蒼紫:狼さんより上手


素直に気持ちを口に出すのって難しい。
そう思うのはきっと私だけじゃないはず。
普段のコミュニケーションは特に問題はないのだけど、どうしても恋愛の話題や好きな人の前に立つと緊張して思ってもないことを言ってしまう。
友人が呆れながらつけた私のあだ名は、狼少女だった。

今日も私は、絶好調に嘘の気持ちを口にする。

バタバタっと誰かの走る音が聞こえる。
目線を上げると、部活終わりであろうリョーマくんがクラスに駆け込んできた。
朝礼の鐘が鳴る1分前。
部活している人は大変だなぁとか思いつつも、私は図書室から借りている大好きな本に意識を戻した。
いわゆる”いいところ”に差し掛かっており、ここで読むのを中断するには区切りの悪すぎる。
黙々と文章を追っていたのだが、文字が本に落ちた影と溶け合い、読みづらくなった。
何と思いしぶしぶ本から目を上げると、本に影を落とした張本人であるリョーマくんと目が合った。

「ねぇ、田中さん」
「は、はい」

それだけでもかなり驚いたのに、呼びかけられたことでさらに驚き、緊張する。
鼓動もドキドキと早くなり、五月蝿い。
顔に熱が集まる。

「それ、明日までだからちゃんと昼休み返しにきてよね」

リョーマくんはそれ、と私が持っている本を指差した。
ほぼパニック状態に陥ってる私は何か返事しなければ、とぐるぐる悩む。
早く早く、とさらに自分で追い込んでしまい

「余計なお世話です!」

と思ってもいない言葉が口から飛び出した。
そんな私の返事にリョーマくんはクスッと笑い、一言、ならよかったと呟き自分の席へ戻っていく。
あぁ、またやっちゃった…。
なんで素直にありがとうって言えないんだろ…。
折角リョーマくんが話しかけてくれたのに。
後悔の念に襲われるがどうしようもない。

10分休みに辞書を借りに来た友人に自らの失態を愚痴ると、

「そんなことしてたら、告白しても信じてもらえないよ?」

と呆れた顔をされた。
……わかってるってば。

****

悶々とし続け、1日無駄にした。
考えてもどうしようもないという結論を出したときには、すでに放課後だった。
下駄箱でローファーを履き、昇降口を出るとパコーンといい音が鳴っていた。
ちょっとだけならリョーマくんにも遭遇しないだろうなと、ふらっとテニスコートに立ち寄る。
大きな掛け声と審判の声が響くテニスコートで、リョーマくんが先輩相手に打ち合っていた。
キラキラと楽しそうなリョーマくんが眩しい。
じっと見つめてたら賑やかなやり取りが後ろから聞こえた。

「よぉ!田中じゃん」
「どうしたの?」

振り向くとそこには、堀尾くんと水野くんとカチローくんがいた。

「あ、リョーマくんが試合してるよ!」

うん、と水野くんの言葉に頷く。
わぁすごいねぇとはしゃぐ彼らは、私よりかわいくリョーマくんのファンをしていた。
ふといつもならうるさいぐらい解説をする堀尾くんの声が聞こえてこないので、どうしたんだろと振り向くと目をつぶって何か考え事をしていた。
不思議に思い、一歩近寄ろうとしたら、急に目を見開き

「お前、越前のこと好きなんだろ!」

と爆弾を落とす。
えっと、君今なんて?
やめなよ堀尾くん、とカチローくんと水野くんが後ろから嗜めた。
堀尾くんはそれを振り切ってそうなんだろ!と私に迫る。

「いやーおかしいと思ったんだ。だって明らかに俺らと越前の扱い違うし?俺らのときは普通に話してるのに、越前が来ると急に黙り込んだかと思ったらビックリするようなこと言うし?いや越前が好き、っていうなら納得だわ。で、好きなんだろ?」

一気にかぁと頬に熱が集まって熱い。
早く何か言わなければ。

「違うし!リョーマくんなんてだいっきらい!」

違うだけでよかったのに、つい、また思ってもいない気持ちが口から飛び出す。
まぁ人に言うようなことでもないし、と自分を励ますが朝のこともあったし落ち込んだ。
私、学習しないなぁ…。

「ふーん」

突如、私の後ろから聞きなれた声が聞こえた。

「り、リョーマくん…」

カチローがご丁寧に声の主を教えてくれる。
なんで、試合は?とか色々聞きたいことはあるが、リョーマくんがどんな顔をしてるかと考えると怖くて振り返れない。
ガシャンとフェンスが音を立てた。

「俺はアンタのこと、好きだけど」

一瞬、時間が止まったような気がした。
わーっ!ふーっ!という周りの耳障りな声で我に返る。
ばっと振り返るが、リョーマくんは深く帽子を被っていて表情は伺えない。
聞き間違えでなければ、今リョーマくんが「好き」って言った?
私を?
いやいやいや、そんな都合よく世の中出来てない。
私の聞き間違いかタチの悪い冗談だろう。

「…俺、嘘なんて言わないから覚えておいて」

そう言って耳を赤くしたリョーマくんは、未だに言葉が理解出来ない私を残し、テニスコートへ戻っていった。


さんより上手
(だまされない、ぞ…?え?)


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