遅い春。
恋に落ちた日を今でもよく覚えている―――
というモノローグで使われそうな、場所に私は立っている。
赤や黄色で彩られた木々が道に沿って植えられていて、それらは寂しそうにひらひらと葉っぱを落としていた。
「寒い」
そう言って私は上着で再度体を包むように整えると、マフラーに顔を埋め、ポケットに手を入れた。
待ち人はまだ来ない。
少し早く着きすぎたことを後悔しながら、あまりの寒さに耐えきれず近くの喫茶店に入ることにした。
いらっしゃいませ、と店員さんに声を掛けられ、席に案内される。
店内はほどよく暖かい。
席につくと店員さんにブレンドを注文し、きょろきょろと周りを見回した。
適当に入ったわりに、お店のレトロな雰囲気もよく、居心地の良い空間で覚えておこうと店名を手帳にメモしようと振り向くとそこには、雰囲気に合わない赤い髪が見える。
あぁ折角の雰囲気が台無しじゃんこの赤髪!と思いながら、折角だから顔を拝もうと目を顔に向けるとそこには見知った顔があった。
「…凛?」
そう呼びかけると赤髪はこちらに視線を向けた。
「…連?」
おそるおそるというようにこちらの名前を呼ぶ凛に、少し笑いが込み上げてくる。
堪え切れずに噴き出すと、んだよ、と一気に機嫌悪そうな顔をした。
「こんなとこで何してるの?」
高校を出て、オーストラリアに再び留学したはずの凛が何故ここに?
もう1つぐらい疑問をぶつけようとしたところで
「それはこっちのセリフ」
と凛に言葉を遮られ、口を閉じる。
俺はたまたまオフがもらえたからそこの男のウェイター姿を見に来ただけだ、と凛が私の後ろに視線をやった。
「あ、真琴くんじゃん!」
振り向いて、まじまじと店員さんの顔をみるとそこにも見知った顔があった。
数年前に凛つながりで、仲良くなった真琴くんがそこにはいた。
カフェでアルバイト始めたとは聞いてたけど、ここだったんだ……!
「やっぱり気付いてなかったんだね」
なんの反応もなかったからさ〜ビックリしちゃったと安心したような様子の真琴くんは、お待たせといい注文したコーヒーを持ってきた。
コーヒーを受け取ると、一口含む。
あったかい飲み物に、ほっとする。
すみません、と声が掛かり、真琴くんはごゆっくりと言うとお客さんの元に向かった。
「相席いいですか?松岡さん」
改まって相席を申し込むと、凛はどうぞ田中さん、とにやりと笑う。
私は荷物を移動させ、最後にカップを持つと、席の移動をした。
「久しぶりじゃん、元気?」
「まぁ、それなり?」
他愛のない話を始めた私たちは、オーストラリアの生活のこと、ハルくんや真琴くん、そして私のことと話に花を咲かせた。
◇◇◇
ごめん、寝坊したと友達からLINEが来てその待ち時間、私はそのまま凛と話していたが、当たり障りのない話は既に済み、私たちの間に少しの沈黙が訪れた。
「最近どうなんです?」
沈黙が居心地悪くて、抽象的な質問をする。
どうって、と凛は苦笑いする。
「ハルに負けっぱなしだけど?」
凛は肩をすくめる仕草をする。
そういえば先日、国際大会でハルくんと争っていたのをテレビで見た。
いや、そうじゃなくて。
「純情泣き虫凛ちゃんは、オーストラリア人の彼女とか出来たの?って聞いてるんだけど」
私はそう続けると、はぁ?!と凛は目を丸くした。
「お前………まじ……!!」
「なに?」
凛はがっくり項垂れると、泣き虫じゃねーしと一言。
かと思えば、急に顔をあげ、
「お前はどうなんだよ……彼氏とか」
と聞いてきた。
「残念ながら面白い話は何もないよ。可笑しいよね〜こんなにかわいいのに〜」
そう言うと私はウィンクを1つ凛に飛ばす。
そんな私を見た凛は冷たい目を向けてきて鏡見ろと言ってきた、ひどい。
心なしか凛の顔がるんるんと弾んでるような気がして、
「自分が出来なかったからって人の不幸を喜ぶなんて凛ひどい」
わっと泣き真似をする。
手で顔を覆い、隙間から凛の顔を見た。
心底めんどくさそうな顔をしつつ、舌打ちを1つすると
「はいはい、悪かったな」
と棒読みの返事が返ってきたと思ったら、手を伸ばされ、頭をぽんぽんと撫でられた。
小さいとき芽生えていたけど、伝えられなかった恋心を思い出して、甘酸っぱく、むず痒くなる。
少し恥ずかしくなった私は、ぱっと目線を外に向けると待っていた友達の姿が見えた。
「あ、友達きた!…目の前の、カフェに、いるよっと」
LINEで友達に向け、文章を打ってると
「じゃあな」
と凛は立ち上がった。
すぐに身支度を整えると、凛は私に1枚の紙を握らせ、店を出て行った。
開くとそこにはLINEだかTwitterだかのアカウントと雑な字で連絡しろというたった一言が書かれていた。
マンガみたいなやり取り、久しぶりの幼馴染との再会。
私の胸はときめき、世界がきらきらと輝きだした気がした。
遅い春。