うだる、ような熱。
それは太陽の微熱でもなければ、バスケの後にくるようなものとはまた違う熱で、言うなれば摩擦と保温とエネルギー。


「シュン、」


やや英語発音の名残がある俺の名を呼ぶ声。水分がなくて、空気を多く含んで、擦れていて、やっぱり熱っぽくて甘ったるい声色。

じんわりその余韻に浸りながら、はふはふ、浅い呼吸を繰り返していたおれは、水っぽい瞳をゆっくりと動かし隣に意識を傾ける。


「そんな顔しないでくれよ…」


動きに動いたからか、いつもは長めの前髪の所為で拝むことの出来ない左目が、ちらり、うかがえる。

やっぱり、かっこいい。おもたくない一重が、確かにおれを見つめている。余計に身体を動かすのが億劫になる。


「しゅん、好きだよ」


はふん、としていた息を飲み込んで、今にも落ちそうな瞳の水気をこらえようと、くしゃりと顔を寄せる。


「しゅん、泣かないで」


これっぽっちも泣く気なんてないのに、なんの勘違いをしているのか。いや、勘違いをさせてしまったのだろう。

ひどく辛そうな表情を浮かべて、しなやかな白の腕。するり、と伸びてきたと思ったら頬に触れて、そのまま親指を横に滑らせた。

熱を帯びていた頬に、うっすらと横に伸びた冷たい一本筋。それがおれにはくすぐったくて、ふふっ、と笑えば、なんだい?と聞いてきた。

ふやけた意識の中で、思わず笑った理由を説明する余力なんてない。


「……た、つ、ぁ」


声だって、ひどく疲れているみたいで、満足に名前すら呼べず、間抜けに口をぱくぱくさせた。


「ははっ、俊…これが欲しいのかい?」


そう言った顔は、おれを意地悪する時の、怪しくて、いやらしい顔で、こんなにされた挙げ句、まだ、だなんて言われたらたまったもんじゃなかったから、くしゃり、顔を歪めた。

その瞬間にシーツの擦れる生音。近づいた体温。とけるような柔らかい熱が押しつけられた。

触れただけ、だと思っていたら、ぱくぱくと、本当に唇を食べちゃうんじゃないかってくらいの、しつこいキス。

ぬめりの奥にあるざらついた感触が、れろっ、と走れば、吸い付くようにして何度も何度も唇を持っていかれる。


「んむっ…んン、…んっ、う」


また呼吸の仕方を忘れさせられた。ぼやけていく意識。あんまり得意ではないキス。どうすることもできず、死ぬなら今だと思った。


「は、ぁ…は………しゅ、ん」


余裕のない、声が名前を呼んだ。うつろになった、両目。ぼやけていく目の前にいるはずの好きな人の輪郭。冷めない熱がおれを困らせる。

キスが欲しいのではない。だけどいらないわけじゃない。もっと、確かなものがほしい。離したくない、じゃなくて、ずっと傍にあってほしい、みたいな。

まばたきをすれば、ぽろぽろ、うろこが剥がれていく。うぅ、とうなってもおさまらなくて、呼吸も浅くて熱っぽい。


「しゅん、好きだよ、しゅん」


ちゅ、ちゅ、とこぼれる涙を吸われていく。あたたかく、なだめるような声に、甘ったるい言葉。

くらくら酔い痴れた頭は、ぼんやりと景色を映した。氷室の顔と星屑のまばたきと誰かがかじったみたいなお月さま。

ぜんぶ、ぜんぶ、甘さにとかされてしまいそうな、そんな夜だった。


title:月に蜂蜜



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