勘弁してやろう



「センパイ、おいしーですか?」
「ああ」

「なんか、反応冷たいですね」
「……めっちゃ美味い、です」


うれしいです、と彼は栗色の髪を少しだけ揺らして喜んだ。ハヤシライスを頬張る。彼はニコニコしながら自分を見つめていた。スプーン動いてないぞ、と言えばハッとした様子で食べ始める。

可愛い顔した同居人。同じサークルの後輩で住んでいた家賃が払えなくなったと言うから自分の家に住まわしている。家事全般を押し付けてほんの少しだけお金を貰っているからコンビニ食生活の頃と比べてプラマイゼロ、むしろ毎日手料理を食べているからか健康状態は良好なので悪くない共同生活。

ただちょっと生活していく上で内面的な問題が怖い。可愛い顔してさらっと怖い事を言うし、一昨日なんか朝起きたら知らぬ間に隣に寝ていた。いつか自分は後輩に何かされるのではないか、という不安と恐怖がある。でもやっぱり、コイツの手料理は美味い。


「センパイ、センパイ」
「んー?」

「肩揉みますよ?」
「あ、助かる」


ハヤシライスを食べ終えてソファで新聞を読んでいると後ろから肩越しに話しかけられた。読んでいた新聞を四つ折りにして隣に置いていると早速肩を揉みはじめてくれた。かたくなった筋肉に指がピンポイントにそれも程よい力加減で入ってくる。


「あー、きもちいー」
「エッチしてる時みたいな声ですね」

「したことねーだろーがー」
「僕はしたいんですけど」


語尾が伸びてしまう。アイツが何考えているのかわからないから返事はしないでおく。徐々に内側に食い込んでいく指は気持ちよいツボを見逃す事無く刺激していく。


「センパイ…どうですか?」
「あー、うん、いいよー」


幸せな溜め息を吐こうとしていたら突然肩を揉む手が止まり、不思議に思って顔だけ振り向こうとしたらガバッと首に抱きついてきた。


「おわっ、ちょ、なんだよ!」
「ありがとうございます、センパイ」


なにが、と聞こうとしたら耳が生暖かい何かに捉えられた。それからざらついた何かが耳の輪郭をなぞった。耳が舐められていると分かった。


「ちょっ、…おま、っ」


後ろから、しかも上から抱きつかれている状態なので抵抗しようにも本来の力の半分すら発揮出来ないし、何より慣れない事態に全身の力が抜けて背中が弓よりになって何にもできない。

ピチャピチャと不慣れな粘着音が水音が毛穴を閉めさせる。身を捩って舌から逃げていれば恐れていた事になった。


「や、やっ、ナカ、やめ、っ」


生暖かい舌が耳の中にねじ込んできたのだ。栗色の頭を引き剥がそうとした。そうすれば耳を噛んでくるので力を緩めるしかない。熱い息遣いが近い。涙が溜まってきた。なんでこうなったのかわからない。

Tシャツの襟元から手が入ってきた。もう何が何だかわからない。冷たい手の平が肌を滑る。声がまともに出ない。


「センパイ、…せんぱい、」


首筋に舌が走る。唾液が耳からも首からも垂れる。疼きだした身体は射精感を昂ぶらせた。膝を擦り合わせて身を縮こめる。


「だっ、から、…ヤメロって!」


勢いよく立ち上がった。首から銀の糸が引いている。手の甲で唾液を拭い近くのボックスティッシュから数枚取り出して耳を包んだ。


「んもう、何ですか一体」
「それは、こっちの、台詞だっ」


丸めたティッシュを投げつける。目を合わせれば首を傾げられた。体が熱い。ボックスティッシュごと投げつけた。それは奴に当たることなく通り過ぎて床に落ちた。


「いいって言ったじゃないですか」
「いつ、俺が、言った、んだ、よっ」


新聞にリモコン、手近にあるものを次々と投げ付けていく。どれもソイツに当たることなく床に転がっていく。片付けるのはこの栗色頭なのだから構わず投げつける。耳にまだ違和感が残っている。触れて違和感を揉み消そうとしたけど、どうにも消えそうになかった。


「どうですかって聞いたら、いいよって言ったじゃないですか」


ソファの背もたれから身を乗り出して唇を窄めた。どうですか、とは確かに聞かれて、いいと言ったが、それは肩揉みの事であって。


「そーゆー意味で言ってねぇよ!」
「先輩だって楽しんでたじゃないですか…それに、ほら」


顔を指差されたと思ったら指先が徐々に降りていってある場所で止まった。顔がいっそう染めあがっていくのを自覚した。


「そこは期待しているようじゃないですか」


自分より小柄な体をして可愛い顔して、料理が美味くて女にモテるのに、男好き、なんですか。こんな激しいスキンシップはいまに始まった事ではないが、やっぱ今日は一段と度が過ぎている。本当はこんな奴を出ていかせるべきなのだが、残念なことにコイツの料理は過大評価ではなく絶対評価で美味しいのだ。


「も、もう二度とすんなよっ!」


にやついたソイツの顔にクッションを当て付けている隙にトイレへ逃げ込んだのは言うまでもないだろう。


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しらとりさん
遅れて申し訳ないです。
色々中途半端で申し訳ないです。

好きに書いてしまいました!
300hit突破おめでとうございました





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