不治の中毒症状を
今日は2/14。巷では"バレンタインデー"と呼ばれ持て囃されている。
でも、俺にとってはそれだけではない。だって今日は俺の――
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バレンタインデー。女子が男子にチョコレートを贈り想いを伝える日。
その所為からか、学校全体が異様な空気を纏っていた。それは俺のクラスも例外ではない。
俺の机の周りには、紙袋が複数置いてある。中身は小さくて可愛らしく包装してある小包。登校して靴箱を開けた時から放課後の今まで、何度見、渡されたことだろう。嬉しい反面、どうして俺がこんなに…と思う。俺なんかより、宍戸さんの方が男性としてとても魅力的だと思うんだけど…。
一人物思いに身を投じてると、紙袋をしげしげと眺めていた友人が茶化すように声を掛けてきた。
「鳳、お前今年も凄い数だなぁ。1個くらい俺に恵んでくれよ」
「だーめ。渡してくれた子たちに失礼だろ。
それに、傍から見たら男の俺から貰ったって思われるよ?」
「うっ…それは、まずいな…変な噂立っても困るし…」
「ははっ」
そのまま友人と他愛も無い会話に興じる。
その最中、教室のドアが勢い良く開く。それと同時に
「長太郎!」
自分の名前が大呼された。突如呼ばれた自分の名に驚き、びくっ――と反射的に肩を竦める。恐る恐る声のする方へと振り返る。と、そこには俺の愛しい彼女の姿があった。彼女、田中連は、つかつかと俺の元まで歩み寄る。
「…ど、どうしたの?」
明らかに不機嫌そうな彼女に、俺は戸惑いがちに答えを返す。
「ちょっと、来て」
そう言い終わるなり、連は強引に俺の手を取り、ドアへと歩みを進める。
「うっ、わぁ!ちょちょっ、ちょっと連!?」
彼女に手を引かれたまま、俺は慌ただしく教室を後にした。
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「…連、あのさ…ど、どこ行くの?」
返事はない。教室を出てからずっとこの調子だ。何度話し掛けても応じてくれない。どうやら俺は彼女を怒らせてしまったらしい。俺、連に何かしたのかな…?皆目見当がつかないのだけれど…。
先導され、行き着いた先はシアタールームだった。このシアタールームは、中等部の視聴覚室の老朽化に伴い高等部との合同施設として建設されたものだ。最新の音響設備が整っていることから隔週でオペラや映画鑑賞会が開催されている。今日の催しはないらしく、人の気配はない。
「ねぇ、連。ここって、勝手に入るのはまずいんじゃ…」
控えめな制止も聞かず、連は俺の手を引いたまま構わず中へと足を踏み入れる。
中へ入ると照明が自動的に点灯した。間接照明の淡くほんのりとした煌めきが心地よい。
「うっ、わぁ!」
と、不意に身体を強く押され頓狂な声を出してしまう。押された衝撃で付近の壁に追いやられたかと思うと
バンッ――
連は勢い良く壁に両手を付け、こちらを見遣る。突然の出来事に思考が追いつかない。動揺でただただ閉口する。え、これ、所謂壁ドンってやつだよね…?こういうのって普通男の方からするんじゃない
「長太郎」
「は、はい…」
上の空だった俺にぴしゃりとした連の声が届く。連の有無を言わせない口調に、ごくり、と息を飲む。彼女から目を逸らすことが出来ない。
「私は、怒っています」
「そうみたい…だね」
「……」
長い沈黙。耐え切れず言葉を紡ぐ。
「俺、何かしたかな…?」
一瞬の沈黙。またこちらから声を掛けようか逡巡していると、連の口が微かに動いた。
「のよ…」
「え…?」
「どうして女の子からプレゼント受け取っちゃうのよ」
「え、あ…そのことかぁ…」
彼女の言葉を聞いて、漸く合点がいった。
「やっぱり、人の好意を無下には出来ないよ…」
言い訳がましいかもしれない。それでも、真実を述べることにした。連の次の言葉を待つ。暫く間を置いて彼女は口を開く。
「私も、大勢の女の子と一緒なの?」
先刻までとは打って変わって弱々しい彼女の口調に、俺は呆然とする。
「え…」
その言葉を皮切りに、連はとつとつと話し出した。
「長太郎、誰にでも優しいから…私不安で仕方ないの。笑顔で他の女の子からプレゼントを受け取る長太郎見てたら…辛くて。長太郎のこと、独占したい、とか、思っちゃって…ば、馬鹿だよね、私。こんなことで怒っちゃって…ごめん、ごめんね」
今にも泣き出しそうな連。そんな連を見て、彼女の言葉を噛み締める。
「そ、それってさ…」
期待を込めて、言葉を繋げる。
「嫉妬…して、くれてるの…?」
連はまで真っ赤に染めた後、伏目がちにゆっくりと頷いた。
「う、わ…」
そんな彼女を見て、自然と自分の身体も熱を帯びていく。そんなに俺のことを想ってくれていたなんて…。気が付くと、俺は連の手を壁から離し、逆に彼女を壁に押しやっていた。連の背が壁にとすん、と音を立てて付く。
「一緒な訳、ないだろ…」
「っ…!?」
咄嗟のことで連も動揺しているようだった。
「…連は俺にとって特別な存在だよ。
今日受けた告白も全部断った。大切な人がいるからって」
その言葉を聞いて、彼女はほっとした表情を浮かべた。
「そっか…ありがとう、長太郎」
「こっちこそ、誤解させるようなことして、ごめん…」
「うん…」
だから、もう気にしないで、と彼女は優しく微笑んだ。
「そういえば…さ」
そう言い、俺は目の前の連をまじまじと凝視する。俺と彼女の身長差は20cm以上。
彼女は自然と上目遣いで俺の顔を見据える。身長が高いことに特別関心はないけれど、こういう時は役得だな…とつくづく思う。彼女の上目遣いは、俺だけの特権だ。
俺の影に隠れる小さな小さな彼女が可愛らしくて…つい、意地悪をしたくなる。
「まだ連から貰ってないんだけど…いつまで焦らすつもりなの?」
俺の言葉に明らかに狼狽える連。俺を見据えていた瞳が泳ぐ。
「い、今手元に無いから…その、も、もう教室戻ろ?」
そう言うと、連は俺の手を払い除けようと手を伸ばす。
「だーめ」
そう囁きながら、俺は片手で彼女の手を壁に押し当て、もう片方は腕ごと壁に密着させた。自然と連に覆い被さるような体勢になる。お互いの吐息が掛かりそうな距離。鼓動まで聞こえてきそうだ。俺の心臓が早鐘のように脈打ってること、悟られなければいいけど…。そんなことを考えていたら、連は恥ずかしそうに顔を背けてしまった。
あ…連の顔、もっと見たい――
そう思った時には、彼女の顎にそっと手を添え、椿のように綺麗に紅潮した顔をこちらに向き直していた。
「ほら、これでもう逃げられない」
ぐっと顔を近付け、そう耳元で囁く。
それにびくり、と敏感に反応する連が可愛くて仕方ない。
「俺のこと、独占したいんでしょ?思う存分、していいよ」
彼女の返事を待たずにその愛らしい口を覆う。暫く彼女の柔らかな唇の感触を愉しんでいると、口内にじんわりと甘く蕩けるような香りが広がった。彼女が付けているリップクリームだろうか。それとも――
「…まるで長太郎がプレゼントみたいだね」
そう言って彼女がくすりと笑う。
「俺は連が欲しいけど…?」
「っ…もう…!」
長太郎はさらっと恥ずかしいこと言うんだから、なんて連は呆れた口調で呟く。それでも、その表情は今日見た中で一番優し気で、何より愛らしかった。その後、間を置かずに今度は彼女の方から唇を重ねてくれる。
「誕生日おめでとう、長太郎。大好きだよ」
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今日は2/14。巷では"バレンタインデー"と呼ばれ持て囃されている。
でも、俺にとってはそれだけではない。だって今日は俺の――
不治の中毒症状を
( ―― 特 別 な 誕 生 日 )