布団に顔を押し付けて必死に呼吸しようとするけれども、下から突き上げてくる快感に脳は痺れ、声は擦れ、流れる汗と涙と精液混じりの唾液のお陰で上手く酸素を取り込めない。

黄瀬が背中に唇を這わす。不規則に熱い息が吹き掛けられて背中が反った。そうしたら内側の黄瀬に、自分では触れられない、本当は気持ちいいはずなんてない、黄瀬によって開発された直腸付近の、自分の一番感じるところに、ぐりり、と普通じゃ考えられない性器突き当たって、あり得ない痛みと同時に電気のようなものが脳幹まで駆け上がってきて、甲高い声をあげたら黄瀬は俺の上で小さく呻いて、あつい熱をそこに注いだ。俺は悲鳴にも近い声を上げてそれを受け入れる。



まだ荒い呼吸の中。黄瀬は射精が終わると自分から己を抜き取って、覚束ない足取りのままフラフラと部屋を出ていく。

ここは黄瀬の家。ついでに寝室。ダブルよりは小さくシングルにしては大きすぎるベッドを一人で使っているらしい。どうでもいい。とにかく、俺はここ何日間か、どれくらいか分からないが、ここにずっといる。力なく放り投げだされた四肢にシーツを手繰り寄せて覆った。鎖が鳴る。

なんでこんなことになったのか、天井にある電気の残光をぼんやりと見つめながら思いだしはじめる。そうして、やめた。頭が痛くなる。頭で思い出そうとしなくても体が覚えている。笑えないな。ギャグも思いつかない。胸に手をあて自分を確かめてみた。

黄瀬と初めて出会った時は、ただ凄い奴だとしか思っていなかった。そうして練習試合をして、たびたび黒子に会いに来て、健気なその友情に、からかうように声をかけていたんだ。そうしたら黄瀬は黒子ついでに会いに来るようになった。共通の話題だってあったから食事を共にしたこともあるし、専用のフォルダを作ってもいいんじゃないかってくらい、それは黄瀬が一方的だったがメールのやり取りもした。

なんで俺なの?黒子や火神はともかく、どうして俺と仲良くしてくれているのか不思議になって聞いたことがある。そうしたら笠松さんが俺を評価していたから、とか、自分に優しく接してくれたから、とか、聞かなきゃ良かったってくらい喋ってくれたこともあった。

そうして、告白されたんだ。生意気に赤い薔薇なんか一輪寄越して。好きだって、付き合いたいって。からかわれているんだと悟った。質の悪い冗談だって笑った。その日は、それだけで終わった。

そうして黄瀬はまた訪れてきた。例に依って、黒子を構いにきたようだった。気にしないようにした。いくらイケメンでも男に好かれていい気分ではなかったから。そうしたら、黄瀬はいつもと変わらず泣き付いてきた。黒子っち、黒子っち、と黒子の愛称を連呼されて、抱きついてくるもんだから、練習終わりを黄瀬にあげた。

食事をして、黒子にまつわる話だったり、バスケの話だったり、他愛もない会話をする。あの日の告白は嘘だったかのように。いや、嘘だったのだ。そうと分かれば、平気だった。面白い奴で、人懐っこくて、学校は違うけど、同じバスケが好きなプレイヤーとして、とってもかわいい後輩だ。

そうして成り行きで家にお邪魔した。セキュリティ対策が万全なマンションに独り暮らしらしい。前に一度、行きたいと話していたから来れてよかったと思った。

それも束の間。それからは、もう、この様だ。

犯されて、ぐちゃぐちゃにされて、写真を撮られて、お金ではなく身体を要求された。誰にもばらされたくはない、恥ずかしい写真。そこに写っているのは、犯された時の俺、まさに、羞恥心の塊。親に、友人に、学校にばらしちゃうっスよ。そう脅されて、それでも身体をまた汚されるのは嫌で、必死の抵抗も虚しく、訳の分からない薬を俺に気付かれないように飲ませた所為で、俺の意志に反して足を開かされた。気が付いた時に手足は手錠と足枷で拘束されていた。

自棄になっていった。黄瀬は好きだと言った。そうして好きだと言わせたがった。何度も考えた。好きだと言ってしまえば解放されるのだろうかと。妥協して受け入れたら楽になれるだろうか、と。でも、やっぱり言えなかった。一方的な性行為中に聞いてくるから、それが好きだと、言っているような感じに思えたから。

最近は焦らしなのか、本当にやめたいのかわからないが、今日はやめよう、なんて日もたまにはある。それでも中途半端に触られて、不完全燃焼なこっちの身にもなってほしいなんて誘った自分もいた。もう、わけがわかんない。

昔の黄瀬は友人としても、後輩としてもいい奴。ただ、こうなってからは、もう嫌な奴。中学からモデルをして、マルチでも活躍して、バスケでも一目を置かれているのだが、やっぱどこか子供っぽくて、情緒不安定で、目が離せない一面がある。

こうして、ベッドに寝転がっている間にも、黄瀬はネットに自分の写真をばらまいているんじゃないかって思ってしまう。そう疑わないといけないのが、今の黄瀬である。もし、そんな写真が、俺の知っている誰かに見られてしまったら。あっ、やばい。


「……うっ、…ぅ゙」


違和感。激しい頭痛。気持ち悪い胸焼け。酷い嘔吐感が込み上げてきて、慌てて口を押さえた。それでも虚しく吐いた。空っぽの胃からはベタつく胃液だけが出てくる。酸っぱい。視界が滲む。意識が朦朧とする。指にまとわりつく液体。吐くのが癖になってしまっていた。だから慣れたことだった。けれども、俺はなに不自由ない生活を提供されているのに、こうして吐いてしまう。食事を拒めば黄瀬は泣いた。黒子に粗末な扱いをされた時のような涙ではない。懇願するように泣くのだ。だから食事は食べているが全てを消化し切れず吐いてしまう。


「…あ、あ……きせ、…きせ」


指の隙間から吐き出したのがこぼれて、ベッドに染みを作り出した。立ち上がろうにも上半身を起こすのが精一杯だった。

大きな声ではなかったが黄瀬を呼ぶと、お呼びっスか、と駆け寄ってきてくれた。きっと、シャワーを浴び終えてから間もないのだれう。俺のすぐ隣まで来てくれて、事の次第を理解したら、まだ出しますか?と優しく背中をさすってくれた。

ベッドの下から洗面器を取り出して、顔の近くまで持ってきてくれた。だが手の中の嘔吐物は呆気なくベッドに落ちていた。洗面器を受け取り、だらしなく空いた口から舌先を伝う唾液を垂らす。


「み、ず…、」
「あっ、待ってて」


黄瀬は駆け足で部屋から出ていく。ああ。黄瀬を一人にさせたら、写真がばらまいているんじゃないかって恐怖が来た。気持ち悪い、嘔吐。黄瀬が、一人。また嘔吐。早く、早く俺の傍に帰ってきて、「きせ…」。


「伊月さん、」


声が重なる。


「水、もってきたっス」
「あっ、あっ、あ……きせ」

「はい、俺はここっスよ」
「きせ…きせ…、うぅ…」


生理的に溜まっていた涙が頬を伝う。上半身裸で髪の濡れた黄瀬が笑った。やっぱ、いけめん。こんな人に愛されて、抱かれて、俺って実は幸せ者なんじゃないかって思い始めた。


「ほら、くち、ゆすぐっスよ」
「ん…」


手渡されたペットボトルのミネラルウォーターをぬめる両手で受け取り、代わりに洗面器を持ってもらう。開け口を近付けて容器を傾ける。冷たい液体が流れ込む。たいして濯ぐことも出来ずに吐き出した。唾液が止まらずまだ舌を伝っている。


「あーもう見てらんない」


黄瀬が近づいてペットボトルを持つと、気にせずにミネラルウォーターを口に含んだ。そうして自分の顎をやや強引に掴んで引き寄せ唇を重ねてきた。ゆっくりと流れ込む水。明らかに先ほど自分が口に含んだ分より多くて端から漏れだした。


「はい、だして」


すぐ離れたと思ったら洗面器が近づいてきた。水を吐き出す。ただ含んだだけなのに、だいぶスッキリした。それを二回繰り返した。


「ごめん、きせ…」
「いいんスよ、これくらい」


いつもなら、一人で出来ていたのに、性行為をしたばかり、しかも今日は激しかったからか、口を濯ぐ体力も残っていなかった。ティッシュで口の周りや手を拭い、ついでに涙も拭き取ってもらった。見上げれば黄瀬に穏やかな笑みで見つめられていた。こんなに献身的にされているのに、もう黄瀬が近くいないだけで物凄く不安になるのに、俺はどうして、黄瀬に言えないのだろうか。


「りょーた…」
「うん?」

「………すき、」
「えっ………う…うわわわわわ!」


言って、やった。そうしたら黄瀬は顔を真っ赤に染め上げて目を丸くした。それが、なんだか、面白くって、笑った。


「えっ、ちょっと、えっ、うそっ」
「……………きせ」

「いや、だって今!…うわぁぁっ」
「……うるさいから、」


膝に落ちてきた黄色の頭を優しく撫でる。じんわりと膝が暖かくなって濡れていくのがわかった。


title:静かなBPM





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