There is always light behind the clouds.


よろしく。朝、彼女と一言言葉を交わして以来何も話していない。彼女は比較的内気な性格なのか、ただ単にまだ日本の生活に慣れていないだけなのか、休み時間のたびにクラスの女の子たちから質問攻めにされていたが、一言二言返事をするとあとは微笑んでいるだけだった。その横顔を見れば、誰かと話をすることが嫌いというわけではなさそうで少し安心する。
始業式の今日は午前中で学校が終わる。部活も休みだ。

「田中さん。もしよかったら放課後、学校内を案内しようか?」

帰りのホームルームが始まる前、帰り支度をしている名字さんに声をかけた。

『あ、えっと…』
「俺が田中さんと話したいんだ。イヤ?」
『ううん、そんなことは…』

少し、いやかなり強引だった気はするが、彼女のアメリカでの生活を聞いてみたかった。共にアメリカ育ちということで分かり合えることもあるだろう。

「じゃあ、ホームルームが終わったら行こうか」

彼女を怖がらせないようにと微笑みながらそう言うと、彼女は少し俯き加減で『あ、うん…』と返事をした。
その後、すぐに担任が教室に入ってきてホームルームが始まった。特に話すこともなかったのか、あっという間に終了しみんな各々解散していく。鞄を持って彼女が椅子から立ち上がるのを待って「じゃあ、行こうか」と声をかけた。

「まずは音楽室かな。この階の端だから」

教室を出て、廊下を二人で並んで歩いていく。まずは同じ階にある音楽室に向かうことにした。

「田中さんはいつからアメリカに住んでるの?」
『あ、えっと…三歳の時に初めてアメリカに行って、小学校に入るまで住んでて。一回日本に帰ってきたんだけど、五年生の時にまた戻ったの…』

田中さんは俯きつつ、チラリ、チラリとこちらを見ながら答えてくれた。

「そうなんだ。じゃあ、アメリカ生活が結構長いんだね。俺も小さい時から住んでたから日本の生活に慣れるまで大変だったよ」

やはり彼女はチラリ、チラリと恐る恐るこちらの様子をうかがいながら話を聞いていた。

「あっ、ここが音楽室ね。音楽の授業は基本的にいつもここだから」

“音楽室”と書いてあるプレートを指さしながら伝える。

「次はどこがいいかな…ここからだと下に下がって図書室と家庭科室かな」
『あっ、はい。お願いします』

彼女が首だけで小さく頭を下げる。

「いいんだよ。俺が好きでやってることだから」

そう言うと彼女は俺の顔を見たが、またすぐに視線を下に落としてしまう。

「You’ll never find a rainbow, if you’re looking down」
『えっ…』
「下を向いていたら、虹を見つけることはできないよ。チャップリンの有名な台詞の一つさ」

そして俺は立ち止まってしまった彼女に続けてこう言った。

「大丈夫。すぐに友達ができて、みんなとも打ち解けられるようになるよ」

出来るだけ優しく、彼女と視線を合わせるように片膝を着いた。

「最初は慣れないことが多くて大変かもしれないけど、大丈夫。俺がついてるから」

彼女は瞳に薄っすらと涙を浮かべていたけれども、今度は真っ直ぐに同じ高さになった俺の顔を見て「ありがとう」と言って微笑んでくれた。

「うん。じゃあ、図書室にいこうか」

その後は図書室に家庭科室、理科室と一通り授業で使いそうな教室の場所を教えていった。

『氷室さんは何か部活に入っているんですか?』
「俺はバスケ部に入ってるよ。田中さんは何か部活に入るの?」
『ううん。多分入らないと思う。後一年しかないしね』

さっきまでとは随分変わって、俺の方を見ながら話してくれるようになった。俯いていたらせっかくのかわいい顔も見えないしね。

「アメリカの学校では何かやってたの?」
『一応、美術部?って言っていいのかなぁ。Artなんて大層なものじゃなくてPainting(お絵かき)みたいな?』

日本語って難しいね、と彼女は笑って言った。

「Paintingか。楽しそうだね。俺も日本語より英語を話す方が楽でいいんだけどね」
『うん、そうだよね。氷室さんと話してると英語になりそう』

クスクス笑っている彼女につられて俺も笑ってしまう。

「いいよ。俺も田中さんには英語で話そうかな」

その方が二人だけの秘密、って感じがするしね。なんて口に出しては言わないけど。

*****
「Hi. Good morning, #name#」
『Morning』

日曜日の朝、田中さんは約束通り試合を見に来てくれた。まだ、相手のチームは学校に来ていなくて体育館ではみんな各々にアップをしているところだった。

『How are you doing?(調子どう?)』
「I’m doing well, of course(もちろん調子いいよ)」

なんだかチームメイトの視線が集まっている気がするが、それは気にしないことにする。

『What time will the game start?(何時から試合始まるの?)』
「Ah…start at ten(十時からかな)」
『Okay. Take it easy(わかった。がんばってね)』

「Thank you」と口を開こうとしたとき、後ろから「あー、室ちんが女の子連れて来てるー」と敦のやる気のない声が聞こえた。

「敦…」
「だれだれー?室ちんの彼女―?」

なんて言いながら近づいてくる敦を、彼女は見上げながら『室ちん…』と小さくつぶやいた。

「俺のクラスメイトの田中さん」
『あっ、初めまして…』

俺が敦に田中さんを紹介すると、田中さんは恐る恐る敦を見上げて挨拶をした。取りあえず挨拶はしたものの、どうしたらいいのかわからないといった感じの田中さんに、「彼は紫原敦。うちのエースなんだ」と敦の紹介をした。

「よろしくー、田中ちん」
『田中ちん…?』
「あー、あだ名みないなものだから気にしないで田中さん」

田中さんは敦の呼び方が気になるみたいだけど、敦の方は田中さんを気に入ったのか「田中ちん、ちっちゃいねー」なんてのんきに話しかけていた。

「敦、そろそろ相手校が到着するみたいだ。準備しよう」
「うーん。わかったー」

のろのろとやる気なくチームメイトのところに戻っていく敦を見ながら、俺は田中さんに「じゃあ、行ってくるね」と声をかけた。『うん、がんばってね』と笑顔で返事をしてくれた彼女に心がときめいたのは仕方がない。
その後すぐに試合が始まった。そこまで強くない相手だったということもあり、圧勝だった。試合前はやる気のなさそうだった敦も、試合になれば一変しコート内を走り回っていた。
ボールや得点ボードなどの片づけを終えて、ユニフォームの上からジャージを羽織った。

『You’ve gotta be tired(お疲れ様)』
「Thank you. Did you enjoy it?(ありがとう。試合、楽しかった?)」

隅で試合を見ていた田中さんのところに歩みを進めると、笑顔でこっちに近づいてきてくれた。

『Yes, of course. I really enjoy it!!(もちろん、とっても楽しかった)』
「I’m glad that you enjoyed it…Do you have any times? I want to talk with you.(田中さんが楽しんでくれて俺もうれしいよ…今少し時間ある?話したいことがあるんだ)」

話ってなんだろう、と少し首を傾げながらも『Sure(わかった)』と返事をしてくれた。

外で話そうか、そう言って田中さんと体育館を出た。まだ昼過ぎなのに少し空が暗い。雨が降りそうだ。

『雨が降りそうだね』
「うん。あっ、その格好じゃ寒いよね」

ごめんね、そう言ってジャージを脱いで彼女の肩にそっとかけてあげた。彼女は『それじゃあ、氷室さんが寒いよ』なんてすぐに脱ごうとしたけれど。

「いいんだよ。俺より田中さんの方が大切だから…それより話、聞いてくれる?」

彼女の肩にしっかりとジャージをかけ直して、向き合った。

「I really like you. No, not like. I' m lovin' you(本当に君が好きなんだ。いや、“好き”じゃないかなあ。愛してる)」

突然の俺の告白に当たり前だけど、彼女は驚いているようだ。でも、前から決めていたのだ。今日、彼女に、気持ちを伝えると。

「So…would you go out with me?(だから…俺と付き合ってくれる?)」

真っ赤になった彼女の手を握って、返事を求めた。

「Please answer my question. Less than two words(俺の質問に答えて、二文字以内で)」

俺の顔を見た彼女は微笑んで答えてくれた。

『Of course!』



There is always light behind the clouds.

(雲の向こうは、いつも青空)



戻る