こひぶみ
恋に落ちた日を今でもよく覚えています。それは、貴女に初めて出逢った日。
えぇ、そうです。僕は連…貴女に一目惚れでした。濡れ烏のように漆黒で艶やかな髪、大きくて思わず吸い寄せられてしまいそうな瞳、高く整った鼻、鮮やかな濃桃色の柔らかそうな唇…まだまだ書き足りないのですが…貴女を形成する全てが僕を捕らえて離しませんでした。見ているだけでは満足出来ず、思い切って僕から話し掛けに行った時のこと、連は覚えていますか?僕は脳裏に鮮明に残っていますよ。貴女は緊張していたのでしょうか?怯えた仔兎のように震えていましたね。嗚呼、思い出しました…ちょうど、僕が生徒会長を生け贄にして黒曜中を制圧した時分と重なっていたからかもしれませんね。とにかく、その時の貴女は僕の嗜虐心を掻き立てる程にとても扇情的でした。
――そこまでしたためて、僕は手を止めた。ふぅ、と息を吐き、机上のティーカップを取る。口元まで持っていけば、アールグレイの濃厚な香りが鼻孔をくすぐった。「やはり紅茶はアールグレイに限る」飲んだ。さて、まだまだ書かなくてはいけないことがたくさんある。連に対する想いは、そう簡単に表せるものではありませんからね…。
そう思いを巡らせていると、
「…骸?何書いてるの?」
不意に、後ろからひょい、と顔を覗かせる連。いけませんね…とめどなく溢れる想いを書き綴るのに夢中で彼女の気配に気が付きませんでした。嗚呼、それにしても連は今日も可愛らしい…。
「クフフ…貴女に宛てる恋文をしたためていたんですよ」
彼女の顔を見、にっこりと微笑む。
「こいぶ…」
彼女が一瞬引いた気がしましたが……気のせいですよね!
「えぇ、そうです。僕の気持ちを伝えるなら言葉はもとより、形に残るものでも証明しておきたくて…」
「それ、見せてくれる…?」
彼女がすっ、と僕に手を伸ばす。
「ええ勿論。貴女に贈るつもりでしたから…ですが、まだ書き終わっていませんよ…?」
「それでも、いいよ」
そんなに僕の想いを知りたいんですね…。あんなに蔑ろにしていたのに…こうも変わってくれたんですね…。感慨深さに、思わず目頭がじわりと熱くなる。
「…わかりました。では、どうぞ」
そう言って、僕は彼女に恭しく手紙を差し出す。
連は僕から手紙をそつなく受け取ると、紙面に熱い視線を向ける。
「クフンクフン…なんだか目の前で読まれるとぞくぞくしてしまいます」
その僕の言葉を聞いて、彼女が「気持ち悪い」と呟いたような気がしましたが…きっと気のせいですね!
「気持ち良い」と言ったに違いありません。
連は手紙から目を離してこちらを見つめます。どうやら読み終えたようですね…。
「クフフ…どうですか、連。僕の想い伝わりましたか?」
「あ…うん。でも…」
彼女が言葉を濁すので、首を傾げ、次の言葉を促す。
「でも?」
「気持ち悪い」
ぴしゃりと告げられた一言に僕は息を呑む。
「っ…!?」
そして彼女は無表情のまま、僕が愛と情熱を直向きに捧げた手紙を…恋文を…非情にもびりびりと破き始めたではありませんか…!
「酷い、酷いです連…!僕が真心込めて書いたのに…!」
クフンクフンと泣きながら彼女を見遣る。
そんな僕の姿に呆れたのか、連は深い溜め息を吐いた。そして、僕をぎゅっと抱き寄せる。
「っ…連…?」
彼女から抱き締められるとは思わず、僕としたことが頓狂な声を上げてしまう。
「別に…。こんなことしなくても、充分伝わってるから…いいよ」
「嗚呼、連っ…愛しています!」
この後、僕が満足するまで口付けを交わしました。
こひぶみ
「…だってますます気持ち悪いんだもん」
「え、なんですか連?何か言いました?」
「…ううん、何でもないよ」