12.裸でウロウロ


最近とても気になってる子がいる。クラスではおとなしく、よく図書室で本を読んでいる。放課後はいつも校舎裏にある花壇に水をやっている。部活の時にたまたまその姿を見つけた。その時は同じクラスの田中さんだくらいにしか思わなかったが、次の日になんとなく声をかけた。いつも花壇に水をやってるの?と。俺自身ガーデニング好きだから、趣味の合う人と花の話をしたいという気持ちもあった。
あの日以来、彼女のことが気になってしかたない。初めはおずおずとうなずいているだけだったが、俺もガーデニングが好きなんだと花の話を始めたとたん、積極的に笑顔で話し始めた。その笑顔が今でも頭から離れない。

「十分休憩!」

彼女のことが気になりだしてから、出来るだけ彼女に声をかけた。話題がなくならないように彼女が読みそうな本も読んだ。毎日話しかけて、彼女の視界に俺が入るように行動もした。だけど彼女は一向にこちらの好意に気が付いてくれずに夏休みに入ってしまった。
夏休みに入ったからといって俺の生活は特に変わらない。朝から夕方まで基本的には部活だ。だけど普段と特に生活が変わらないのは俺だけではないようだった。田中さんも二日に一回は学校に来て、花壇に水をやったり図書室で本を借りたりしているようだ。彼女も学校に来ているのだからチャンスはいくらでもある。彼女にこちらの好意に少しでも気づいてもらわないと。

「おはよう、田中さん」

俺から声をかけないと、彼女は俺の存在に気付いても見て見ぬふりをしてしまう。十分休憩にしたのは、花壇にいる彼女に声をかけるためだ。

『あっ、幸村君。お、おはよう』

ホース片手におずおずと返事を返してくれた。だけど俺はもう知っている。花の話をすれば彼女は積極的に話をして、俺の方を見てくれることを。

「きれいな向日葵だね。こっちの花壇はまだ何も咲いてないけど何か植えてあるの?」

ほら、その笑顔。花の話をする時のその笑顔がたまらなくかわいい。

『ありがとう。こっちの花壇はね、秋にコスモスが咲く予定なの。ブルーデイジーも植えてあるんだけど…まだ咲いてないみたい』
「そうなんだ。コスモスもきれいなんだろうな」

彼女が大事に育てているんだからきっと秋にはきれいなコスモスが咲くだろう。ブルーデイジーも無事に咲いてくれるといいんだけど…

『…幸村君、呼ばれてるみたいだけど…』

彼女が指さす方向に目を向ければ、鬼の形相で真田がこちらを見ていた。そういえば十分休憩と言ってから、二十分以上は経っている気がする。

「ごめんね、田中さん。そろそろ部活に戻らないと…またね」
『あー、うん。バイバイ』

彼女のもとを離れるのは非常に名残惜しいけど部活に戻らないと…真田に怒られることが目に見えているから戻るのが少し憚られるが。

「ごめん、真田」

とりあえず怒られる前に謝っておこう。

「む…十分も遅刻だぞ」
「ごめん」

悪いという気持ちはもちろんあるけれど、ついつい花壇で水やりの続きをしている彼女に目がいってしまう。

「何じゃ、幸村の彼女か?」
「え、なになに!幸村君彼女いたのー?」

俺が遅刻することなんて滅多にないからか、レギュラーの面々が集まってきた。彼女と話していたところを仁王が見ていたのだろう。

「田中さんは彼女じゃないよ。まだ」
「まだ!?」

そう、まだ。これから彼女になる予定だけど…いや、彼女にするんだけど。

「今口説いてるんだけどね…なかなか気付いてもらえなくて。そろそろ本気を出そうと思ってるんだ」

だから邪魔しないでね。そう笑顔でみんなに話すとみんな固まってしまったけれど、まあいいだろう。
その後彼女は水やりを終えて校舎の中へ入っていった。図書室にでも行くのだろう。俺もちゃんと練習しよう。ラケットを握り直して、校舎から目を離してテニスコートへ足を向けた。

*****
「今から一時間休憩!」

テニスに集中していたらあっという間に昼になってしまった。一時間の昼休憩をとり、部室の方へみんな各々戻っていく。俺もラケットをいったん仕舞い部室へ行こうと荷物を持ち上げた時、校舎から出てくる彼女の姿を見つけた。俺は荷物をその場に下ろして彼女のもとへと走って行った。
そろそろ本気で彼女に俺が男だということを意識させよう。

「田中さん、もう帰るの?」

彼女の方へ走っていると、彼女も俺の存在に気が付いて止まってくれた。

『うん。本を借りたから帰って読もうと思って…幸村君すごい汗かいてるよ…』
「ああ。さっきまで練習してたし、今日は一段と暑いからね」

そう言って彼女の目の前で着ていたTシャツを脱いだ。汗をかいたから部室で着替えようと思っていたけど、彼女に男を意識させるならこれくらいはしないとね。

『ゆ、幸村君!?』
「どうしたの?」

俺が突然裸になったことに彼女は驚きつつ、顔を真っ赤にした。よかった。恥ずかしがるということは少しは俺を男として意識してくれているようだ。

『わ、私帰るね!バイバイ!』

耳まで真っ赤にした彼女は焦ったように、早口に話すと走って行ってしまった。もう少し彼女のかわいい顔を見ていたかったけど仕方ない。でもこれで彼女は今日から俺を意識せずにはいられないだろう。



Who said love is blind?

(恋は盲目なんて誰が言ったのだろう?)(彼女に男を意識させることなんてたいして難しいことじゃないよ)


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