麻痺る



雲なんてない空。そんな綺麗な空にカラスが三羽。不規則に、丸を描くように羽ばたいている。

思わず目を伏せた。見てはいけないような気がした。嫌な予感が走る。そうしてすぐにかぶりを振って邪心を払う。


「ああもうやだやだ、何がやだって、なんだろう、お母さんが離婚して私がお父さんに育てられてるってのもそうだし、時間はあるのにお金がないってのも、好きなバンドのライブにも行けないのも、頭が悪いのも、いまが受験生なのも…とにかく全部がいやだ、本当につらい、いっそ、一思いに殺してほしいくらい」


話し相手なんていないから、灰色の冷たい壁に向かってそんな事を吐き出した。スッキリなんてしない、ただ口に出したかっただけ。

昼間なのに薄暗く、湿っぽくて、どこか不気味な雰囲気をかもしだしている、よく分からない場所で時間を潰す。本当に、時の流れはスロウ。


「もういやだ、いやだ、いやだ、いやだ、死ねとか、死にたいとか、悪口とか言いたくないけど言っちゃうの、そのたんびに、ああ私ってなんて最低な人間なんだろうって思う、ああもう、やだやだ、ぜんぶやだ、イライラする、イライラする、ねえ、イライラする」


ぐるぐると、意味もなくその場を回る。歩くたびに、ふわふわと上下する前髪がうざったくなって、両手で乱暴に掻き乱した。


「ああああもう、ああもう!」


目頭が熱くなって、息をするのが面倒臭くなった。お母さんと選んだ黒い縁の眼鏡のフレームが視界をちらつくから舌打ちなんかしたりして、眼鏡を顔から外した。

ぼやける視界。色彩感覚だけがあって、なんだか目眩を覚えた。

いつから、こんなに世界はカラフルだったのだろうか。十人十色とはよく言ったものだ、今だったら人口分の色が本当にあるんじゃないかって思う。何がいいたいのかわからない。ただ思っただけ。


「明日無くなる命があるなら本当に交換したいくらいだよ、なんでこんな碌でもない奴が生きてるんだろ…ほんと、生きててごめんなさい、あんな真っ白い部屋で大きな夢をみたり、描いたりして、生きるのを頑張ってる人とかの方が生きる価値ぜったいあるから、……ああ、もう、ほら、また、私って」


髪の毛を引き抜こうと煩い両手をポケットにしまいこんだ。はあ、はあ、はあ、と口で浅い呼吸を繰り返す。


「もう、いやだ、だから最初っから席替えなんてしたくなかったんだ、どうしてあんな煩いアバズレ女みたいな奴の隣にならなきゃいけないわけ、ねえもう、…ああほら、また、言っちゃった、…本当はあの子、すっごく友達想いで、やさしい子で、毎日笑ってて、クラスのムードメーカーでさ……」


足元にあった空き缶から、わずかに中身がこぼれていて、変なシミをつくっていた。足の裏で転がしてみる。砂利と摩擦して高い音を奏でる。

地面の凸凹が小さな振動となって伝えてくる。それが心地いいリズムであるのと同時に苛立ってくる。


「………こんなのっ」


息を詰まらせる。脳天がジリジリと痛む。一歩下がって、左足を軸に右足を振りかざす。

そうして空き缶を蹴り挙げようとした、まさにその瞬間に、白い何かが落ちてきた。息を飲む。眼鏡をかけた。

それは生々しくて、黒と黄色ま混ざっていて、上を向いたら、もっと吐き気がした。


「だめだ…こんなことばっかりしちゃ…だめなんだ……うん、うん、しってる、しってたから……ごめんなさい、わたし、もう友達しかいなくて、親友だと思ってた人、みんな離れていっちゃった、ごめん…ちょっと寂しかったんだ、うん、友達じゃなくて、親友がほしい、ごめん……もう、何もしないから」


眼鏡をかけるタイミングを完全に間違えてしまったな、と後悔しつつも、ついに私は泣き出した。いつぶりかな、泣くなんて、最後の涙は、両親の離婚の時か、親友に裏切られた時か、テストの点数が悪くて酷く叱られた時か、難病と闘っている女の子の特集か。確実にライブなんかじゃない。いいことで泣いてなんかいない。今の涙はどのカテゴリーに分けられるんだろうな、よく分からないから、ノーカウントでいいかな。

鳥が私を馬鹿にしているように鳴く。甲高く、しつこく、隣の席になった子みたいに。一羽が鳴けば連鎖的にみんな鳴くものだから、たまったもんじゃない。頭が割れそうだ。だったら脳ミソにシワだけをつけるみたいに、もっと上手に鳴いてほしい。


「もう帰れって事なのかな…、なに、じゃあ今までの、ぜんぶ聞いてたの?」


ひっきりなしに鳴くものだから、泣いていた私も苦笑い。


「ねえ、私が死んでも、そうやって、うるさいくらいに鳴いてほしいな…」


聞いているのか、聞いていないのか。というか、この言葉を理解しているのか、すら分からないと言うのに、独りしかいないのに、問いかけてしまったから返事を期待してしまうが、ただ鳥が、がむしゃらに鳴いているだけ。


「ううん……いいよ、なんでもない、…この缶の炭酸、はじめてみたけど、なんか絵柄かわいいね、…これと同じの飲みたいから、これ、持ってってもいいかな…、いいよね、そうしちゃうから」


からん、ころん、て。空き缶をへんな建前で拾う。情緒が不安定で、もう色々と頭が疲れてる。感受性も不安定だ。何が言いたいんだろう。いいや、今は特にないや。伝えたいことは、もうとっくに伝えていたみたいだった。

せめて、目を癒そうと、空を見上げた。

黒が印象強い空だけど、やっぱり雲が一つもなくて、澄んだように綺麗だった。





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