をしている。


「そういえば昨日誰かが話していたな、レンは恋人に浮気されて恋人をボコボコにしたと」
「ええ、私も聞きました。なんでも骨を2、3本折ったとか」
「その通り」

じとっとレンは双子を睨む。
浮気さえなければ今頃恋人と買い物を楽しんでいるはずだった。
恋人の骨を淡々と折ったことは、今でもありありと思い出す。

「恋人はカタギの人間だったんだろう?銃創や弾痕、その他もろもろの傷跡をどう説明してたんだ?」
「父親から虐待を受けてた時の傷、で無理矢理通してた」
「それは無理があるというものでしょう。よく1ヵ月も続きましたね」

護衛係ということは、弾除けの盾になるということ。
レンは特に女性ということで舐められ、一番撃たれているはずなのだが未だに命を落としていない。
その代わり彼女の体には傷跡が数多く存在している。顔に傷が無いのが奇跡、と言う同僚もいた。

「やっぱ背中の開いたドレス着れないってのは女として致命傷かな?」
「その前に袖のない服も着れない程度だったと記憶してますが、私」
「そうだな俺。仕事中はいつもスーツだから関係ないが」
「たまにはお世辞でもいいから『それでもレンは綺麗』とか言ってよ」

カブリエルとジュリアーノはそれを聞いて互いに肩をすくめた。
その仕草で眉間に皺を寄せたアシュリーは恋人との修羅場のことを思い出したのかさらに続ける。

「大体!私は傷跡ごと愛してほしいの!『君の傷跡が気持ち悪くて女として見れない』って何なの?『この傷跡は君が頑張ってる証拠だ、だから綺麗だよ』って言ってほしいのに…」
「なら、なおさらカタギの人間は無理でしょう」
「まあ待て俺。レンはそれに気付かないくらい馬鹿だ」
「ジュリアーノ。誰が馬鹿だって?」

その場で彼らの骨すら折りそうな殺意をにじませる彼女を前にジュリアーノが黙る。
ただしジュリアーノの言いたいことはガブリエルが引き継いだ。

「カタギの人間が無数の傷を見慣れてると思うんですか?そんな傷のある女はそれこそ裏稼業って宣言してるようなものだと気付いてください」
「…うぬぬ…」

彼の正論にぐうの音も出なくなったレンはため息を吐いた。
先ほどから繰り広げられる物騒な会話は、幸い通行人の耳に入ることは無かったらしく、ただ双子を連れて歩く図だけが目立つらしく彼らは先ほどから視線を集めている。
そしてそんな視線を意に介さず、彼らはまた会話を再開した。

「傷ごと受け入れてほしい、というのならせめて裏の人間を選んだ方が賢明だろ」
「そうですね、私。問題は弾除けという役割ゆえ早死にしそう、と油断して浮気する輩がいるかもしれないということですが」
「裏の人間ならその場合は非番の日を選んで殺す。文句なんて言わせない」

非番の日は、ルノラータに敵対しない限り何をしてもいいというルール。
確かにレンならそれを利用して恋人を始末しかねない。

「…ならもう少し絞って、まだ仕事に理解あるファミリー内の人間はどうですか?」
「その手があった…」
「むしろなんで気付かなかったんだ?」
「レンだから仕方ありませんね」

再び馬鹿にされている発言に彼女は苛立ちを覚えたのが、ふととあることに気付く。


「いや、ファミリー内はいいけど…そしたらあんたたちも恋愛対象に入るよ?というか同じチームだし仕事への理解は人一倍だし…」


思わず双子は顔を見合わせて、同時に吹き出した。
そして同時に喋る。

「レン、さすがに俺と『俺』にも選ぶ権利がある」「レン、さすがに私と『私』にも選ぶ権利がありますよ?」

見下されたような気がしてレンは殺意を募らせた。
そんなつもりで言ったはずではないのだが。

「ファミリー内を恋愛対象として見ていいなら、ってことでしょ!?別にあんたたちなんかどうでもいい!」

そう怒った後余計情けなくなり、彼女はみるみる意気消沈する。

「…というか、気晴らしに買い物してたはずなんだけど、なんで余計惨めな思いしてんのよ」
「どうやら俺たちは余計追い込んだらしいな、俺」
「傷口に塩を塗りたくるようなものでしょうね、私」

じとりと双子を睨む気力すら無くなり、本格的にレンは落ち込んでるようだ。
ガブリエルとジュリアーノは目配せしながらレンへ少し屈む。

「?」

どうしたの、と彼女が尋ねる前に、ちゅっと両頬にリップノイズが響いた。
2人から頬にキスされたと気付いてレンはぽかん、と双子を見た。

「悪かったな、レン」
「私と『私』からの謝罪の気持ちです」
「え、ありがと…」

うふふ、とレンが笑う。
すぐ彼女は機嫌を直すと、とても嬉しいらしく双子を交互に見て言った。

「ガブリエルとジュリアーノからキスか…。男を手玉に取る悪女になった気分」
「そう言ってるうちはまた浮気されると思うけどな、俺」
「私も同意見ですよ、私。大体キスって頬でしょう」
「いいの!よし、買い物続けるよ!」



両頬に福音



翌日、レンが今日のことを同僚に話し、紆余曲折を経て『ガブリエルとジュリアーノがレンを取り合ってる』という噂が流れる。
すぐに『いやレンは馬鹿ってあいつらが一番よく知ってるだろ』という意見で収まったのだが、しばらく3人は奇異の目で見られたのだった。


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あとがき

ちゅーで甘いの書きたくない絶対死ぬ!と思ってじゃあ、と書いたやつ。
この3人はいつまでもこんな感じ。きっと一番大事なのは護衛対象のバルトロやカッツェなのだから。
馬鹿な子を書くのは楽しいしバッカーノは馬鹿ほど馴染みやすいんじゃないかと勝手に思ってる。ヒャッハァ!


12月課題(固定:ちゅー 選択したのは道と昼)

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