12コ以上の威力。

冷たい風が頬をなぞる。
悴む手を風に晒し、鞄から1つの赤い箱を取り出した。
その赤い箱の口を押し開け、銀色の包み紙をピリッと破る。
するとその中から茶色いチョコレートが顔を見せ、私は1つ摘まんで口に放り投げた。
甘さが口いっぱいに広がり、今日は何だかいい日になるような予感がした。

「あ、田中!おい!田中!」

校門をくぐると向こう側からユニフォーム姿の岳人が走ってやって来る。
時計を確認すると朝礼の始まる15分前。
丁度テニス部の朝練が終わったところなんだろう。

「丁度いいとこにきた!なんか持ってねーか?!」
「なんか?」
「お菓子!」

ジローが起きねぇんだよ幼馴染みがわざわざ起こしに行ってるのにさぁ!と岳人は疲れたようにげっそりする。
ジローのお昼寝には困ったもんだ。
私も何度起こしに行き、何度破れて教室に帰ったことだろう。
だが全くよーと少し困った様子の岳人を見てたら加虐心が湧いてしまったので、私は岳人の肩に手を置いて

「ドンマイ☆」

と笑顔で返すと無言で頭をぶたれた。
痛い、めちゃくちゃ痛い。
手加減というのを知らないのか。
ぶたれた箇所を撫で、大袈裟に痛い痛いと騒ぐが岳人はどこ吹く風だ。
幼馴染みというのは時に関係が希薄だと思う。

「お菓子持ってるのになぁ……がっくんはそういうことするんだ?」

持っていたチョコの箱を鞄から取り出し、ひらひらと目の前で振る。
箱の中では、チョコとチョコがぶつかり、音を立てていた。
にやにやしながら岳人を見ると、慌てて謝ってくる。
身長が私より少し低い岳人の届かぬよう、爪先立ちし掲げておくとむっとしたように岳人は頬を膨らませた。
あまりにもいじめ過ぎたなと思ったので、箱を胸元まで下ろし、膨らんでる頬をつつく。

「私も一緒に行っていい?」
「いいけど、それ食われても知らんぜ?」

コロッと岳人の表情が変わる。
先ほどのまでの拗ねてかわいい岳人はどこにやら。
にやりと笑うと私の手を取り、走り出した。

◆◆◆

気持ち良さそうにすやすや眠るジローには、誰かのブレザーが掛かっていた。
こんな時期に外で寝れるジローはその内凍死するんじゃないかと少し心配になる。

「ジロー、ジロー……」

揺すって呼びかけてみるが、一向に起きる気配がない。
口が大きく開いてるので、チョコを入れようと思えば簡単に入れられそうだ。
私が箱からチョコを取り出し入れようとしたところで

「何やってんだ?」

後ろから声が掛かった。

「あ、跡部だ」

振り向くとそこには我らが会長様。
俺様何様跡部様が立っていた。
跡部はこちらを怪訝そうに見る。

「ジローにチョコ与えてる」
「あーん?バレンタインはまだ先だろ?」

岳人が淡々と跡部の問い掛けに答えていく。

「口にチョコ入れたら起きるかなぁって」
「んな手の掛かることしてねーで、最初から樺地に頼め」

そう言い跡部はパチンと指を鳴らした。
いつの間に来たのか、その後ろには樺地くんが立っている。
一言二言、跡部が樺地くんと言葉を交わした。
樺地くんはそれらの言葉に一言ウスと答えると、ジローを軽々とお姫様だっこし、昇降口方面へ消えていった。
相変わらずすごいな。

「ところでそれはどこのチョコレートなんだ?」

そんなやり取りをポカンと見届けていると、跡部がこちらの手元を見た。

「森◯だよ」
「◯永?聞いたことねーな」
「まー跡部だとそうだろうね」

お坊っちゃまな跡部からむしろ知っているって言われた方が驚く。
庶民向けのお菓子会社のチョコだよと一言加えると、跡部は納得したように頷いた。
持っていたチョコが体温で溶けかけていたので、私は慌ててチョコを口に放り込む。

「ものは試し、食べてみるか?」

岳人はそう言うと私に向かって、俺にもくれと強請りだした。

「あぁ……いや、これでいい」

しょうがないなあとチョコが付いた手で、岳人の分を取ろうとしたら跡部に手を取られる。
なに?と跡部に目線で問い掛けると、ニヤリと笑いそのまま

「「!?」」

私の指についたチョコを舐めとった。

「甘……けど、悪くねー味だな」
「あ、……あと、べ?!」
「おい、なにやって……!?」

満足そうにそう言う跡部と、動揺しまくりの私と岳人。
寒さが消え、むしろ指先から発せられた熱で体が熱い。

「田中、ご馳走様」

跡部はそう言うと最高の笑みを浮かべ、一歩も動けない私と岳人を置いて昇降口方面へ向かった。

「お前らも早くしねーと、朝礼遅れるぞ!」


12コ以上の威力。
(……なんか流石だなって思う)
(……跡部だからな)



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