わたしはあなたの虜

――今日、四天宝寺中学校を、卒業した。
卒業式は、しめやかに…というよりは賑やかに遂行された。

放課後は、友達と時間を共有した。卒業証書を持ちながら友達とたくさん写真を撮って、卒業アルバムに寄せ書きをして…たくさん笑ってたくさん泣いて……友人とお別れをした。


そして、私はある教室へと歩を進めていた。最後に、彼に会う為に。
息を弾ませながら教室へと辿り着く。急く気持ちのまま、がらり、と勢い良くドアを開けた。

「オサムちゃんっ…!」
「おうおう、連ちゃん。待っとったで」

その音を聞いて振り返った彼は、笑顔で私を出迎える。
でも、どこか寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。

「うん!私もっ」

そう、揚々と言葉を返しながら、私はドアを閉め施錠を施した。
施錠を終え前へ向き直すと、彼は私のすぐ目の前に立っていた。
驚き目を丸くする私の頬に、オサムちゃんは目を細めながら優しく手を添える。

「卒業、おめでとさん」
「…うん、ありがとう」

オサムちゃんの一言が、胸に響く。彼の少し掠れた、低い声が、私の耳朶を刺激する。
もう、彼の声を聞けなくなる…そう思うと、みるみるうちに色々な感情が溢れてしまう。
彼と視線を巧く絡ませられない。

「ほーんま、あっちゅう間やったなぁ…」
「うん…そ、だね…」

笑顔で接しなきゃ――その思いとは裏腹に、目頭が熱くなる。

「…そない目ぇに涙浮かべんと」

私の異変に気付いたオサムちゃんは、溜め息を軽く吐きながらゆっくりとした手つきで、
優しく手の甲で涙を拭ってくれた。

「連ちゃんは笑顔のがよう似合うとるよ」
「……う、ん…でもっ…」

笑顔を作りたいのに、返事をまともに返したいのに…涙が絶えず溢れてしまい、それが出来ない。止めようとしても、止まらない。彼の顔が滲んでよく見えなくなってしまう。

「で、もっ…でも!…もっ…オサムちゃ、とっ…別れ、なきゃ…」

嗚咽を漏らし、息を激しく吸い上げつつ不器用に言葉を紡ぐ。
そんな私を見遣り、オサムちゃんは平然とした口調で答える。

「別れる必要なんてあらへんやろ?」
「ふ、え…?」

思わぬ返答に、思わず頓狂な声を上げてしまう。

「卒業しても付き合うたらええやん?」

きょとんと首を傾げながら、さも当然のように告げる。

「これからも付き合ってくれる、の…?」
「当然やろー?」

そう言うと、オサムちゃんはぎゅう、と強く抱き締めてくれた。
オサムちゃんの言葉と、仄かに伝わる温もりが嬉しくて、私もぎゅうと強く抱き締め返す。

「嬉しいっ…ありがとう」

オサムちゃんの胸に顔を埋めながらそう答えた。手持ち無沙汰な片手で私の髪を掬い上げ弄ぶ。
オサムちゃんは一頻り撫で終えると、せや、と何か思い出したように呟き、名残惜しそうに私の身体を離した。

「…こないなこと性に合わんのやけど」

そう言うと、彼は机上に置いてある紙袋をがさがさと漁り始めた。
そんな彼の行動を訝しげに伺う。

「これ、受け取ってくれるか…?」
「…?」

目の前に差し出されたのは、目を見張る程の色とりどりの花々。
中でも一際目立つのは、色鮮やかな赤色のチューリップと、薄桃色の梅の花だった。

「綺麗…」
「どや、気に入ってくれたか?」
「うん、すごく…素敵。ありがとうオサムちゃん…」

あまりに嬉しくて、やっと止まった涙がまた溢れそうになる。
それを必死で堪え、くしゃくしゃになりながら笑顔をつくった。

「花屋のねぇちゃんと一緒に選んだんやけど…まぁ、花言葉とか、後で調べてな?」

照れ臭そうに頭を掻くオサムちゃんを内心可愛いと思いながら、うん、と言葉を返す。

「オサムちゃんな、連ちゃんが大人になるまでずーっと待っとる」

何時になく優しい口調で、彼は私に囁きかける。

「オサムちゃん…」
「したらオサムちゃん、必ず迎えに行くさかい…」

そう言うと、オサムちゃんは私の頭を優しく撫でた。

「したら所帯持と、な?」

オサムちゃんは笑顔でとんでもないことをさらりと言う。

「えっ…それってプロポ…?」
「あー…まぁ、そないなるんかなぁ」

照れ隠しなのだろうか、彼には珍しく私と目を合わせようとしてこない。

「せやけど…正式なんは、ちゃあんと言うさかい…この指、俺んために空けといてな?」

オサムちゃんは恭しく私の左手を取ると、薬指に口付けた。
彼が触れた処から、急速に熱を帯びていく。

「っ…!も、ちろん…だよ」

恥ずかしさで顔を背ける私を上目遣いで見遣り、可愛えな、と呟くと、オサムちゃんはまた抱き寄せる。

「せやから、今は笑顔で“お別れ”や…な?」
「うんっ…!」

目頭に溜まった涙を拭い、今までにないくらい満面の笑みを彼に向けると、私はそのまま彼の胸にぎゅう、と顔を埋めた。



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後日、花言葉の意味を調べてみると、チューリップは永遠の愛、桃の花は、


わたしはあなたの   



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