今日でわんこ卒業です


恋に落ちた日を今でもよく覚えています。だってあの日は、私が彼のことを本当にかっこいいと思った日だから。

『黄瀬君、そこ私の席。邪魔』
「ひどいッス。連のこと待ってたのに!」

朝、学校に着いて教室に入ると既に私の席は占領されていた。近づかなくても誰だかなんてすぐにわかった。派手な金髪に左耳のピアス。黄瀬涼太だ。同じクラスでもないのに黄瀬君は毎朝私の席に座って、私を待っている(らしい)。特に理由はなく、この前の試合はどうだったとか今日の朝練はどうだったとか、バスケの話をする日もあれば、この問題がわからないと宿題を持ってくる日もあった。いつから黄瀬君が来るようになったかなんてもう覚えていない。

『黄瀬君、とりあえずどいて』
「連が冷たいッス…」

なんてシュンとしながらも立ち上がって、私が椅子に座ると黄瀬君は私の机に軽く腰かけた。それからいつものように、今日の朝練の話を始めた。私は特にバスケに詳しいわけじゃないから、黄瀬君が何を言ってるのかよくわからないこともある。前にそのことを正直に黄瀬君に言ってみた。そしたら黄瀬君は笑顔で「いいんス」と返答してきた。彼曰く、自分が話したいだけだから別に話の中身を理解していなくても、頷いてくれているだけでいいらしい。

「ね、連。たまには練習見に来てほしいッス!」
『いや』
「なんでッスか!それに即答!もう少し考えて!」

黄瀬君は何かと私に練習を見に来てほしいと言ってくる。朝練はもちろん朝早いからあれだけど、放課後はまあ別に何もない。練習を見に行く時間くらいあるんだけど行きたくない。(主に黄瀬君のファンの)女の子たちがいっぱいいて何か怖いし。

『何でって…べつに私バスケに興味ないし。あっ、予鈴だ。私、一時間目音楽だから。さようなら』
「さようならってなんスか!永遠の別れみたいに言わないで!」

黄瀬君がキャンキャンなんか吠えてるけど気にしない。いつものことだ。私は机の中から音楽の教科書を出して、筆箱を持って立ち上がり教室を出た。

*****

あっという間に一日の授業が終わってしまった。昼休みに黄瀬君は飽きもせず私の教室にやってきたけど、お昼を食べ始める前に笠松先輩にミーティングだと言って回収された。ミーティングが長かったのか、昼休みが終わるギリギリに私の教室に戻ってきた黄瀬君は、今度はクラスメイトであろう男の子に次は体育だからと回収された。首根っこを掴まれて回収されていく黄瀬君は完全に犬だった。
そのまま放課後になり、おそらく黄瀬君は部活に行っただろう。私は今日出された英語の宿題を終わらせるべく、図書室に向かうことにした。教室を出て、図書室の方へ歩き出したところで後ろから誰かに肩を叩かれた。

『笠松先輩…?』

後ろを振り返ると、ジャージ姿の笠松先輩がいた。走ってきたのか少し息が上がっているように見えた。

「あー、えー、連さん…ですよね?」
『はい…』
「今からちょっと時間あります?」

笠松先輩はどうやら私のことを探していたらしい。先輩と話すのは初めてだ。バスケ部の主将だし、黄瀬君がよく話しているから知ってはいたけど。先輩はちょっと言いにくそうに私を探していた理由を話し始めた。先輩の話を簡単にまとめるとこうだ。黄瀬君が、私が練習を見に来てくれないと拗ねて、練習を始めないで体育館の隅でいじけているらしい。今週末に他校と練習試合を行う予定だから、練習しなくてはいけないのに、いつまでも黄瀬君がいじけているから私を探しに来たらしい。

『拗ねてるって…子どもですか!』
「あいつは子どもなんだよ…悪いんだけど時間があったら少しでいいから見に来てやってくれないか?」

本当はあまり行きたくなかったけど、このままではバスケ部員全員に迷惑がかかってしまうし、私を探し回ってくれた笠松先輩に申し訳ない。

『わかりました。少しだけ…』
「いや、もうほんとに!五分でいいから!」

笠松先輩も大変だなぁ、なんて他人事のように思ってしまった。実際は、私も黄瀬君のわがままに付き合わされてるから他人事じゃないんだけど。そんなことを考えながら先輩と一緒に体育館へ向かう。いつもなら入口あたりに女の子たちがいるはずなのに、今日は姿が見当たらない。

『今日はファンの子たちいないんですね』

少し前を歩く笠松先輩に話しかけると、先輩は「あぁ、今日はいないな」と返事をしてくれた。

「今週末の試合に向けての練習で、みんな集中したいのもあったし…何より黄瀬があんなんだからな」

そう言って先輩は、体育館の隅に座っている黄瀬君を指さした。シュンとしている黄瀬君は、ご主人様の帰りを待っているわんこの様だ。

「黄瀬!」

笠松先輩が黄瀬君の名前を叫ぶと、黄瀬君はこっちを見た途端に笑顔になり走ってきた。黄瀬君に耳としっぽが見える。

「連!来てくれたんスか!」
『…黄瀬君、お手』

あまりにも黄瀬君がわんこすぎて、思わずお手と言って手を出してしまった。私の手の上にポンっと黄瀬君の手がのせられ、そのまま手を引っ張られ、あっという間に黄瀬君に抱きしめられる形になってしまっていた。

『き、黄瀬君!?』
「あー、連が来てくれて俺ほんとに嬉しいッス。幸せ。よし!俺、練習してくるッス!」

黄瀬君は私をひとしきり抱きしめた後、満足したのかパッと手を離した。そして私の耳元に口を寄せて「かっこいいところ見せるから、そこで見てて」と囁いて、みんなの方へ走って戻って行った。
黄瀬君がみんなの元に去ってから、私の頬はどんどん熱くなってきた。不覚にも黄瀬君がかっこいいなんて思ってしまった。



今日でわんこ卒業です

(もう彼がわんこに見えなくなりそうです)


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