14. どこへ行っても混んでいるので

夏休みどこかいきましょうかと提案してきたのは私じゃなくて菊さんで、出不精の彼にしては珍しい発案だとおもった。いつもこういう発案は私がするばっかりだから、気を使ったのだろうか。夏休みが始まる7月半ばから私はわくわくしながら彼が計画の詳細を発表するのを待っていたのだが、今は8月30日。お盆も過ぎて、時期に夏休みも終わる。来年の夏は受験だ。今年しか遊ぶチャンスはない。急かすのも悪いから、それとなく私は行きたい場所を提案していたが、結局今まで菊さんは何も言わなかった。なんだ忘れたのか。

「菊さんはあのー、この夏どっかいったの?」
「いいえ、連さんはどこか出掛けたのでしょうか」

そういえば菊さんの仕事は夏休みなんかないもんね。

外が薄暗くなって少し肌寒くなってきた、今ちびまゆ子だからこのあとはサザヘさんも始まるなあ。
私は茶の間でぼーっとテレビを眺めながらリモコンのボタンで軽くリズムを刻み遊ぶ。菊さんはいつものように律儀に正座をして洗濯物を畳む。慣れた光景だ。慣れすぎて、何かが足りない。

「どこに行っても混んでますからねえ」

返答するのを忘れたが、私の返答がなくても、会話は進められた。そうそう、菊さんは空気を読むのがうまい。

「わたし、帰るね。今日ごはんいらない」

あ、今恋人みたいな台詞だったかも。違うけど。
唐突すぎたか。

「そうですか。今日は、そうですね、まだ準備をしていないので、そうしたほうがいいと思います」
「菊さんは何食べるの?」
「カップラーメンですかね。安かったので」

あんまりすんなりと受け入れらたものだから、帰るといったのに私はまだ動けない。カップラーメンって菊さんにしては不健康だな。

«HREの夏のファイナルセール!!あの台湾が3万から!≫

ちょうど切り替えたチャンネルから、旅行の文字が出てきた。なんだよ、今言うなよ。夏は終わるんだから。
菊さんはわかったのか、わかってないのか何も言わなかった。

テレビは明日の天気予報でうるさいのに鈴虫の声をバックコーラスにイギリス人からもらったらしい古時計の音がはっきりと聞こえる。
もうすぐサザヘさんが始まる。何度目かの夏休みの日曜日が終わる。
コッチコッチコッチコッチ

あ、今泣きそうだ。
どうしよう。

≪サザへでございまーす≫
「あの、連さんはティスニーラントはお好きでしょうか。」

同じタイミングで、陽気なメロディの開始と共に菊さんの真剣な声が聞こえた。
私は思わず振り返ってしまって、菊さんを見つめた。

「すき」

菊さんはそうですかと一言、奥から何冊ものガイドブックを取り出してきた。
手に取ると付箋や、菊さんの丁寧な字で書き込みがされているのが分かった。

「ジーもいいですが、やはりラントは王道といいますか、連さんは絶叫系もお好きなようでしたので乗り物の多いラントで。いや、ドーンデッドマンションも捨てがたいですね。食べ物はジーのほうが美味しいですからね。どうしましょうか」

「いつ行くの?」
「思いついたら吉日、明日行きましょう」

いきなり饒舌になった菊さんが面白くて、いままでのやりとりもバカらしく思えた。


「菊さん」
「はい、なんでしょうか。やはりラッキーマウズの家に行きましょうか?」

菊さんの目があまりにもキラキラしていて言いづらかったが、

「あの、宿題まだ全然終わってないんだ、ごめんなさい」

「なんですと…!?」


そのあと菊さんはサザヘさんが終わるまで説教をして、お腹がすいた私たちは結局ファミレスに行くことになった。
ラッキーマウズはとりあえず保留だ。

「チーズハンバーグがいいなあ」
「私は和風おろしですね」
「ねえ、ファミレスさあ、夏休みの日曜日だから混んでるよ」
「しょうがありません。一緒に待ちましょう」


どこに行っても混んでいるなら、
あなたと一緒にいよう。その方が楽しい。




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