微睡む時間・続



夏を背に衣を一枚羽織る。夜の冷たい風を浴び、雲から覗く月を見つめた。薄ぼんやりと輝き、色が褪せない。そうして月は瞬く間に深い雲に飲み込まれ影を深ませる。


「眠れないのですか?」


足音を立てず静かに隣に来た娘がそう言った。白い寝巻に身を包み、もしや自分が起こしてしまったのだろうかと内心不安に襲われたが、疾しい事をしているわけでもなかったから一瞥して視線を戻した。甘い香りを漂わせながら足を滑らすようにして自分の隣にくるなり、少しだけ距離を置いて座った。


「酒が、恋しくてな…」
「あら…いけない」

「何も、満たされない感じだ」
「ふふっ、さみしい人」


息を吸い込めば、喉元に何かが詰まったような気がして咳払いをしたら、思いの外、酷く何かをこじらせたみたいで、慌てて袖口で口元を覆ったら、自分の寝巻に赤いミゾレを咲かせた。誰にも見せていなかった弱さが出てしまった。息が詰まる音がした。よりによって知られたくない人に、見られた。隠す気力さえなくなってしまい、しぼんだように笑った。


「もう…永くはないだろう…」


彼女を横目に長い息を吐いた。時間がゆっくり、睡魔を連れて流れてくる。


「今宵の月は、私のよう」


暫し無音の時を過ごしてから思い切ったように、彼女は恐る恐る口を開いた。ほら、見て、布を擦れさせながら自分の後ろに回って、彼女は肩ごしに月を指差す。


「恥ずかしそうに、隠れています」
「……君はいま、恥ずかしいのか」


薄く笑えば幼い体温がより近づいた。もう、あの頃の餓鬼とは違うと思っていたのに、こうにも変わらないとは。


「あの月は、黄色いのですよ」


彼女は肩を控えめに掴みながらそう言う。黄色と確認しようにも、雲に覆われている月が何色か分からない。今日が満月で三日月なのかさえ定かでもないと言うのに、彼女はそう言い切った。振り向けば正面から抱き締められ、きつく、つよくこめられた腕の力が懐かしいと思えた。


「私が、満たして差し上げましょう」
「全く…どこで覚えてくるんだか」


大人の色気を身にまとい、妖艶に唇を動かす様に安っぽさがなく、上品であるのが不思議に思われたが静かに目を閉じた。前までなら、ここで酒に口付けをしていたのに、と考えて酷い虚しさに胸が狭くなり、それでも、やっぱり自然と酒を飲む仕草をしてしまい、それを紛らわすように唇を指でなぞった。


「どっかの誰かさんに、昔そう言われたのよ」


控えめに娘の眉が動き、隠されていたあどけなさが出てきたように思われた。それは、まだ、自分が若気の至り、つまりは詰まらない過ち、可愛い口づけだけなのだが、それを振り返らせるものであった。この病を患ってから、枯れてしまった心の明るさみたいなものが、また上を目指そうと芽吹く。


「いいや、それは俺の言い回しとは違う」


肩に置かれた腕が背中に滑りこむようにして、体温が近づく。だから自分は、その腕を掴んで伝い、手のひらを握る。


「駄目、だ…」


目蓋が重たくのしかかる。


「……人は変わるもの、ね」


吐息の色が深みを出した。


「あの月だけは、変わらないさ」


やつれた身体に、こけた顔。情けなく変わった自分に負けないように不敵な笑みを見せつけて、昔も今も、娘を喜ばせたかった。


「ほんと…黄色くなればいいのに」


月はまだ焦らすようにして雲から現れない。もう何も、音なんて聞こえそうになかった。


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5000企画で書いた話の続きが読みたい、との事で書いたものです。あの二人をどうしようかと悩んだ末、舞台を数年後にしました。二人の内面も数年後仕様となっているので、続編とは言い難いものです。けれども台詞回しと言うんでしょうか、そこら辺は無理矢理ですが繋げました。見苦しい続編です。色々と、ごめんなさい。





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