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「……なぁ、アンタ何してんの?」

私もそりゃ女の子ですから、夢の1つや2つ見るわけですよ。
もちろん、壁ドンも例外なく、いつかしてくれる人はいないものかとも思っていた。
思っては、いたんだけど。
後ろには壁、横には腕、目の前にはとってもいい笑顔を浮かべている花礫。
どうしてこうなった。
絶体絶命大ピンチ。
私は例によって今をときめく壁ドンをされているわけだが、ときめきなぞとてもじゃないが感じない。
むしろ、滅多に笑わない花礫が笑顔を浮かべていることが怖すぎて冷や汗さえ流れる。

「な、なにって…何も?」
「何も、ねぇ」

花礫の笑みが深まる。
まずいまずいまずい。
逃げ場のないこの状況は非常にまずい。
戦闘員でもあるので、力技でねじ伏せれば逃げられないわけじゃないのだが、さすがに一般人である花礫には手をあげることが出来ない。
與儀のバカ!
なにが大丈夫だよ!
この場にいない與儀に心の中で悪態をつくが、状況は一向に改善しない。

「そもそも貳號艇に壱號艇のアンタがいること自体、おかしいだろ」
「ち、ちょっと寄っただけだよ。貳號艇のほうが近かったし」
「ふーん」

納得できてないようで、花礫の眉間に皺が寄る。
眉間に皺が寄ってるよ、と眉間をそっと触るとご丁寧に壁についてない手で触んなと払われた。
器用なことできるのね…と感心していると、花礫は1つ溜め息をついた。
そんな花礫と視線が交わる。
ドキドキと胸が高鳴るのは、花礫の整った顔が近くにあるからだろうか。

「……すぐ帰んの?」
「いや、朔ちゃんが迎えに来るまで待機だよ」
「あっそ」
「……?何?もういいでしょ!離れて!向こうで无が待ってるの!」

花礫の肩を頑張って押してみるがびくともしない。
腕輪の力を借りてないにしろ男女の体格差がこんなにも出るのか…と愕然とする。
花礫の真似をし、私も1つ溜め息をつくと

「連ちゃーん!…ってあれ花礫?」
「无!」

あんまりにも来ないので痺れを切らし、私を探しにきたであろう无の声が聞こえた。
私は、无に助けを求めるように名前を呼ぶと、无は状況を理解し、あわあわとし始める。

「え、え?だ、ダメだよ花礫!ケンカしちゃ!」

无はそういうと力いっぱい花礫の服を引っ張った。

「ケンカじゃねぇよ」
「け、ケンカじゃないの?よかったぁ」

ほわっとした笑顔を浮かべた无を見て、舌打ちをする花礫。
花礫はそのまま壁から手を離し、私から離れた。
あああ、よかった。
やっと解放された…。
そんな安堵の表情が気に喰わなかったのか、花礫は私を睨みつける。
が、すぐに何かを思いついたように、口を開いた。

「なぁ、无。なんでコイツここにいるか知らねぇ?」
「だって今日花礫のたん「あ!!!」」

私は、無邪気に私の目的を告げようとした无の声をかき消すように声を上げ、慌てて口を塞ぐ。
もごもごとまだ无は何かを喋っているが、无を抱え廊下を一目散に飛んだ。
途中で、羊さんの『廊下を高速で飛ぶの禁止メェ』と言った声が聞こえたのを機にスピードを緩め、着地した。

「び、びっくりしたぁ」
「ごめんね、无。でも私もびっくりしちゃったよ〜まさか花礫に言っちゃうとは思わなかった〜與儀に内緒って言われなかった?」

そう私が言うと无は目を丸くし、そうだったとぽつり呟いた。

「ご、ごめんなさい!」

无は私を見上げると、勢いよく頭を下げた。
私はしゃがみ込み、无の肩に手を置くと出来るだけ優しく笑う。
そして无の白いふわふわした髪の毛を撫でまわした。

「大丈夫、たぶん気付かれてないよ」

「あ!无ちゃん、連ちゃん準備できたよ〜!花礫くん呼んできて〜」
「はーい!」
「あ、じゃあ僕呼んでくるね」

「連ちゃんはプレゼント持ってきた?」
「うーん、何が欲しいのかわからなかったから今日聞いて後日にしようと思って」

そっか〜と笑った與儀は、先ほど私が无にしたように私の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわした。

◆◇◆◇◆

花礫に隠れて準備していたバースデーパーティは、大成功。
无が連れてきた花礫は到着と同時に鳴らしたクラッカーと揃った壱・弐號艇のメンバーに、目を丸くしていたが、少し顔を逸らして一言、

「…輪も暇だな」

と呟いた。
でも私の位置からはばっちり見えていた。
嬉しそうに上げた口角が。
花礫も素直じゃないんだから、と私は呆れながら笑った。



「おーい、連〜帰るぞ〜」
「はーい」

そんな楽しいひと時はあっという間に過ぎ、弐號艇をお暇する時間がきた。
その前に今日の主役であった花礫に一言言ってやろうと周りを見渡す。

「おい」

後ろに振り替えると、そこには少し不機嫌そうな花礫が立っていた。
つかつかと花礫は私の2歩前まで歩き、止まる。

「帰んだな」
「うん、明日も任務もあるしね〜んじゃ、行くね〜」

ハッピーバースデーと伝えて帰ろうとするが

「あ、おい」

花礫によって阻まれる。
何かこれ以外に花礫に用はあったかな、と考えるが一向に思い出せない。
私は首を傾げると、花礫はまた溜め息を吐いた。
溜め息、吐きすぎ。

「その…アンタは、ねぇの?」

おずおずと言われたそれは、プレゼントの催促。
私は、あぁと1つ手を打つとそうだそうだと言葉を続けた。

「あ!そうそう、何がよかったか全然わからなかったから、聞こうと思って。プレゼント何がいい?」
「……」
「なければ今度までに考えといて〜」

私はそういって、私を待ってくれている朔ちゃんの元へ向かおうとしたが、足が進まない。
原因はわかっている、花礫に掴まれたこの右腕だ。

「花礫?」

今までの花礫では考えられない行動に、私は内心とても驚いていた。
甘えたくなったかぁ?と冷やかそうかとも思ったが、私の腕を掴んだまま離さない花礫が何を思っているのか全然わからず、その言葉は出なかった。
何かを言おうと開かれた花礫の口からも言葉は出ない。
そのまま少し顔を歪め、花礫は俯いた。
何ともいえない間が空く。

「…何でもいいのか?」

ぐっと花礫の腕を掴む力が強まる。
顔を上げた花礫の目は、覚悟の決まったようにまっすぐと私を見ていた。

「う、うーん。まぁ私が準備可能な…」

言葉が続かない。
ちゅっとリップ音がやけにクリアに聞こえた。
目の前には花礫のにやりと笑った顔。

「ごちそーさん」

そう呟いた花礫の声は、喰くんやイヴァさんの声にかき消されて私の耳には届かなかった。


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(…花礫って私のこと好きだったの?)
(バカで鈍感だよな連って)



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