雪消



「雪が、…」
「…うん?」


部屋の中央に置かれたベッドを裸で二回ほど軋ませ、部屋の隅に追いやられたストーブの暖かみと、激しく動いていた先ほどまでの熱とで上半身を外気に晒している彼が小さな窓の向こう側、ちらちらと降り出した雪の結晶を、地平線の彼方まで見ているかのような目をして呟いた。


「雪が、溶けて消えるみたいに、僕も…死ぬんだろうな…」


行為の時の余裕がなくて耳を擽るような擦れた声ではなく、ただ声量が小さいだけの、けれどもどこか重たい言葉を唇から落とした。


「冬になったら、必ずそれ言うよね…」
「そのたびに思うんだ」


私は胸まであるウェーブかかったブラウンの髪を右耳からうなじ、そうして左肩へと流して、胸元を隠すように薄い羽毛布団をたくしあげながら彼の肩に頭を預けた。彼が呼吸をするたびに視界がやや上下する。ゴツゴツと骨張ったそこに慣れなくて、少しだけ頭を下げた。


「寒くなったら、そんなこと考えちゃうもんだよ」


根拠もない、出鱈目を言った。


「…そうなのか、」
「…そうゆう事にしておこう?」


彼の二の腕から手のひらを滑らせて、布団の中にある大きな手のひらの上に重ねた。


「無性に自分に自信がなくなるんだ…生きた心地がしないんだ…」


そう言って俯いた彼。その横顔があまりにもはかな気で、見惚れるほど綺麗で、さっきまで一心不乱に、息も絶え絶えに、私のお尻を鷲掴みしてまで、精液の最後の一滴を奥の奥まで注いでいたくせに、窓越しに降り出した雪を見て、急に塩らしくなる彼が恋しくてしょうがない。

髪の毛先の隙間から見える首の肌色が色っぽく、赤く色づいていて、先ほどまでの行為が思い出されて思わず目を逸らした。


「いつまでも居続けたいって願ってても、居られないんだ…」


ぎゅっ、と重ねていた指がきつくなって、彼が握り締めたのだと分かった。私は顔をあげるとすぐに彼の表情を伺った。

その視線の先はいつまでも雪に向かれていて、泣き笑いの表情を浮かべて、ぎりぎりと手を握っていて、私には彼の言った言葉の意味が理解出来ないでいた。

それは窓についた雪の事なのか、生きた心地がしないこの世の事なのか、離さまいと手を握られた私の事なのか、私は答えが怖くて聞けないでいる。


「ねえ、私のこと好き?」


ただひとつ、たったひとつだけ確認したかった。それは彼からしたら脈絡のない問いだったのかもしれないけど、そんな空気とか、雰囲気とか細かい事に気を使うほど、私はお人好しでも器用な人間じゃないから、構わずに聞いた。


「大丈夫、ちゃんと好きだよ」


彼はふわり、すぐに溶けてしまうような声で、いとおしそうに言葉を紡いだ。何が、大丈夫で、何が、ちゃんとなのか、私にはよく分からなかったけど、好きという言葉が彼の口から聞けた以上、それだけで満たされてしまった。


「去年も、そんな話したけど…、今年も一緒に居れたね」


私はそれだけを言って、彼に寒さで粟立ちはじめた肌を擦り付けるようにして、より一層距離を縮めて、もしかしたら無意識に恥毛が彼に当たってしまっているかもしれないけど、それでも離れようとはしなかった。


「…そうだね」


彼の優しい瞳が落ちる。伏せた睫毛が男の人の割りに長くて、影を生み出す。そんな彼を少しでも勇気付けたくて、自然の笑顔を向けた。


「夏になったらさ、海に行こう…新しい水着買ってさ…」


彼が私の笑顔に応えるかのように、笑ってそう言ってくれた。


「その前にお花見に行こうよ」
「うん、いいよ」


あの小さな窓の向こうにある先を、道なりに進んで小川に架かる橋を渡って、少し東に歩いたらその川沿いにある、一年に一度しか咲かない桜を、一年分見せてくれる木の事を私たちは知っている。


「じゃあ、お料理頑張っちゃお」


私はおどけて彼の胸に耳を当て、あたたかい心音を聞くように抱きしめた。そうしたら彼は、重ねていた手で私の頭をゆっくり、いいこ、いいこ、とあやすように撫でてくれた。


「なら、今年こそ車の免許取るよ」
「ほんとに?」


彼は去年と同じ台詞を、一言一句間違えずに言ってみせた。私は笑いを堪えられずにはいられなかった。


「うん、ほんとに」


彼は真面目にそう言った。それは余計に私を笑かすだけだった。そんな私を彼は不思議そうにして、尋ねるように顔を覗き込んできた。だから眼球に薄く伸びた涙を目尻に溜めて、一呼吸置いてから言葉を紡ぐ。


「ふふっ、去年もそれ、言ってたけど?」


だからイタズラに、そう言ってあげた。彼は渋い顔をして不自然に目を逸らした。その視線の先は、あの小さな窓で、雪がはりついたと思ったら、この室内との温度差ですぐに水に化けて下へと垂れた。


「がんばる、今年こそ、ほんとに…」


根拠も自信もなく、彼はそう言った。いつまでたっても変わらない人。春は花粉症で目と鼻を真っ赤にして、夏は日焼けで肌を真っ黒にして、秋は落ち葉と同じような色の服ばかり着て、冬は雪みたいに弱々しくなって、もう免許を取ると約束してから何度桜を見たのか分からない。

それでも彼は決まって今年こそは、と言う。それはきっと果たされないのだろうけれど、こうして私は今日も、彼からの小さな、他人には分からないような愛を感じて、明日の生きる力に変えて、彼と同じ道を歩んで行きたい。


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>>Rさん
企画へのご参加ありがとうございます!冬(雪)・ダメ男のキーワードで何か書いてほしい、との事で書き上げました。冬と雪に関してはクリアでいいんじゃないんでしょうかね。私は勝手に満足していますが。問題はダメ男ですよ、ダメ男。ダメ男って色んなタイプに分かれているので、どんなダメ男にしようか迷って、メンタルが弱くなる男の人で書いてみましたが、…どうなんでしょう。後から違うタイプのダメ男っぷりを発揮させましたが、これは違いますかね?問いかけちゃダメか。でも、これじゃあ女の人も若干ダメ人間なような感じが拭えな…、いいえ、なんでもありませんよ。

楽しく書かせていただきました!
お粗末さまです!
ありがとうございました




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