あいしてるかも
「明日あえたらセックスしよう」
真夜中。ビル風が冷たい。
ほどけた長い黒髪がなびく。
ここは屋上。冒頭の台詞はフェンスを挟んで死の世界に今から向かおうとしている少年が発した。私はなんと返していいのか分からなくて首をかしげた。
「僕、こうみえてもお姉さんで四人目になるよ」
にくったらしくも、あどけなさが残る可愛い、笑み。綱の上でバランスをとるみたいに両手をうんと伸ばして後ろの私に話し掛けてくる。
タイタニックごっこをしたいのか、はたまた鳥になりたいのか、やっぱり飛び降りるのか分からない。
「お姉さん、人の尾てい骨はシッポの名残って言うじゃん。でも、指と指の間の薄っぺらい膜みたいな、水掻きっていうの?あれは先祖がカッパだから、とか言うじゃん。んで、肩胛骨は羽根の名残とか言うじゃん。でも僕らの祖先は猿だって言うじゃん。……いったいどれが本当なんだろうね、お姉さん」
さすがに夜風は冷たくて鳥肌が立ってきた。肌と肌とをこすり合わせて僅かな摩擦で寒さをしのごうとした。さて、なんて返そうか。
「お姉さん、きいてる?ぼく、お姉さんが好きだって言ってるんだよ?」
いつまでたっても口を開かない私に痺れを切らしたのか、やや尖った口調で少年が、サラリと、深刻な話をした。
「まあ、いいよ、明日あえたらセックスしよう、これホントに本当。だから約束して、うんって頷いて、何も考えないで、うなずいて」
言われるがまま頷く。寒いから早くこの場から立ち去りたい。少年がこれから何をどうしようと関係ないけど目の前で死なれるのはちょっぴり困る。
でもどう止めたらいいのか分からない。思考をぐるぐる。正解なんてないんだろうけど限りなく満点に近い答えを出したい。でも高所恐怖症だから何にも出来ない。どうしよう。
「まあいいや、これから僕は飛び降りるけどお姉さんに出会えて良かった。少しでも生きてるって実感した。ありがとう。お礼として明日セックスしたいけど、ちょっと用事思い出したから、また今度ね。そん時はセックスしよう、大丈夫、その時までお姉さんは僕の四人目でいるから」
少年はそう言ってこの世から飛び出した。私は長い黒髪を持て余して立ち尽くしたまま、一生明日が来なければいいと願った。