「くろこ、」


聞き慣れた心地のよい声色に振り向いて応えれば、変に目配せをして柄にもなくソワソワと落ち着きのない火神くんがいた。火神くんは僕よりも先に着替え終わっていて、エナメルバックを肩に掛け直しながら部室の出入口によしかかっている。


「先行っててもいいですよ」
「…ちげーよ」


僕と火神くんは部活帰り、いつもマジバに寄っていたので、みんなは薄情にも先に帰ってしまい戸締りを任されてしまうくらい僕は身支度が遅くなってしまい、火神くんが痺れを切らしているのだと、思っていた。けれども、火神くんはそうではないみたいで、僕は首をかしげながらカッターシャツのボタンをしめる。


「じゃあ、なんですか?」
「いや…だから!……その…」

「はっきり言って下さい、気持ち悪い」
「き、気持ち悪いってなんだよ!」


火神くんは盛大な溜め息を吐いたあと、首の後ろを無造作に掻いた。僕は構わず身支度を勧める。ジャケットを羽織って、ロッカーの扉を閉めたら、こすれた金属音が部室に響いた。結局、火神くんは最後まで何も言わず、けれども律儀に僕を待っていてくれた。


「火神くん、帰りましょう」
「……くろこ」

「はい、なんでしょう」
「…キスしたい」


は?、と思わず聞き返した。火神くんは至って真面目な顔をしていたので、僕は悪寒を覚えた。瞬きを何度も繰り返していたら火神くんが近づいてきたので、同じ歩調で後ろに下がっていれば背中に嫌な冷たさが伝わってきた。振り返ればロッカー。

これは、やばいです。そうしていたら顔の横に火神くんの腕があった。もう逃げ場などなくなっていた。正面を向いたら火神くんの顔が間近にあって、性急に唇が重なった。

すぐに離れて、火神くんと視線が絡まる。自分は顔が赤くなっていくのを自覚する。今度は僕があちこちに目配せをするはめになった。手の甲で唇を押しつけて、先ほどの唇の感触を忘れようとした。


「……気持ち、悪いか?」
「…ええ、気持ち悪いです」

「うっ……」
「何するんですか、いきなり」


ギロリと下から睨むと、火神くんは息を詰まらせて眉を潜ませながら困った顔をした。僕は強引に火神くんを押し退ける。けれども火神くんは動じない。相変わらず逃げ場はない。


「わりぃ…なんか、そんな気分になったんだ……忘れろ」


火神くんは帰国子女だから、アメリカでは世間的にも同性の偏見はないし、日本ほどキスに抵抗感はない。そうだといっても、今の僕らは、よくない。


「だから、って、…」
「………んだよ」

「そう簡単に忘れられないですよ…」
「………そ、うだよな」


また火神くんは首の後ろを掻いた。その隙に僕はいくらでも逃げられた。けれどもそうしなかった。馬鹿な火神くんでも、そこらへんは悟ってほしい。手の甲をよけると、唇の温かさが滲むように復活してきた。


「火神くん…」
「……あんだよ」


こんな大きな身体をしているのに、内面は割りにあわないのですね。


「バニラシェイクが飲みたいです」


そう言えば、火神くんは一瞬の間が空いて、はっと息をひき返したかのように慌てて身を引いた。脳が落ち着いてきたのでしょうかね。キスの時の強引さは虚しくも、どこかに行ってしまったようだった。それがどうも可笑しくて、火神くんをからかいたくなった。


「火神くん」
「あ?んだよ…」

「もちろん火神くんの奢りですよね」
「はぁ?…たく……しゃあねぇな」


そう言えば、火神くんはどこか嫌そうな態度をとりながらも、嬉しそうに僕の横についてきた。相変わらず火神くんは可笑しな人だ、と思いつつ、ひたに隠し抱いていた感情を教えてもいいのではないかと、部室の鍵を指で回しながらゆっくりと思い始めた。


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おくれた!火黒!いえい!
雑食だからリバもかきたいな!



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