戻る



久しぶりに外食に行こうなんて誘って俺はステーキ、彼はハンバーグを食べて他愛ない話なんかして「そういやあそこにコンビニ出来たんだね」とか「明日は気温が今日より低いらしい」なんてどうでもいい会話なんかしながら胃袋を満たし、それから2人でのんたら歩いて「今日はこの道から帰ってみよう」とか言われて適当な道路を曲がって道なりに歩いてたら煌びやかで貧相なラブホテルの前に着いて「こんなところにラブホあったんだ」とか小さく本音を洩らしたら何故か彼は頬を紅くして「もっ、戻ろう」と俺のパーカーを強く引っ張りながら来た道を行こうとするから、「なんで」って聞いたら「なんか、恥ずかしい」なんて言うもんだから、きっと、ちょっと随分前のセックス、俺は彼が放精してとろけている場面を脈絡なく思い出して、照れて、彼は相変わらず「ねえ、帰ろう」なんて強く引っ張ってくるもんだから、なんか虐めたくなって、俺より背の低い彼に無理やり俺のパーカーを着させ、「今日はこの道で帰ろうって言ったの誰だっけ?」なんて意地悪言えば、途端に歯切れが悪くなった彼の言葉にクスクス笑って「大丈夫だから」なんて軽い言葉をかけて腕を引き摺る。ばれる、だの、恥ずかしい、だの、家に帰ろう、みたいに嫌がる彼にフードまで被せてもまだじたばた抵抗するもんだから、キスした時に唇を噛んでやったらちょっとは大人しく、というか涙目になって折れたみたいで部屋に入って取り敢えず一戦交えた。

パリパリの、のりがあったシーツはもうヨレヨレのぐしゃくしゃで、その中心でハフハフと酸素を取り込んでいるだけの彼に「もしかして初めて?」なんて聞いたら「男って意味なら…」とか可愛くないことを言われた。別に、ゲイじゃないし。ああって納得してしまって、それにしても腰の動きがぎこちなかったから、やっぱり久しぶりなのと、恥ずかしいのと、初めてなのとが交ざって、緊張していたからなんだろうなと考えて横たわる。そう言う意味なら俺も初めてだ、呆け。

「もう帰ろう」そんな弱々しい声がして寝返りを打てば、パチり、目が合い、ぎくしゃく視線は逸らされたものの向かい合わせたまんま「明日の朝は、寒いから」とかなんとかモゴモゴ言ってスン、と鼻をすするから「なんで」と聞けば暫くして「いいから、帰ろう」なんて言われてしまったから、そう言うことなのかな、と悟って、何も言わずにシャワーを浴びた。ラブホみて、そんな気にさせたのはあっちなのに、全部俺が悪いみたいな顔をして泣くから、とかウジウジ考えて、気持ち悪くなって水をかぶった。

この道からどうやったら家にたどり着けるのか正直分からないから「やっぱり戻ろう」と濡れた髪をタオルでガシガシ拭きながら言えば、「戻るって?」なんて聞かれて何も言えなくなってしまった。ビー玉みたいにクリクリした瞳が吸い込む。戻ろう、と最初に言ったのはお前じゃないのか、と思ったのと同時に違和感。引き返すだけなんて、簡単だと思っていた。来た道を辿る、なんて言えなかった。もっと、違う意味に聞こえてしまった。今日の夕食だって彼はハンバーグをつついただけだった。あそこで酌み交わされた会話もまとまりがなくて、目は逸らされるし、彼はきっと、俺が怖いのだろう。有無を言わせない俺にいつも彼が折れて、歩調を合わせて付き合わせて、もともと好きとか言い合うような仲じゃないし、というか何にもないし、家に帰ろうって俺があそこに転がりこんでいるだけだし、一緒に帰ろうなんて言われてないし、戻るって、としか言われていない。つまりは、そう言うことで、どういうことなのか分からなくなってしまったから、もう何も言わず、「いいからシャワー浴びてこい」とだけ言ってベッドに座った。きっと彼はそんなに重たい言葉を吐いていないのに。

それからは入った時と同じくしてホテルから抜け出し、お互い喋らず来た道を辿った。「パーカー、ありがとう」なんて信号待ちで言われて、よくわからない、と視線を送れば「これ、あったかい」なんて言って笑い「寒くない?」と聞かれて首を振ったら「じゃあ、まだ着てよう」とか言うもんだから、どんどん深みにはまっていっているような錯覚になって、怖くなってきてしまった。ホテルなんて行かなきゃよかった、今日は抱かなきゃよかったなんて本気で思って、帰りの会話はほとんど無く、ぶらり、家にきてしまった。

ごめん、靴を脱ぐ前に、そう言えば前を行く一段差の彼が振り向いて不思議そうな顔をしたから「ごめん」とまた言って靴を脱いだ。彼は何も言わず追い抜いた俺の後についてきた。「あのまま歩いたら、確か出来たばっかのコンビニ行けたはずだったんだけど、まさかあんなところに、あんなのがあるなんて……やだな」と彼は適当につけたテレビを見ながらそうぼやいて、俺のパーカーの袖を伸ばして口元に当てながら「もう、やめような」なんて彼が言った。よくわからない台詞だった。顔が真っ赤だ。

「なんで」俺はそれしか言えず、答えなんか求めていないのに「だって……、はずかしい」とパーカーで上手く顔を隠され、何も言えなくなった。そんな俺の様子をちょっと伺って、困ったように笑ってから、「ごめん、あんま、好きじゃないんだ…」なんて。言った。

何が、とも聞けず、なんで、とも聞けず、俺はただただ俯いて、うるさいテレビに音声を任せ、立ち上がる。好きじゃない。確かに、彼もそうなのかもしれない。彼の視線が追い掛けてきた。「どこ行くの?」その問いかけに上手く答えれず「ちゃんと戻るから、」としか言えなかった。靴を履くのを失敗した。ダサい。身体がつんのめって、ドアに頭をぶつけそうになって、慌てて扉に手を突いたら、思いの外、ガタガタ、音がして、部屋の奥から「気をつけてね」なんて、声をかけられて、たちまち惨めな思いになって、やっぱりダサいけど、外に飛び出した。

夜空は冷たくてシャワーを浴びたばかりでTシャツ一枚の身体にはきつかった。寒かった。清々しさは微塵もなかった。引き返す、だけじゃない。簡単でもないこの答えの先は頼りない街灯だけがあって爪先しか照らさない。時間が溶かしていくであろう、この鳩尾の奥にあるどす黒いしこりのような感情に、魅せられ、取り憑かれ、散々なことをして逃げてきた。逃げて来たからこれでもう怖くはないってわけでもなさそうで、よくわからなくなった。男だからあーだこーだ、言わないし気にしない仲だったから、女よりも都合がよくて、扱いやすくて良かった、いいや、好きだ、った。いいや、わからない、どうだろう、俺は楽しかった。とにかく最後の晩餐はステーキで良かったと思っている。






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