メガネラブ
「ねえ、これ良くない?」
ソファに寝転がって雑誌を読んでいた俺に、声を掛けた年下の恋人。
なんだろう、と身体を起き上がらせてみれば、普段見せない生き生きとした目でパソコン画面を指差していた。
「なにが?」
「これ、このメガネ!」
ゆっくり立ち上がってパソコンの方とフラフラ歩きだした。俺の恋人は普段からずっとメガネをしていてて、フレームを変えたいな、なんて前に言っていた事を思い出した。きっとどこかのネットショッピングでいいメガネを見つけたのだろう。
「どれ?」
「これ!これの黒!」
「は?」
「ねっ!いいでしょー?」
恋人の肩越しに画面を見れば、今かけている黒縁のメガネとたいして変わらないようなメガネの写真があった。そうして値段を見たら、どこかのブランドものなのか、目で一、十、百、千、と数えてしまうほど高い。
「え…意味わからん」
「は?」
「今のと同じじゃん、しかも高いし」
「よく見て!これは丸くて、こっちは四角いの!」
そういって、レンズの形状が違うと言った。確かに違う。そうしてフレームが心なしか太くなっている気がする。だから、なんだ。
「えぇー…」
「きっと似合う!欲しい!買って!」
「マジで?」
「うんマジマジ、ねぇ!欲しい!」
普段から無欲な俺の恋人の頼みごとだった。どれほど無欲かと言ったら誕生日プレゼントに何が欲しいかと聞かれたら何もいらない、と言って抱きついてくるくらい。それはそれで欲深いとも思うけど、可愛いと思うけど、違う。とにかく、いま満足しているから何もいらない、と普通に言えちゃう人だから、こうやって具体的に欲しいと言ってくれたことは珍しいし、嬉しいし、笑顔が可愛いから買ってあげたいのだけれど、値段が値段なので、さすがに渋る。
「やっぱ、だめ……?」
「うーん」
「…だよね、高いもんね、」
「……いや、まぁ」
しゅん、と萎れてしまった恋人はキーボードに視線を落とした。別に、買えない値段なわけではない。ただ、渋っているだけ。裸眼の俺からしたらメガネ属の恋人のメガネにたいする思い入れが違うから、どうもこうも上手く乗れないのだ。
「じゃあ、なんか条件つけてよ」
「え?……条件って?」
「うん、そしたら買ってあげる」
「本当!?」
そう言うと途端に顔をあげてキラキラとした笑顔を見せてくれた。単純だなぁ、なんて笑って頭を撫でた。
撫でられることが嬉しいのか気持ちいいのか、それとも買うと言ったからだろうか。目を細めて身体に擦り寄ってネコのように甘えてきた。
それから暫く、うーん、と唸りながら天井を見つめたり、俺に甘えるように頭を擦りつけたり、視線を落としたりして真剣に悩んでいるような素振りをする。
「で、条件考えた?」
「んー…よく分かんない…」
「例えばー、肩たたき30分、とか」
「えぇー、それは違うよー」
そういって嬉しそうに笑ってくれる恋人。というか、肩たたきが違うって、なんだよ。せっかく、買わせてあげようとしているのに。
「あっ、わかった!」
条件を必死に考えている恋人の尖らせた唇に噛み付いてやろうかな、と思っていた矢先に何か思いついたみたいで、唇を受け入れようと閉じていた瞳が開いて、至近距離で目が合って、なんか思わず照れて顔を避けた。というか、分かったって、間違っている気がする。
「条件決まった?」
「うん!あっ、……でも、」
そう無邪気に言って、だけどもほんのり頬を赤く染めて、ちょっとだけ俯いた。
「嫌じゃなかったら、…それでメガネ買ってね?」
別にもう条件なしでもメガネは買ってあげよう、なんて思っていたから、そういう風に言われて、ちょっとだけ意気込んで「言ってみて」と言った。ぎくしゃく、言葉が紡がれる。
「あのね…、いつも、メガネで…したことなかった、でしょ?…だから、メガネかけたままで、…えっと……してもいい、っての…だめ?」
何を言っているのか正直さっぱり分からない。なんで赤く染まって、俯いて言っているんだろうか。
何も言わない俺に、恐る恐る、申し訳なさそうに「やっぱ、ダメだよね?」と聞いてきたから、俺は正直に「どうゆう意味?」と尋ねた。
「えっ、えと、……え…、恥ずかしいんだけど……っ」
そう言われて、やって気付いた。
「セックスの話?」
平然と俺がそう言えば、カァっと顔全体を赤くして恋人は何も言わなくなってしまった。図星、ですか。
それからして、恋人の赤みが移ったかのように俺の顔にも血液が集まって来た。
だって、これは遠回しに夜のお誘いをされているようなものだし、いつもなら出来ないメガネをかけたままのセックス、つまり普段の恋人を犯しているようなものだし、やってみたかったメガネにぶっかけが出来るんだと思ったら、興奮しないわけなくて、目の前の恋人を力強く抱き締めた。
「うわわっ!えっ、怒った?」
「ううん怒ってないむしろ上機嫌」
「あぅ……う、うん…っ」
「買う、何個でも買う、買わせて下さい」
そんな俺に恋人は「ありがとう、大好き」と言って背中に腕を回してくれた。
俺はこれほどまでメガネが好きだと思ったことはない。