余計な口は意識の元

「trick or treatを『お菓子をくれなきゃいたずらするぞ』って訳すのはおかしいと思うの」

ファミレスの期間限定パンプキンケーキをフォークでつつきながら言えば、目の前にいる東堂は怪訝そうな顔をしつつコーヒーカップを置いた。

「なんだね、突然?」


「いや、これって似た語感を繋げたものじゃん?なら、日本語も同じような感じに訳すべきではないかと思ってだね」

このケーキ思ったより甘いなぁと頭の片隅で考えつつ思ったことを口にしていく。
あ、ケーキ倒れた。

「と言うと?」

どんなに突拍子なことを言いだしても必ず聞いてくれるところは東堂の美点だ。流石女子には優しい男。フェミニストは伊達じゃない。

「『お菓子くれなきゃおかしなことするぞ』とか」

東堂がげほっとむせだした。自称美形(いや、実際他者から見ても美形だ)には似合わない反応だ。

「っ…いたずらとおかしなことは違うだろう!お前の言うおかしなこととは何なのだ」

不覚だ…という顔をしながらナプキンで口元をぬぐう仕草さえも気品がある。
そういえば老舗旅館の息子でしたっけ。私なんかより格段に育ちがいいよなぁ。

「うーん、……目の前で腹踊りしてやる、とか」

「それは逆に見てみたいな」

「…て、これじゃこっちが恥ずかしいだけだ…!」

そもそも私腹踊りなんてできない!と我ながら的外れなことを思う。
あ、でも、美形の腹踊りは見てみたい。絶対にやってくれないだろうけど。

「なら、わき腹とか背中とか鎖骨とかなぞる。くすぐる」

東堂の隣の席へと移動し、わき腹をつついてみた。
びくりと反応が返ってくるが、表情にはでていない。
背中はできないし、鎖骨は流石にアウトな気がするので、ぎりぎり許されそうな首元に触れる。…お、こっちのほうがいい反応。

「…いけない気持ちになりそうだな」

「いっそいかがわしいことする!」

「むしろ大歓迎でご褒美だろう」

間髪入れず真顔で返答がやってきた。いや、冗談だから。ここ笑うところだから。

「……真面目な顔で答えないでくれない?」

なんとなく雲行きがよろしくない気がしたので席に戻ろうと立ち上がるが、手首を掴まれてしまった。

「…何を言う、山神とて男なのだぞ?」

美形の上目使いってすごい破壊力かもしれない。
これを東堂ファンクラブがみたら失神する人絶対いる。
そうは思っていても、私は東堂に対して異性という認識が薄い。
顔は綺麗でノリも合い、一緒にいて楽しい相手ではあるが、恋人になりたいという感情で好きだとは思ったことはなかった。

「…あー、はいはい」

分かったから手を放してくれないかと言う前に腕を引かれ座るように促されたので大人しく席に着く。

「それに、女子がそういうことを軽々しく口にするんじゃないぞ」

どうやらお説教モードに入ったらしい。
東堂は普段女の子に対して軽薄なように見えるが、実は真面目でしっかりした人だ。

「東堂おかんみたい」

そう言えば嫌そうに眉をひそめられる。

「何を言う。今言っただろう?」

ファンサービスの時とも、ロードで駆けている時とも、普段話している時とも違う、色気を秘めたその表情は――

「オレは男だよ」

男の人だった。





余計な口は意識の元


視界の隅で、倒れたケーキが目に入る。
今ここに流れる空気は、あれよりも、甘い。



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