たまごごっこ

「寒い寒い」

冷たい雨の降る、ある冬の日。
今夜ばかりは戸を開けたくないと思っていた連とは裏腹に、その男は濡れた傘を傘立てに立て掛け、引き戸をノックする。

連は渋々といった感じで、営業用の笑みを浮かべて戸を開けた。

『いらっしゃいませお客様、さあさ中へお入り下さいな』

伏し目がちで男を見ると、男は着流し姿にブーツといった明らかに攘夷志士ではない風貌をしていた。
連は攘夷志士を相手取るのは好きではなかった。彼らは自らの理想や野望を熱く語り、情事を終わらせた後でもなかなか寝付かせてくれないからだ。
――ゆえに今宵の客には少し安堵していた。


「連」
『……え?』
「寒いんだから早く上がらせろや」

『なんだ銀時かー。誰かと思ったわ』

顔見知りであることを確認して、営業モードを解除する。
不自然に上げた口角を下ろし、歪められた目尻を元に戻す。
着物の襟を正しながら客間の行燈の灯を消し、玄関の電気を点けた。

銀時と呼ばれた銀髪の男は器用に足だけでブーツを脱ぎ、我が物顔で玄関へ上がり込む。

「ちょっと酒引っかけてたら雨に降られちゃってさ、雨宿りさせてよ」
『1分1000円ね』
「ぼったくりにも程があるだろ! いくら私娼だからって……」
『冗談。飲み物持ってくるからテレビ見てていいよ』

連は銀時にタオルを渡した後、台所へ消え、銀時は居間のソファに腰掛けてリモコンでテレビの電源をつけた。
適当にチャンネルを回してみるも、特に彼の興味をそそる物は無く、彼は昔の映画の再放送をなんとなくつけることにした。


『ほいよ』
と、連はテーブルの上にマグカップを二つ置く。
なんだよホットミルクかよ、と悪態を吐く銀時の目の前にズズっと差し出して、自身もソファに腰を下ろした。

『これ飲んで早く寝ろ、迷惑坊や』
「坊やっていう年でもねーだろうが。それともあれか、坊やってそっちの方の坊やか? 育ててくれんのか?」
『歩く猥褻物はお帰りください、真冬の冷たい雨に打たれて野垂れ死ね』

銀時は連からの冷たい視線をひしひしと感じながら、温かいホットミルクを口に含んだ。
冷えた身体に温かさがじんわりと広がっていく。
砂糖が多めに入っているそれを彼は気に入ったようで、冷たい指先をマグカップの熱で温めながらちびちびと飲み進めた。

「ンだよつれねえな……ってかお前、いつもあんなかんじで客迎えてんのかよ。よく客取れんなあ」
『うっさいな、今日よりもうちょい愛想いいよ。ただ今日は寒かったしこんな時間だから相手取らずに寝たかったから……』
「じゃー、俺を上げたってことは相手してくれんの」
『金取りますけど』

間髪入れずにそう答えると、銀時はちぇーっと口をすぼめた。
拗ねた子どものように背を向けてホットミルクを飲む銀時が連にはひどく愛おしく見えた。


『この前さ、お客さんに身請けしたいって言われたんだよね』
「――で?」
『なんて答えたと思う?』

連は意地悪するように口を噤んだ。
窓の外の雨音が沈黙の中に反響する。
数秒間、銀時は連を軽く睨みつけていたが内心は穏やかではなかった。

『私は好きでこういう生き方をしているので、身請けという制度自体存在しません。これまで通り一夜妻でいさせて下さい』

銀時は安堵の溜め息を吐き、しかし不服そうな表情のままその銀髪を掻いた。


『焦った? 銀時、焦った?』
「うっせーな! お前どこの構ってちゃんだコラ!」

銀時が為て遣ったり顔の連の頭を叩くと、連は痛いと言って頭を押さえた。
しかし彼女は玄関で客を迎える娼婦の作られた顔ではなく、銀時にとっては見慣れた幼馴染の顔で笑っていた。

そんな姿に銀時は彼女に気付かれないように頬を綻ばせる。


「なあ、連……」
『なに?』

「あー、その、なんでもねえや。……たまごごっこしようぜ」

銀時は何かを言いかけて間を空けた後、諦めたように溜息を一つ吐く。
そしてニヤリと口角を上げて、自身の両太腿を二回叩いた。

『……何それ。“でっていう”出てきそう』
「出て来ねーよ! ちなみに赤い配管工も出て来ねーから!  ……つか、早く来いよ!」

意外と恥ずかしいんだぞコレ! と顔を背けながらも銀時は連を促した。
連はゆっくりとソファから立ち上がり、のそのそと銀時の元へと歩み寄る。
たまごごっこなんてどこの座敷遊びよ、と呆れながらも控え目に銀時の膝の上に腰を下ろすと、彼は連の腰に腕を回し自分の方へと引き寄せた。


「じゃあ俺が白身役な」

『これがたまごごっこ? 私何すればいいの?』
「あー? うるせえな。黙って大人しくしてろ」

冷たい言葉とは裏腹に、後ろから伸ばされた腕は強く連を抱き捉えており、彼女はじわじわと幸福感に満たされていくのを感じた。
客との情事でも得られない満足感と代替できないであろう安心感に浸りながら、抑えきれなくなった笑みがこぼれる。

「何笑ってんだ、そんなに嬉しいのか? オイ」
『……不器用だなあ、と思って』

抱きしめたいなら素直にそういえばいいのに……、そう喉まで出かかって連は言葉を飲み込んだ。
その代わり背中を銀時の胸に預け、彼の体温をその身に感じることにした。

『たまごごっこも悪くないね』



   




(甘夢)
2014/02/19

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