そういうもの
「おっ、何しとんのや」
「なんやこっち見んな、禿げ」
「なっ、禿げとはなんや!」
「はよう何処か行ってまえ」
仕事場に向かう途中に声をかけられた。目が合えばどちらかともなく喧嘩が始まる。幼なじみとはそんなものだ。彼はラフに普段着用の着物を着こなしていた。仕事着を着ている私を珍しげに見てくる。彼の仕事着ではない姿は久しぶりだった。
「その間抜けたけったいな面なんとかならんのやろか、胸糞悪うてあらへんわ」
「なっ、やかましわ!そない言わんでもええやろが」
そんな反論する奴は珍しいだろう。だけど彼が反論したら皮肉にしか聞こえないのだから仕方ない。彼は昔から女によく好かれていた。それは今でも健在する。私は幼なじみだからかそんな風に一度も見たことがないから何故好かれるのかわからない。だから、きっと顔がいいに決まっている。私には締まりの悪い顔にしか見えないのだが。
「その阿呆面見飽きたわ、はよう失せえ、あてはこれから仕事さかい」
振り向いて歩き始めた。砂利を噛ませながら歩みを進める。ついさっきまで見ていた顔が勝手に浮かんでくるからお手上げだ。本当に見飽きている。
「ちょお待ちや」
腕を引かれた。反射的に振り返る。そうして力ずくで捕まれた腕を振り払った。
「なんやの、さっきから」
「…お前は疲れきった面してん、少し休んだらええんとちゃうか」
目が合う。眉を潜めた。
「阿呆、余計なお世話や…」
袖を翻しながら歩きだす。私は知っていた。彼は緩い顔をしながら本当は沢山の責任を背負っている事を。だから私は今、こうして少しでも彼の重荷が軽くなればいいと思っている。仕事着を着ればたちまち鎧のような責任がのしかかってくるのは私でも感じる。だから彼にはあまり仕事着を着てほしくないし、そんな姿見たくない。何より女だからって見縊んないでほしい。アンタだけ格好付けた姿なんて虫酸が走るわ。
「なんや、こっちは心配して言うてんのやぞ」
口を結ぶ。また格好付けている。そんな真剣な顔をして言わないでほしい。この男は節介焼きのお人好しなのだ。そんな奴の醜い戯言は罪と同等。
「アンタに、言われとお、ないわっ」
振り向いて一発。頬をひっぱたいた。渇いた音。手の平が響くように痛い。袖がなびく。時間がスローモーションのように流れだした。
「…な、なにし、」
「うっさい禿げ、往生しい!」
ただ私はまだ胸の奥が焦れったい。歯痒い。幼なじみとはそういうものだろうか。睨めば彼は黙りを押し通す。
「あてはアンタのそーゆーのがいけ好かんのよ」
「あっ、おいコラ、ちょお…!」
振り切って彼から離れた距離をとった所で振り返れば格好付けた彼はいなかった。無情にも掛ける言葉なんて浮かばないわけで。幼なじみとはそういうものなのだ。
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徠々さま
遅れて申し訳ございません。
上手く喧嘩させれませんでした。
無駄に方言を多用させましたが、その方言すら正しいのか分からず、申し訳ございません。
楽しく書かせていただきました。
いつも訪問ありがとうございます。