神と罪と女


「神様っていると思う?」
「さぁ、どうなんだろう」

「違う、あなたの意見」
「人類の八割以上信じているならいてもいいんじゃない」

「ちなみに私はいないと思う」
「ああ、そう」


とある一室にて、青年期の男女二人が雑談していた。女の方は顔面にソバカスを散らかせて、前髪を結いで額を晒しているが妙に似合っている。そうして、かわいい顔立ちをしている。髪はゆるく縦に巻かさっており胸まである。

男の方にはこれといった特徴がない。髪は短髪で、顔立ちも悪くはない、が、味気ない。目を閉じて、顔を思い浮べようものなら上手く思い出せないような、顔。賢そうにも見えず、ただただ生きているだけのようにも見える。


「罪を犯したらどうすればいいと思う?」


女が問う。
先ほどからそのようなやり取りが繰り返されたいたようだった。男の方は、これまた面白くなく、「どんな罪?」などと聞いた。


「例えば、人殺し」
「物騒だなぁ」

「自首すればいいの?」
「まぁ、償わななきゃ駄目でしょ」

「誰に?」
「そりゃあ、故人だろ」

「死んだ人に?」
「無意味じゃないさ」


男の方は、さも自分はこの世の全てを見切ったような言い方をしていた。女はつまらなそうに唇を尖らせて瞬きを繰り返している。


「思った、」


女が不意に口を開く。


「神様は存在していたんじゃないかって」


男は何も言わない。女が続ける。


「人間界にいた神様はきっと死んだとき、みんな悲しんだ、みんなはそうして天に拝んでその人の事を想った、それが今に伝わる神様」


とんでもない女の発想に男もいやらしい笑みを浮かべている。女は思い通りの反応が貰えないのが不思議なのか、首をかしげている。


「ちがう?」
「いや、だから、知らないって」

「…神様の話、やめよう」
「おう」


女は萎んだような表情をするが、男の方は興味がないといったように振る舞っている。なんとも可笑しな光景である。二人で、密室にいると言うのにロマンチックではない。向かい合って、夕日に照らされて、燃えるような赤に染まっているというのに。


「この間もこんな会話だったよな」
「…あれは、拷問と天罰」

「大差ないと思うんだけどな」
「いいの、私がいいから」


男は想い更けたように椅子にふんぞり返って足を組み直した。腑に落ちていない様子だが、それも仕方ないと甘んじて受け入れているようにも見えた。女の顔がほころぶ。


「ねえ、私が罪を犯したら、どうすればいいと思う?」


女はまた物騒な話を始めた。男は深い息を吐きながら「人殺し?」とまた物騒な事を言い出した。女は肩をすくめて「なんでもいい」と言った。男は三度瞬きをしたあと、また同じようなつまらない解答をした。


「やっぱ他人の命を奪ったら、」
「償うのね、罪を」

「うん、まあ人間だからね」
「ふふっ」

「万引きも、同じ」
「…やったことない、」


女は唇を尖らせて、やや上目で男をみた。男はすぐに顔を逸らし「別にそんなわけじゃ…」と、言葉を濁す。男も女も、この時ばかりは居心地が悪そうだ。


「……きっと私が罪を犯したら、自首して罪を償うわ」


女は迷いなく言った。その前提条件が気に食わない。けれども男は納得したように何度も首を上下した。親が子をあやすようにも見えた。


「ならその時、あなたはどうしてる?」


真面目な顔つきで女が聞いた。男は困ったように笑っている。女の眼差しは真剣そのものである。意識が男に集まる。


「君が出所するのを待ってる、かな…」
「ふふっ、なにそれ」


女が即答した。


「ははっ…うれしい?」
「……うん、うれしい」


いやな雰囲気に包まれた。


「ならそん時、結婚でもしようか?」


男は言った。ニヤリ、厭らしい笑み。女は一瞬驚いたように目を見開く。顔から眼球がこぼれ落ちそうだ。それからして「それ、ほんと?」女は万更でもないような言い方をした。男は笑う。


「なーんてな、いま俺彼女いるし」


女も釣られて笑った。異様だ。空気が、オーラが、雰囲気が。直接その場にいないが伝わるものがある。二人独特なものなのかもしれない。相乗作用、自然科学の法則。よくわからないが、そのような類いだと悟る。

それから暫く、二人は沈黙に包まれた。歯痒いものではない。心地よい沈黙。辛くない沈黙というのはそうそうあるものではない。二人の間には無防備にも何もないのだ。だから余計不思議に思えてくる。男の意識は酔っているようにも見える。

その中、沈黙を破ったのは女だった。


「ねえ…、彼女って誰?」


口を開いたと思ったら、女はそんな事を言った。表情は変わらない。しかし、重みのある言葉なのは伝わる。男は女の方へ顔を向けた。視線が絡まる。生唾を呑み込む事さえ緊張する。男はそれを知ってか知らずか、「マネージャーだよ」と答えた。


「へぇ、なんかいいね」
「サッカー部の女神って呼ばれてる」


女が話に食い付いた。


「女神?」
「おう、そいつがなベンチに入ったら必ずその試合は勝つってゆー、」

「なにそれ」
「ははっ、すごいだろ?」

「うん、それはすごい」
「まあ俺は実力だと思うんだけどな」


男は彼女のことを思い出しているのか、顔がほころぶ。それから天井を仰いでにんまりとしている。女はつまらなそうに唇を尖らせ、窓の外の景色を見つめている。意識が微睡む。

女は片耳に掛けていた髪をほどく。


「なぁ、」


男が女に声をかけた。女は不思議そうに首を傾け返事をする。


「お前、犯罪とかに走んないよな?」
「…なんで?」

「…物騒な話題持ち出したから」
「いつもそんなんじゃん」

「あーまあー…そうだけど、」
「ふふっ、大丈夫よ」


女はまた髪を片耳にかけて夕日を眺めだした。男はそんな姿を見てから窓の外へと意識をずらす。規則正しい針の音が時を刻む。


「んじゃ、俺あした朝練あるから」


男はわざとらしく音をたてて立ち上がり、足元から自分のスクールバックだけを拾い上げた。女は男を見守っているだけのように見える。


「家まで送ろうか?」
「ううん、大丈夫」

「なら、気ィ付けて帰れよ」
「ありがとう…」


女は椅子に座ったまま男の方へ身体を向かせた。にっこり、貼りつけたような笑みにも見えたが、憎たらしいくらいに可愛い。


「んじゃ、明後日なー」
「うん、」

「また此処だろ?」
「天気悪かったら屋上ね」

「…お前、」
「風邪引いたら女神に看病よ」


男は言い掛けた言葉を飲み込む。そうして、顔をだらしなくさせた。男という生き物は大概にそうなのである。女は女で笑みを浮かべた。太陽を背にしているものだから、怪しく陰が揺らぐ。


「さっそく茶化すなよ」
「いいじゃない」

「はぁ、じゃあ、またな」
「うん、待ってる…」


男は片手をぶっきらぼうに上げて部屋から出ていった。女はその背中に応えるように手を振りながら、徐々に小さくなっていく男の後ろ姿をじっと見ている。そうして女はまた、物騒な事を口にした。


「待ってる…、償って待ってる」


─────────
>>長谷川さん
企画へのご参加ありがとうございました!「変わり者の女と平凡な男の話でちょっとくどい感じ」を考えに考え、考えた末にこの短文が生まれました。テスト中でした。変わり者の基準が定まってない以上、私の中の変わり者ちゃんです。興味を示すベクトルがちょっと変な方向な感じで。平凡は適当に動かせばいいかなって、甘い考え。しかし、男も男で何を思い、何を考えているのか分からないですよね。そうして会話文が多めで申し訳ないです。女の子をしゃべ子(よく喋る子)にしたかったのです。二人の関係は不明のまま。ただ、女の子にとって男の子の存在は大きいものです。理解者ではなく、信頼している人なのですかね。女の子が変わり者だからよく分かりません。まあ、書いた張本人すらよく分からないような女の子です。

楽しく書かせていただきました。
お粗末さまです!
ありがとうございました!




「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -